愛知県中小企業研究財団8周年の集い(3月2日)
地域と金融、そして中小企業家の役割を考える
相川直之氏(財)朝日中小企業経営情報センター・常務理事
○企業経営を直撃重要さを増す金融問題
●1店舗あたりの預金量は全国1
私は1936年生まれで、59年に東京都信用金庫協会に入りました。65年に朝日信用金庫に移り、支店長を8年程経験して本部に戻り、89年から役員に、1年半前まで常務理事として6部門を担当し、その後、現在の財団に移りました。この財団は、朝日信金の70周年を記念して4年前に設立され、主に中小企業に対する教育や研修事業、異業種交流事業の推進、そして新製品や市場開拓、環境問題などへのチャレンジ企業に保証料の助成をしています。朝日信用金庫は東京の東部地域を中心に、36店舗に1500人の職員、1兆2000億円の預金量があり、1店舗あたりの預金量では全国一の信用金庫です。平均して1店当り350億円ほどの預金量を持っています。預貸率では全国で一番高いほうの信用金庫です。さて、これからの金融問題はますますホットな問題として登場してきますし、金融行政の動きや中小企業政策の展開をよく見つめ、自分たちなりの考えを持って主張しないと、えらいことになると思います。
●中小企業を知らない若者が
ご存知でしょうが、元々中小企業と大企業に格差が生じたのは、中小企業に人材が無いわけではなく、戦後の日本経済復興の過程で格差の生じる政策がとられたのが、今日の事態を生んでいるのです。また普通の家庭の方々は自分の子供を無理して大学にやって、大企業か官庁に就職して安定した生活をしてくれることを第一の願いとしていますし、中小企業の方々の多くも、こんな辛い想いは子供たちにさせたくないという方々がかなり多いようです。しかも学校教育もそうなっています。中小企業の役割をほとんど教えない、もちろん信用金庫なんて教科書に出てきません。そんなことですから中小企業や地域金融機関のことなどほとんど知らない若者が成人し、小さいところはダメなところと馬鹿にしたり、無視したりする社会的風潮ができあがっているのです。
●グローバル化が進行
最近非常に憂慮すべきことは、「グローバル・スタンダード」といわれる基準が登場してきたことです。今の日本は中小企業といえども、ある意味ではグローバル化する現実がありますし、産業構造が大きく変化しています。私どもの取引先を通じて見ますと、94〜5年頃から極端にグローバル化が進行してきました。産業構造が大きく変化してきたのは、輸入品の急増という形になっていますけれども、戦後の状況は円高の都度大きく変化して来ており、産業の空洞化とも結びついています。ですから今までの基準で見てはいけないというのは当然ですが、いわゆる「自由化」の考え方が急展開して、グローバル・スタンダードという考え方が当然という方へ引っ張っていかれました。アメリカ主導のグローバル・スタンダードという考え方が日本に押し付けられ、そのひとつが「金融検査マニュアル」です。
●信用金庫は抵抗している
官庁にとっては非常に都合の良い基準といえますが、この基準だと地域金融機関ではお金が貸せなくなってきます。東京都の状況で明らかですが、信用金庫でも預貸率がどんどん低下して、一方では国債の保有量がどんどん増えています。事業所数の99%、労働人口の7割強が中小企業で働いています。そういうことを基準にしてものごとを考えないと大変なことになります。今、中小企業や中小企業金融機関がチャンと発言していかないと、日本はダメになると思います。その意味で中小企業団体として一番発言しているのが、中小企業家同友会であり、経営について一番勉強しているのが同友会です。東京の信用金庫協会でも、「金融アセスメント法」のようなものを制定しようという動きがあります。全国でも検討してみようという動きが、少しずつ生まれています。「お上や金融庁が監督しているから大丈夫」ではないのです。金融庁が権力化・強権化すると、銀行は萎縮してお上に牛耳られてしまいます。国の(公的)資金投入によって国家管理銀行になり、国の発言が銀行経営の中にどんどん入り込んでくる危険性があります。だから信用金庫は抵抗していることも、ぜひ知っておいていただきたいと思います。
○地域金融機関の立場から
●強い力を持つ愛知の信用金庫
高度成長の時期には信用金庫に依存する中小企業が急増し、1971年頃、ニクソンショックまでの成長率は20%〜30%の比率で増加しました。現在の信用金庫の預金・積金総額は103兆円、貸出金総額は67兆円です。愛知の金庫数は17行で、いろんなデータからみると東京に次いで2番目にボリュウムが大きくなり、9兆円超の規模となり、業界では「強い」「力を持っている」と認識されています。
●地域経済が冷え込む中で
信用金庫の店舗数は全国で8500店舗、中小企業への貸出シェアは16%前後です。自己資本比率も今の基準で言えば、全国的には9%台で高いほうです。バブルの崩壊から数年は信用金庫は比較的順調に伸びてきました。このところ貸出金が急速に減少し、預貸率が急速に低下しています。これは地域の状況が非常に悪くなってきているからで、地域の経済状態は信用金庫の地域店舗に反映します。商店街もシャッター街商店街が増えてきました。地場産業も一様に苦戦しています。空洞化も急速に進みました。かつては地域や業界でも、信用金庫でも中核だった「老舗型企業」の倒産が多発しています。世の中の変化が急速に進みますと、従来型の組織対応を変更するのはかなり難しいからです。
●業種分類できない企業が増えるなかで
中小企業の廃業率が開業率を上回り、新規産業もなかなか生まれにくくなっていますし、生まれてもサービス業なのか製造業なのかも区べつしにくくなっています。システム開発だとか、バイオだとか、実験機器だとか、やっていることが分かりにくくて、正確に言えばどの業種分類に入れるのか分からない企業が増えています。金融機関としては新しいものにやみくもに挑戦する企業は怖く、市場を睨みながらやるところでないと怖いというのが正直なところです。しかも新しい開発では大企業が入り込めないようにニッチに特化する企業が増え、専門化しています。鞄を持って自転車で駆け回っている得意係員には、なかなか理解できません。こういう悩みが増えています。地域が停滞していますし、一方では新しい企業の事業内容を理解できなくなっているのです。
●中小企業基本法改正の問題点
同時に一昨年の中小企業基本法改正の問題があります。これはひと言で言えば、「市場競争の原理を中小企業にも適用しよう」という考え方です。法律も「市場競争で生き残れない者は仕方がない」という考え方でつくられていて、「自立」「自助」ばかりを強調しています。
かつての中小企業基本法は、大企業の競争力強化のためには中小企業の近代化が必要であって、中小企業の近代化を保護・育成することが大切としました。
しかし今度の基本法には保護育成の考えはありませんし、「競争にさらせば良くなる」という考え方オンリーです。こんなことを続けていますと、やがて中小企業政策はなくなり、産業政策だけが残ることになるでしょう。地方自治体の中小企業政策も手薄で、すごく問題だと思います。大田区や墨田区がよく話題になりますが、これは例外的な行政区です。大半は商工観光部門のほうが人数が多くて、中小企業の活性化や中小企業をサポートする担当者は僅かでやっています。これでは「地域活性化」と口では言いますが、地方自治体にはその方策はほとんどないのです。
○グローバル化を推進する「金融検査マニュアル」
●中小企業金融は100%閉塞する
中小企業基本法が改正されて競争促進的で保護育成をやめる政策になりましたが、これと見事に対応し、金融政策が推進されています。金融政策もまたグローバル・スタンダードが推進され、保護育成政策や中小企業をサポートする金融の必要性についてはあまり考えないで、グローバル・スタンダードでないとだめだという政策が徹底して進められています。その結果として都市銀行が貸し渋りの総本山になりました。地方銀行は割合に中小企業金融をやっていて、それでもダメなところは信用金庫がサポートするという体制が、北海道拓殖銀行が潰れた後の1〜2年はありましたが、今はそんなことを期待しにくい状況がどんどん広がっています。このままでは中小企業金融は100%閉塞してしまいます。
●「貴方は貸し渋れ!と言うんですね」
さてこのような状況で私達が「一生懸命やろう」と言うと、金融庁には「無駄なことをやっている」と叱られてしまいます。今の検査では「苦しいところは潰れれば良い」「潰れそうなところに資金援助するなんて無駄な行為」と言われ、「ある意味では背信行為であるから訴えられるぞ」と脅されています。昨年12月29日号の「週間ポスト」が金融検査の現場をスッパ抜きました。地域金融機関の担当者と金融庁の検査官のやりとりを紹介しています。(検査官)「とにかく早く償却しろ!」(担当者)「この企業はいつも苦しい時に苦戦したが、やがて工夫をして危機を乗り切ってきた。今度もきっと乗り切るから融資を続けたい」、(検査官)「そんなところはただ息をしているだけだ!こんなところに融資をしないで貴方のところは引当金を積みなさい」と、地方銀行の例、信用金庫の例、信用組合の例が紹介されています。さらに「すると貴方は貸し渋れ!と言うんですね」と担当者が検査官に言えば、「俺を侮辱する積もりか」と言って検査官が帰ってしまったという事例も書かれています。
なぜこんなことを言うかといえば、私どものところでも金融庁の検査は怒鳴りあいになるからです。かつての金融行政は指導という側面がありましたが、今は単に「判定」であるから、判定に不服ならば、闘う以外に方法がないのです。「徹底的に主張しろ、最後は代表役員と相手の折衝になるから、支店長が屈服してはいけない」というのが、朝日信金の検査官に対する基本スタンスです。ところが検査官もしかる者で、大変な勢いで怒鳴りまくります。気の弱い支店長では震え上がってしまいます。そのくらい大変なんです。
●2期連続赤字で「破綻懸念先」!
「正常債権」と「要注意債権」の認定が大変問題です。皆さんのところでも、まず「二期に渡って赤字が続けば、要注意債権として認定」されると思えば間違いありません。「債務超過先」は「破綻懸念先」と思った方が良いのです。このことは金融機関として以下のような問題を抱えることとなります。まず「要注意債権」と認定されますと、前の期に要注意債権として認定した中から倒産がどのくらい出たのかという比率を計算して、それを今期末のもので「引当金」として積みます。引当金は利益から除かれますから、利益が減ります。当然、自己資本比率が下がります。要注意債権の中に「要管理債権」というのがあります。要管理債権というのは要注意債権の中でも、最も危険なもので、「危険債権」と呼ばれています。今の分類では言えば、従来5年で借りていたものを「厳しくなったので7年にしてくれ、10年にしてくれ」というのは貸出条件を変更した債権ですから、「要管理債権」になってしまいます。
●貸出条件の緩和は「危険債権」に分類
さらに金利が高過ぎるので元利返済できないということになれば、条件を緩くしたので、これも貸出条件を緩和した債権ということで「危険債権」となり、引当金として3年分の積み立てが必要になります。前期(本来は3年間の平均をとりますが)の倒産発生率を債権に掛けて、その3倍を引当金に積みなさい、もちろん破綻懸念先も3倍積みなさいということになれば、私どものところでも、すぐに50億円〜80億円の引当金を積まなければならなくなります。そうすれば当然赤字になる懸念があります。赤字になるのは自己資本比率は下がることですから、当然のように「経営内容が悪化している信用金庫」ということになります。
●「早期是正措置」が「貸し渋り」に直結
金融ビックバンの推移は、(1)デ・レギュレーション(自由化)しろ、(2)制限を緩くしろ、(3)なくせです。個々の金融業態別だった規制を他の業態のようにすべてなくせという方向です。しかし、なんでもやれば経営状態が悪くなった時にどうにもならなくなるので、「自己責任」、自己責任を見るには「自己資本比率」で見て、これが低下すれば、「早期是正措置」をして、イエローカードとレッドカードを出す。例えば国内金融で4%を切るようなところにはイエローカードを出す。さらに債務超過になってゼロに近くなったようなところにはレッドカードを出して潰すいうことが出てきました。つまり自己資本比率を中心にした金融行政に転換してしまいました。転換したために様々な問題が出ています。まず自己資本比率を良くしなければなりませんから、都市銀行から「貸し渋り」が始まりました。なぜ自己資本比率と「貸し渋り」が直結するかと言えば、「自己資本比率」は「資産」割る「自己資本」のはずですが、金融機関の自己資本比率にはいろいろなカラクリがあるからです。
●自己資本比率のカラクリ
分母である「資産」の一番大きいものは「貸し出し」(貸し出し資産)です。しかし、その他にも金融機関ですから国債も持っていますし、OECD諸国向けに発行する国債も持っています。金融機関向けの貸し出しもあります。社債も持っています。住宅ローンもあります。ところが現在の自己資本比率の計算上での資産の考え方は、国債はリスクがないので(リスク・ゼロ)国債は分母から外して良いということになっています。さらに住宅ローンは2分の1だけ入れれば良いということになっています。そうすると自己資本が同じで自己資本比率を高くしようとすれば、資産を小さくすれば良い訳ですから、貸し出しを減らすのが最も手っ取り早い方法なのです。
●中堅中小企業で「平均水準比の低位」
さらに現在、「貸出資産はすべて格付けしろ」と言われています。都市銀行がどのような格づけをしているか「月刊現代」の表(表参照)をご覧下さい。この格付けは10ランクになっていますが、更に細分していますから19のランクづけだとも言われています。私どもでも10が大まかで、実際には14〜15になります。驚いてはいけませんが、「正常先」というのはランク(1)〜(7)ですが、「(6)許容可能レベル」というのは、「店頭公開企業クラス」なのです。「(7)平均水準比低位」、つまり正常先と要注意先のギリギリの境目は、「債務履行は現在問題ないが、財務内容が相対的には低位にある中堅中小企業」となっています。こんなことでは中小企業にお金が潤沢にまわる訳がありません。
○地域金融機関の立場から
●どんどん減少する中小企業向け窓口
実際に都市銀行を見ますと中小企業の融資窓口はどんどん減っています。関西の大手都市銀行の東京・千住にある有名なIT店舗には、中小企業の相談窓口がありません。あるのは個人のローン・プラザです。中小企業の相談窓口は一箇所に集めています。書類で提出して書類審査が中心になっています。「都市銀行の店舗分布状況の推移」によると、この5年間に都市銀行の店舗がどのくらい減っているかがよく分かります。私どもは東京の東部地域を中心36ありますが、同じ地域ですでに40店舗減っています。このように見ますと、東京・千葉・神奈川で、関西も兵庫や大阪で、店舗の減少状況はすさまじい展開になっています。都市銀行の店舗がドンドン減っているということは、中小企業が相談に行くところが減っていることです。しかも先ほどのような格づけがされています。
●一律適用はいけない」が…
こういう状況をつくり出したのが、実は「金融検査マニュアル」というマニュアルです。この中には「一律適用はいけない」と書いてありますが、それは検査官の裁量に任されている訳で、マニュアル自体は非常に厳しいものになっています。こういうことが進んでいきますと、中小企業への貸出も貸出分類をされます。要注意先になれば引当を積まなければいけない、要管理先になれば3倍も積まなければならない、更には償却を迫られるということになってくれば、信用金庫といえども安心して中小企業には貸せないということになってきます。これがグローバル・スタンダードと称されている金融庁の方針であり、「金融検査マニュアル」なのです。こういう事態が展開されていては「地域金融」「中小企業金融」が閉塞するのはまったくあたり前のことです。
●信用金庫法によりマニュアルが優先
単純に「仕方がない」と見ていると、自分たちで自分たちのクビを絞める結果になります。皆さんはぜひ実態を見て、こういうものが適用されると自分たちのところでは融資が受けられるかどうかを判断する必要があります。法律的には本来「信用金庫法」という法律があるわけですが、検査マニュアルはその上に立って「これで全部やれ」と言っているわけで、マニュアルが法律の上になってしまっているのです。東京の信用金庫協会では、現在、「ローカル・スタンダード」といったり、「検査マニュアルを見なおせ」という研究会を開いたりしています。「金融アセスメント法」というような法律で、しかもそれは金融機関を利用する立場に立った法律をつくらないと信金もやっていけないのです。
●利用する立場で
どのような金融機関であるべきかを、みなさんたちの手で確立していく方向でやって頂きたいと願うものです。そうでないと、当分は中小企業金融は見合わせておいて、しばらくは個人金融で行こうという動きが信用金庫にまで広がってしまいます。融資をやる度に査定され、引当をつまされたらかなわない、中小企業はほどほどにして個人金融をやりたい、許されればサラ金みたいなことをやりたいという傾向まで出てきています。一方では今、サラ金が大流行し、テレビのコマーシャルを見れば、ありとあらゆるサラ金がのさばっています。これはある意味では検査マニュアルがつくり出している現実とも言えます。こういうことを考えて、法律的にも地域がどうあるべきかを考えていただきたいと思います。ただ競争促進的政策、弱肉強食の政策では地域経済が死んでしまうのではないかと心配しています。
【文責事務局・福島】
(相川直之氏プロフィール)
1936年生、京大経済学部卒業後、東京都信用金庫協会を経て、1965年朝日信金入庫。1992年常務理事を経て、現在、朝日中小企業経営情報センター常務理事。著書「中小企業は遊撃する」「経済金融ガイド」「小企業経営学」など。