第44回定時総会第2分科会
4月28日
自社の経営指針、外部環境も変えて実現を!〜『中小企業憲章』を力に!
大林弘道氏神奈川大学経済学部教授
●愛知同友会の2005年度方針の柱の1つに、「中小企業憲章」の学習運動があります。その取り組みとして経営指針成文化と連携・一体化した学習方法が提起されています。自社を取り巻く経営環境の分析や業界の問題点、経営努力を困難とする要因、さらには経営者としての自覚や誇り、そして中小企業の位置づけと政策課題などを総合的に語り合うという方法です。政策委員会では、「(1)自社の置かれている業界と阻害要因、(2)自社の方向性、(3)望ましい経営環境と中小企業憲章に望むこと」の3点で各人がレポートを書こうと提起、その具体化として第2分科会が設営されました。グループ長を含めた16名が事前レポートを準備、原田晃宏氏(原田酒造(資))が代表で問題提起、大林先生の助言報告、そしてグループ討論で深めました。中小企業憲章学習を自社経営と結びつけた方法であり、全国的に高く評価されています。
●憲章制定運動と地域、そして自社経営
本日の第2分科会の取り組みに私はたいへん大きな意義を感じております。本分科会の成功は、憲章制定運動と「地域と自社経営」を結ぶ重要な役割を果たすと期待し、私自身とても緊張してこの場に臨んでおります。はじめに、この第2分科会の意義、そして中小企業憲章と中小企業基本法および中小企業政策との関係、次に原田氏の報告と各レポートで提起された課題、最後にそれらを踏まえた憲章制定運動へのまとめを報告させていただきたいと思います。
金融アセス運動の継続・発展として
本分科会の意義の1つは、「金融アセスメント法」制定運動の成果を継承・発展させ、今日における様々な「閉塞」状況を打破する機軸として、憲章運動の必要性を確認することです。金融アセスメント法制定運動の背後には、90年代以降の「中小企業の激変消滅」、経済成長率の限りなくゼロに近い水準、種々の政策実行とその混乱がありました。更にそれが、多岐にわたる国民の社会不安、長期に及ぶ閉塞状況を生み出しました。今日、とりわけ地域の問題がこれまでと違った形、内容、質的意味をもってあらわれてきています。犯罪発生率のレベルが市町村によって随分違う、そして景気浮揚や創廃業率の地域差も統計的に出ています。グローバル化の進展に伴い、地域格差が急速に拡大しています。昨年の夏以降、各同友会で憲章運動の一環として「地域の見直し」が積極的に取り組まれました。地域経済振興条例や中小企業条例制定に向けて、地域の状況を再確認、再発見して新しい動きを創り出しています。
同友会運動の真髄に迫る愛知同友会の提起
2つ目の意義は愛知ならではの意義であり、全国に先駆け同友会運動の本質にズバリと迫っています。それは、「自社経営と中小企業憲章との関係を問う」という、同友会運動の総合実践、憲章と自社のあり方、そして一人一人経営者としての歩みを結んでいこうとする運動です。一人一人が身近かな問題で「憲章」を考える、自社を取り巻く環境や経営を考える。これは個々には強調されていましたが、実際、具体的に同友会全体として取り組むのは愛知が初めてだと思います。
補完的役割から大黒柱の位置へ
「中小企業憲章」とは、中小企業を日本経済の補完的役割ではなく、大黒柱として位置づけるという産業政策の抜本的転換を意味し、宣言するものです。すでに「欧州小企業憲章」がお手本としてあります。そこでは、10〜49人程の小企業を中核とし、この小企業を経済の中軸に位置づけることで、ヨーロッパ経済を振興しようという政策です。この小企業憲章に掲げた目標の進捗状況も、毎年チェックされています。「憲章」という言葉は古くはマグナカルタ大憲章(国王と貴族の契約)や国連憲章、そして日本の児童憲章などに使われています。「約束」や「宣言」、「あるべき方向を皆で決めて実行する約束をしましょう」という、法律や政策の方向を「国民合意」という形で確認することだと理解できます。日本ではすでに中小企業基本法がありますが、産業政策から中小企業に要請される政策が中心で限られた施策範囲にとどまっています。政策当局自身がこの施策の不十分さは認めているところです。
個々の実践例が政策立案の材料に
憲章は基本法の積極面を生かし、大きな方向の約束事を定めることによって、より発展させ、運用できるようにしよう、より良い改正方向へ導いていこうというものです。ここに、この第2分科会の討議が大きな意義を持っています。基本法だけでは不十分なのか、果たして「憲章を掲げるような根拠が、私たちの中小企業をめぐる状況にあるのかないのか」という問いかけになる訳です。それが今回、皆さんが勇気を持って書かれたレポートです。私自身、大変勉強になり、貴重な生きた中小企業の現場動向として重要な意味を持つものです。こうした1つ1つの具体例が多数集まることによって、地域や国の政策立案の材料として大きな力を発揮することができると考えます。
●多面的な課題を提起した原田氏(原田酒造)のレポート
酒造業界という特殊な業界だが…
原田氏の酒造業界というのは、ある意味で非常に特殊で特異性のある業界です。醸造家というのは日本の企業家の母体であり、地域リーダーであった人たちが多いのです。今なお有力な企業の淵源は醸造家が多いことも事実なのです。そして、財・モノの面でも、酒は一方では致酔性や依存性を持ち社会的配慮を要すると同時に、他方では百薬の長でもあるという、大変取扱いの難しいモノです。しかしながら、提起された問題は、皆さんと共通して考えられる課題で、多くの示唆に富んでいます。原田氏の報告では、金融問題や労働・人材力などを中心に多面的な提起がありましたが、本日はポイントとして、(1)原料、(2)生産、(3)販売・租税に整理しました。
原料確保と「新製品」開発
まずは原料、酒米をどう確保するかです。JAの動向の影響を受けながらも、地酒ブランドとして契約栽培的な方向をとり、農業後継者問題などで愛知米が困難であれば、広域化もやむを得ないという方向も検討しています。それは、日本の農業政策や愛知県の産業政策・地域政策のあり方と大いに関わっています。次に生産。ここでは大変驚くことに「新製品」開発を抑制する酒税法、そして過去の為政の残存が縛りをかけていることです。中小企業政策の基本である新製品開発に対してです。税収確保の側面があり、過去には財源の30%をこえる重要な位置を酒税が占めていましたが、今は2〜3%程度です。もちろん、何でも新製品開発をすれば良いのかというと、社会的配慮を伴う「財」という面で租税のあり方も問われます。これは社会として、その「財」をどう考えるかという社会的合意形成が大切になってきます。その役割は、酒造家、清酒製造業の方々の社会的リーダーシップがとても重要になってきます。
下請け問題や新しい連携の課題
さらに販売の面です。これは、大企業行動や公正取引の問題と関わってきます。愛知は地の利が良く、「桶売り・桶買い」で、大手メーカーの下請けシェアをかなり高く伸ばしていた時代があったという話がありました。今日の問題の1つは大手企業が酒税法の縛りをどうやってクリアしているか、そして「桶売り・桶買い」の下請化をどう進めているかという点です。経営戦略や海外進出、工場の大規模化という大企業行動との関係が出てきます。酒造業や清酒製造業では中小企業が圧倒的な数を占めます。公正取引上の点では独占禁止法の厳正な運用・適用を求めなくてはいけないという側面と、大手企業の経営戦略に対しては、それを超える経営戦略を樹立していかなくてはならないという2つの課題が出てくるわけです。また流通の変化です。卸小売業は本当に激減しています。売り場が大きく変わっています。原田氏は自社ブランドを強化し、商品コンセプトと売り場や流通との関係を検討されていますが、そこでは卸小売業との連携が必要となってきます。最近、中小企業政策では新たな「連携」に力点が置かれました。そこでの政策活用の視点も出てきます。
企業努力と経営環境相互に絡みあって
そして1番大きな問題は、消費者との関係です。酒税法が近年大きく変わり、特級等の級付けがなくなると同時に、販売上の許認可の緩和でスーパーやコンビニで大量に販売されるようになりました。これが社会的配慮を要する財の扱い方として適切かどうかという問題が、社会的・文化的にはあるはずです。規制緩和や酒税法の問題も、本来はそこが問われるべきです。しかし全体では自由化・規制緩和の大きな流れの中で、お酒も規制をなくすという方向になっています。少し乱暴な言い方になりますが「造る方の規制は厳しく、売る方は自由。つまり良いお酒が厳しい制約を受け、良くないお酒が自由に氾濫する」という流れのように映ります。以上で強調したいことは、1つの清酒製造業の事例を見ても、経営指針や中小企業の成長・発展の上で、個々の経営者の経営戦略や経営努力と、それに関わる法律や制度や大企業行動が、経営環境として絡みあっているということです。つまり、個々の経営を発展させるためには、それらをあるべき方向へ動かしながら、自社の経営努力をしていかなければいけないということであり、そのことの重要性がよくわかります。
●中小企業の底力を見た〜各自のレポートを整理して
「経営戦略の本道」
私は皆さんの企業レポートを拝見して、大変心強く感じました。業界の現状と自社の方向性を大変に理路整然と考えておられます。非常に理論的であります。一見すると、業界の現状やその中での各社の経営を考えた時、回答が出てこないような厳しい状況もありながらも、皆さんのレポートでは見事な工夫があり、何らかの方向性を見出しています。素晴らしい力です。中小企業の底力というか、これが「経営戦略の本道」だと思いました。近年でこそ、業界の競争構造の中で経営を考えるという方向が経営学において出てきましたが、まだまだ大企業における優位性の確保を課題にした考察です。経営学はまだまだ大企業向けのものだからです。中小企業が数多く存在しているし、あるべき自由経済、競争経済の中で本来は中小企業の経営戦略を考えるべきです。その意味で、皆さんの回答から多くの「本当の経営戦略」を推し進める素材が多く得られると思いました。
「自ら考える」を実践
80年代以前は大企業依存型の経営手法が中小企業の繁栄の基盤にありました。上手に依存することが大事なことでした。それが通念で説得力を持った時代には、経営指針などは考えなくて良かったのです。しかし今、経営環境が大きく変わり、従来の大企業依存が客観的に困難となった時代においては、当然、経営指針の必要性が生まれてきます。同友会では、40年以上も前から経営指針の成文化運動を推進しています。創立当初から「自立的企業」を主張してきたからが由の大変な先進性です。これは、同友会運動の極めて優れた点であり、経営者が主体性を持って「自ら考える」ということが普及されてきた成果だといえます。
外部阻害要因とは?〜6つの視点から
16名からいただいたレポートの外部阻害要因を整理し、共通課題を要約してみると以下のようになりました。(1)市場・産業構造(成長・停滞)(2)技術(新規・変化)(3)制度(制約・改悪)(4)大企業行動(経営戦略・独占的行動)(5)公正取引(後退・阻害)(6)経済政策(景気政策・構造政策)問題は皆さんの直面するこうした経営上の諸課題を「憲章」との関係でどうしていくかということです。まずは個々の経営努力でどこまで解決可能な回答が求められるかという点です。その際、重視すべきことは、同友会の経営指針運動における「科学性・社会性・人間性」の視点です。「経営理念」を根幹に据え、同友会らしい「人間性・社会性」を大切な前提とした上で、あえて「科学性」の強化をさらに推進することが求められます。それにより、経営課題や環境課題の1つ1つを検討し、経営努力の範囲を越えているもの、経営努力を支援してくれるものとに、ふるいに分けることが大事だと思います。
自社経営に分析の目を
次に、さらに以下の諸視点に分類することができます。
(1)短期的課題と中長期的課題
(2)地域的課題と全国的課題
(3)法律によって実現すべき課題
(4)地域条例の中で実現すべき課題
(5)憲章として将来を睨んだ大きな課題
(6)それぞれにおける数値的目標の設定。
一人一人が身近かな問題で、大いに自由に「憲章」大学習運動を議論し、自らの身近な具体的問題として「憲章」を各人のものとすると同時に、一人一人が自らのあり方や「自社の経営に分析の目を持つ」ことが大切になっています。
希望が要求になり、合意につながる運動
憲章制定運動は、要求・要望貫徹一本槍の運動ではありません。私たちの要求は大切ですし、それを含むものですが、それ以上に「合意」とか、「希望」とかが大きなテーマとなります。「希望が要求につながり、合意につながる」、そんな運動です。本日の分科会のように、皆さんが政策課題や環境課題を持ち寄る。そして、日々の経営努力と奮闘、さらに健全な人間性と社会的存在としての貢献を考えていく。これらを全会員でつくってまとめあげ、それをもって社会にアピールしたら、もう何をも臆することもなく、「中小企業が中小企業として表現できる舞台」ができ上がると思います。憲章制定運動の中で、地域経済のあり方も大きく浮かび上がってきます。経営のあり方から技術のあり方、伝統産業から先端産業までの担い手として、さらに農業会員も増えているという中で、先進と伝統の導き手となり、国民的課題を推進する役割が中小企業家にあると思います。文化・教育運動には、経営指針の成文化運動と合わせて同友会の十八番です。戦後教育のあり方が議論され、政治家の極めて乱暴な発言もある中で、同友会がこれまで努力し培ってきた「共育」の考え方ついて自信を持ってアピールしていく、そういう運動でもあると思います。そして地域の問題。北海道の「りべし支部」の会員のねばり強い実現運動の成果も生まれています。
理性、感性、知恵を最大限に生かして
今、「共感」ということが社会全体で時代のテーマとなっています。どんな産業、どんな事業でも、社会のあらゆる面で大切なキーワードとなっています。そして、憲章というのはまさに同友会だけでなく、他団体や地域団体にも提起し、「共感」を拡げていく運動だということです。また原田氏も強調されていましたが、各国の国民との友好のきずなを結んでこそ、中小企業が発展していける土壌もあるのです。金融アセスメント法制定運動の時は「怒りを知恵に」がスローガンだったと思いますが、この憲章運動については「理性・感性・知恵」を最大限生かしていかなくてはいけないと思います。それらを実践していくにあたって、この分科会のように自社の経営に立ち戻って議論する、共通課題を共に考えていくということがとても大切になっているのです。
【文責事務局・加藤】