第3支部総会記念講演3月25日
中小企業を取り巻く経営環境変化と今後の課題
黒瀬直宏氏豊橋創造大学・教授
新「中小企業基本法」の抱える問題点
これまで中小企業は「日本経済の二重構造の底辺に存在し、低賃金と低生産性の悪循環に陥った問題ある存在」とされてきました。それが新「中小企業基本法(以下新法)」では、「経済を活性化し、経済構造を変革していく存在」と定義が変わりました。しかし、中小企業は発展性と問題性の両方を併せ持っている存在という認識が欠けているのです。また、これまでの大企業と中小企業の格差是正が目的だったものが、多様な独立中小企業の育成に重点がおかれています。しかし、こうした企業の発展には大企業と中小企業の対等な取引関係が確立されなければ新産業が起こる経済は生まれませんし、この部分での具体策が欠けています。さらに、新法は一言でいえば「競争政策の原理」で経営革新、創業のできるところへ積極支援するということですが、根本的問題である「大企業との公平な競走ルールの確立」には手が打たれていません。そして、現在の中小企業の発展の視点での政策は強化されていないという点で、大きな問題があると思います。
大企業主導体制の終焉と寡占の激化
1つは大企業主導体制の終焉です。価格破壊による競争激化のなかで大企業自身も生き残りで必死です。従来からの下請け企業へのコストダウン要請だけでは追いつかず、安く部品を調達するためには大企業自身が海外に出ています。そんな状況ですから、親企業と下請企業という関係自身が成り立たなくなっています。2つめは寡占の激化です。市場原理からいけば、国内の部品メーカーが、海外で作られるものと同じ部品をつくっていれば、価格が同じになることはやむを得ないかもしれません。しかし、最近は国内でしか作れない部品も、海外並の価格が要求されています。外注企業を競合させ、一番よい計画を出した企業に一番安い見積金額を要求したり、支払日に値下げ要請など、消費者が喜びさえすれば良いということで、寡占化がますます進行しています。こうなると中小企業は「自分の仕事は自分で創」らざるを得ないのです。
市場の「つぶやき」を
自ら「市場創造」していくためには、需要を発見していく「独自のマーケティング」を進めなければなりませんが,まず「市場のつぶやき」を聞き取ることが大切です。つぶやきを聞き取る、すなわち需要発見のポイントは、まず「顧客密着」です。消費も「個人のライフスタイルの実現」の欲求が強まっており、ニーズは多用化しています。ですから個々のお客様に密着することが重要なわけです。次に「潜在ニーズの掘り起こし」です。個別のニーズは、実はその顧客自身の中でも形にあらわせないことが多いのです。こうした言葉や形であらわせないニーズを具体化して提案することで、顧客自身に自らのニーズに気づくのです。
情報は発信するところに集まる
次に「顧客との双方向の関係づくり」です。つぶやきを聞き取るといいましたが、お客様の所へ行ってつぶやけ、といってもつぶやいてくれません。何か「お客様の役に立つ情報をあげたい」ということを続けていると、その人の顔を見るだけで「また何かおもしろい話をもってきてくれたのか」と、お客様のほうが期待するようになってきます。すると「実は困っているのだが、何とかならないか」と、つぶやきを聞き取ることができるわけです。次に「問題に着目する」ということです。いま、企業では問題解決のニーズがごろごろしています。例えば「新しい技術を開発したい。しかし、社内の経営資源だけでは開発はできない」という問題。これをうちの技術なりサービスで手助けしよう、お客様のニーズとして取り上げようと着目することです。
需要を拡大するには
需要を発見したら、次はそれをどう広げていくかです。1つは「関係者の活用」です。いくらよい製品を開発しても、直接消費者へアピールする点では、大手企業の宣伝力にはかないません。そこで、化粧品であれば美容院のスタッフといった具合に、その商品に関わる人からの口こみで消費者へ広がっていくような、言い換えれば「関係者を味方につける」ことが大切です。次に「市場の編集」です。具体的には商品とお客様の組み合わせを変えることで、新しい市場が広がっていくことです。例えばコインランドリーでは、元々独身男性が利用するものだったのが、大きな洗濯物を洗えるよう機械を大型化したところ、主婦の利用が増えています。そして「個々のお客におけるシェア拡大」です。市場拡大は何も新規ばかりとは限りません。同じお客様だけれども、その人が将来にわたって支出していくその中でのシェアを拡大していく。そのためには、顧客との双方向の関係づくりが重要で、不特定多数を対象としない中小企業では、このことは最も大切なことかもしれません。
中小企業の本来の優位性が活きる時代
大切なのは「リレーションシップ・マーケティング」です。お客様や関係者との「一対一」の深い関係を結んで対話を繰り返していくことが重要です。言い換えれば、「ワンツーワン・マーケティング」です。実はこのことは中小企業では昔からやっていたことです。ただ、今は単なる御用聞きだけではなく、こちら側から何か提案してニーズを掘り起こしていくことが必要になってきています。こうしてみると、中小企業が本来もっていた優位性がマーケティングを行っていく上で必要な時代になったといえます。
現場からの発想を
市場創造であわせて重要なのが、需要を満たす技術開発です。中小企業はみな素晴らしい経験技術を持っていると思います。経験技術とは、日々の仕事の苦労や失敗から蓄積されてきたものです。真の競争力とは、その人しか経験したことのない、オリジナリティーがあって占有度の高い技術ではないでしょうか。もう一度各社、各人の技術を棚卸して、「経験技術を体系化」することが大切です。次に大切なのが「現場主義」です。最初に「できない」というのは、理論を学んだ人に多いようです。幸か不幸か中小企業の技術者は専門的な知識がない代わりに、学説にとらわれず何でも挑戦してしまう。その結果「出来た」というケースがずいぶん多いそうです。新しいものを創り出すためには、既存の概念に縛られない、現場からの発想が大切なのです。
自立した集団づくりのために
中小企業家の悩みとして、市場創造を実践していく社員の育成があります。しかし、実際に市場創造を行っている企業ほど、組織運営や人材育成に努力されています。創造活動は命令されてできるものではありません。やはり自発性が大切で、そうした「自立者集団」づくりが重要です。では具体的にどうすればいいのでしょうか。1つは「情報共有」です。情報を共有し、自分で判断し、自分で動く事ができることです。そして情報共有させた分、参加させることです。2つめに「フラットな組織」です。自立者集団では個々で判断していきますので、管理者が不要になっていきます。物事はすべて合議制で決めていきます。時間はかかりますが、一人一人のマンパワーが引き出されていきます。最後に。これからはリーダーの役割も変わっていきます。製品開発など、次のわが社の方向性を模索すること,そして、どのように社員の育成を図っていくかを明確にしていくことが社長の仕事として大切になっています。
【文責事務局・多田】