活動報告

合同入社式 記念講演「想像するちから」(4月1日)

松沢 哲郎氏  公益財団法人日本モンキーセンター 所長

4月1日、会員企業94社から206名の新入社員と、経営者など総勢340名が参加して合同入社式が開催されました。記念講演として行われた京都大学高等研究院 特別教授・松沢哲郎氏の報告概要を紹介します。松沢氏は1986年から33年間、西アフリカのギニアのボッソウでチンパンジーの野外観察をしています。2014年から公益財団法人日本モンキーセンターの所長を務めています。

講師の松沢哲郎氏(京都大学霊長類研究所HPより転載)

記憶と言語のトレードオフ

1977年11月、当時1才のチンパンジーのアイが霊長類研究所にやってきたことをきっかけに、人間の言葉をどこまで理解できるのかというプロジェクトが始まりました。アイは人間の言葉を認識し、様々な図形の文字や数字を覚えてきました。

チンパンジーは、コンピューターのモニター画面のランダムな位置に表示された数字を、小さい順に触れて答えていきます。次に、色を表す漢字を教えてみると、白色を見ると「白」という字を選べるようになりました。逆のこともできますが、これは習得するのに時間がかかることが分かりました。

この研究から見えてきたことは、目の前にある数字を一瞬で記憶することは、人間よりチンパンジーの方が能力的に長けていますが、赤いわけでもない「赤」という字を見て赤色を思い浮かべること、そこにはないものを思い浮かべることは、チンパンジーにとっては非常に難しいということです。

これを私たちは「記憶と言語のトレードオフ」と表現しています。得るものがあって、失うものがあることを指します。進化の過程でチンパンジーは記憶能力を保持し、人間は記憶能力を失う代わりに言葉を獲得したと考えています。

チンパンジーが表示された数字を小さい順に触れて答える様子(京都大学霊長類研究所HPより転載)

常識を打ち破る発見

新入社員の皆さんはこれから新しいことにチャレンジしていくと思いますが、常識を打ち破るような発見をしていただきたいと思います。

例えば、進化の過程を調べていくと、4本足の動物から前足に当たる部分が手となり、道具を使うようになったことで脳を刺激し、今の人間になったというストーリーが様々な歴史的な書物に書かれています。しかし、そういった俗説は実は間違いだということが分かってきたのです。人間はサルの仲間なので、4本の手で、地上に降りて2本の足を持つようになりました。それが、新しくて正しい理解なのです。

詳しく説明します。サルの仲間は447種類いて、北アメリカとヨーロッパにはサルは住んでいません。人間を含めたサルの仲間を霊長類と呼んでいますが、その中でより人間に近いものをヒト科と呼んでいます。ヒト科にはしっぽがなく、4つの手で枝をつかむ、これが霊長類の仲間の特徴です。もともと4つの足から4本の手ができて、その4本の手から2本の足ができたのです。

仰向けの姿勢が人間を進化させた

チンパンジーは四六時中お母さんにつかまって暮らしていますが、人間は親と離れて過ごしています。これは地上性だからで、地上に降りたからこそ、赤ちゃんを傍らに置けるようになったのです。

人間の赤ちゃんは、新生児微笑をします。親を見てほほ笑むわけではなく、周りの大人の注意を引いて、手助けをしてほしいからこそ身についた能力です。また仰向けの姿勢が人間を進化させました。背中が体重を支えているため、自由な手で様々なものを操作するというのを生まれてすぐにできるのが人間です。

人間とチンパンジーの比較を通して「人間とは何か」を考える

「想像」で将来に希望を託す

「人間とは何か」をたった1つの言葉で集約するとするならば、「想像するちから」。それは、イマジネーション、イメージ、創造にも通じます。

お絵かきを例にとります。チンパンジーと人間の子供にチンパンジーの似顔絵の線画を渡しました。そこには輪郭だけが記入されており、眼や鼻、耳などはありません。チンパンジーは空白の部分は空白のままですが、人間の子供は、空白の顔に眼や鼻や口を描き入れるのです。このようにチンパンジーと人間には明確な違いがあることが分かりました。

もう1つ。「レオ」という名のチンパンジーは、病気で下半身が麻痺していました。毎日リハビリを続けていますが、自由に動けず床ずれになり、人間なら耐えられる状況ではありませんでした。しかし、レオはこんな状況にも関わらず、まったく行動が変わりませんでした。この光景を見て、チンパンジーは「いま、ここ」の世界を生きているのだと確信したのです。

それに対して人間は想像する力があるので、簡単に絶望してしまいます。しかし、想像する力があるからこそ、いかに現状が悲惨であっても将来に希望を託して生きていくことができるのです。

人間とは何か

新入社員全員に松沢氏の著書が贈られた

では、この想像する力とは何のために人間に備わったのでしょうか。

チンパンジーには人間のように、おばあさんやおじいさんという社会的役割はありません。自分が次々と将来にわたって子供を産み続けているのです。一方、人間は早めに子供を産むのをやめ、次の次の世代の養育に関わります。

大人たちが手のかかる子供たちの面倒を見ていく、それが共同生活です。共に育てる社会の中では、想像する力を働かせて、相手の心を理解して、分かち合い、慈しむことを大切にしているのです。

人間は、自分が生まれる前の遠く離れた過去や、自分が死んだ後の遠い未来を想像することができる、また、地球の裏側で苦しんでいる人々に心を寄せることができます。それが人間だということが分かりました。

「令和」の時代を生きる皆さんへ

折りしも今日、新しい元号が発表されました。自分の人生の節目が改元と重なっているというのは大きなことだと思います。ここにいる新入社員の皆さんは平成に生まれ、新しい「令和」の時代を生きることになります。

今日の入社式の中で、1人ずつ大きな声で「よろしくお願いします」とおっしゃっていたことが、耳に残っています。今の気持ちを忘れることなく、新しい職場で新しい人生を切り拓いていってほしいと思います。

【文責・事務局 下脇】