「中小企業憲章」制定に向けて
〜愛知同友会での取り組み〜
EU視察から始まる
愛知同友会での「中小企業憲章」制定への取り組みは、創立40四十周年記念で2002年9月に行った「EU中小企業政策視察」(オランダ・ベルギー)から始まりました。視察では、「小企業はヨーロッパ経済の背骨である。小企業は雇用の主要な源泉であり、ビジネスアイデアを育てる大地である。小企業が最優先の政策課題に据えられてはじめて、『新しい経済』の到来を告げようとするヨーロッパの努力は実を結ぶだろう」と高らかにうたった「ヨーロッパ小企業憲章」の実際を目のあたりにしました。こうした小企業を主体とするEUの政策転換は、ヨーロッパでの企業展開の長い歴史の積み重ねがあって実現されたものです。この視察が「中小企業基本法」を軸とし、「大企業政策の補完的役割」を担っているとされる現在の日本の中小企業政策を私達が考えていく上で、一石を投じました。
「金融アセス」から「中小企業憲章」へ
その後、「金融アセスメント法」制定運動の落ちつきに伴い、金融問題だけでは現在の中小企業問題は解決しない、総合的・抜本的な政策転換の必要性が全国の同友会で認識されはじめます。2003年7月の中同協35回定時総会(福岡)では、EU視察に随行された三井逸友氏(横浜国立大学教授)が「欧州中小企業憲章に見る21世紀の中小企業政策〜EUの中小企業政策視察の実態から学ぶ」のテーマで報告、日本における「中小企業憲章」のイメージが初めて語り合われました。
ビジュアル学習資料「中小企業は日本の宝」
翌2004年4月から「憲章がなぜ必要なのか」「憲章とは何なのか」について愛知の政策委員会で討議が行われ、会員に理解しやすく、かつビジュアルな資料を提供していくことが重要であるとの認識に達しました。その試作版の披露が行われたのが、2004年6月の同友会役員研修大学です。その後、政策委員会で検討を重ね、同年12月の理事会で公開されたのが、現在の「中小企業は日本の宝」(学習資料・パワーポイント)です。ウェブ上でも利用できるように説明・解説の音入れを行い、会のホームページ「Ainet」で2005年5月に公開されました。
経営指針の実践と妨げる外部要因とは
一方、2004年7月の中同協36回定時総会(岡山)に「中小企業憲章」(討議素案)が提起され、政策委員会ではさっそく全文の読み合わせを行いました。しかし、「自社とどうかかわるのか、ピントこない」というのが多くの委員の実感であり、自社と憲章のかかわりを明確にするための学習方法が求められました。それが、「自社の経営指針を実行する、その妨げとなっている外部要因は何か」をテーマにしたレポート作成です。「こうした外部環境を変革する為には、中小企業憲章制定運動はどうあって欲しいか」という、自社の経営と憲章のかかわりを考えていくという学習方法です。この学習方法の特徴は、同友会3つの目的、「良い会社をつくろう」「良い経営者になろう」「良い経営環境をつくろう」をトータル的に行うことにもあり、「自助努力」だけではなく、外部環境(経営環境)自体のもつ限界や問題点を業界や自社に引当てて、より望ましいものに変えていこうという趣旨なのです。全国的に旺盛な展開をされている「経営指針成文化」運動でも留意されているように、「自社の存在意義の問い直し、社会的使命に燃えて事業活動を行い、国民や地域社会からの信頼や期待に高い水準で応えられる企業」(21世紀型企業)づくりに、直接つながっていく内容を持っているのです。現在の学習会状況として、04年6月〜06年1月までに理事会、総会分科会や研修大学といった本部会合で10回、支部・地区組織で31回開催され、のべ参加者は1000名を超えました。しかし、レポート提出を組み入れた学習会はなかなかハードルが高く、提出されたレポート数は100通に満たない状況です。以下、具体的な事例として「研究センターレポート」(第17集)より2社の事例を紹介させていただきます。
事務局次長内輪博之
●製造業−(1)
原田晃宏氏原田酒造(資)社長
清酒製造業(卯の花・生道井)
(1)本社知多郡東浦町(2)創立1885年(3)社員13名(臨時含む)(4)年商0.6億円
(1)「自社を取り巻く経営環境」(業界の特徴と現状)
酒造業界は中世以降、わが国の文化の発展とともに(また国家の資金源として)栄えてきた業界です。しかし現在は、ウイスキーもそうですが、全体では前年割れの連続を余儀なくされています。メーカーはこの20年間で約半数に減ってしまいました。その理由としてあげられるのが以下です。(1)特に中部圏においては、大手メーカーの工場拡張、海外での生産における外注の激減、そして拍車をかけるように大手メーカーの売上の低下による外注契約の解除(2)一般小売店の廃業の増加や、卸売業者の廃業及び経営統合(3)老舗ゆえに経営体質のもろさ(科学性・社会性・人間性の見直しの遅れ)(4)新製品の開発での酒税法という法律の括りによる開発の立ち遅れこのままでは、5年後には半数以上のメーカーが廃業すると思われます。
(2)「自社の経営指針を実行する、その妨げとなっている外部要因とは」
●規制緩和について
(A)酒税法の大幅な改正
酒類の製造及び販売については国税局の管轄で免許制度となっており、小売業免許の規制を緩和することによって、スーパー、コンビニ、大型商業施設が簡単に免許を取得できるようになり、昔からの酒屋の廃業が年々激増しているのが現実です。その反動で卸業者については、大手スーパーに取引口座のない業者は廃業か、大手の卸業者や商社への経営統合や吸収合併が進行しています。このような現実に中で、自社の経営指針を実行する妨げとなっているものは、合併即取引停止、そして次の業者を探すことです。取引を継続したとしても、新規取引先という立場から大幅な売り場の減少という悪循環となり、売上高予測、顧客管理が難しく、業者との信頼関係の継続が難しいという現状です。そして酒税法以外の面においても、道路交通法の改正、大手食品メーカーの不祥事から始まった食の安全基準等の法改正などによる消費者や売り場担当者の認識の変化などもあげられます。このような面からも、法改正による売り場の変化は、時代の流れとともに目まぐるしく進んでいます。
(B)国による農業の改革
私どもにとって国による農業政策として、ウルグアイラウンド(1986〜1994、関税と貿易に関する一般協定)の合意に基づき、1995年1月に発足したWTO(世界貿易機関)による農産物の貿易自由化は、わが国の農業問題への大きなポイントになっています。「地方でできることは地方で、民間でできることは民間で」のスローガンで始まった行政改革による全農の解体、JAの合併は農地の減反政策に拍車をかける一方です。そんな中、農協の生き残り策は、(1)営農事業の充実による高付加価値商品の開発及び生産での農産物の全国への供給、(2)各支店の金融の強化(共済も含む)、(3)福祉事業への参入の3つに絞られてきます。私たちの郷土である愛知県は、悲しいまでに(2)及び(3)であることは言うまでもありません。このような改革が酒造りに与える影響は、原料となる「米」の問題です。「地産地消」を理想とする当社としては、純米酒部門の90%は地元の米を原料としていますが、このような政策の為に、売れ筋商品の原料米が安定供給されず、生産打ち切りという事態も珍しくありません。米の生産打ち切りは即、売れ筋商品の販売打ち切りとなり、自社にとっての大きなダメージにつながるばかりでなく、地産地消への大きな妨げになるのです。
(3)「自社の方向性」(現在と今後)
まずは「経営体質の強化」で、経営指針の見直しです。今後、会社経営を発展継続させるためにも重要なことは、自社の進むべく道を明確にすることです。科学性、社会性、人間性の観点を再認識し、明確な経営目標及び経営計画のもとで業績を上昇させなければなりません。その上で、流通への対応で、まず売り場を明確にするということ、現在の取引先が十年後どうなっているかということを考えての流通ルートへの的確な対応と販路の拡大です。次に、その流通ルートへの対策です。下請け企業から自社での販売へと方向転換した当社としては、自社製品のブランド力の強化をしなければなりません。今後は販売ルートが明確になれば、今後売れ筋になりそうな種類の商品への対応を早急にし、コスト・パフォーマンスのとれた商品開発に対応できる技術力の強化です。最後に、原料へのこだわりです。地産地消へのこだわりは蔵元としての“こだわり”であることはいうまでもありません。しかし、農業事情の変化への対応を余儀なくされている事も事実です。中小企業としての強みを発揮するためにも農家との契約栽培より、自社の酒造りに適した米の開発に重点を置くという方向性も考慮に入れることで、原料米の産地を明確にし、差別化の取れる商品造りへの対策の強化です。
(4)自社にとっての「中小企業憲章」とは
中小企業が日本経済の発展を担ってきたこと。そしてこれからもそうであることは、まぎれもない現実です。「中小企業憲章」は、そのような現実を反映し、中小企業の発展に役立つものにしなければなりません。しかし、憲章という形で国家が定めるものである以上、国際的にも認知されるものでなければなりません。そして何より、私たちが日本人としての誇りを持ち、文化を後世に継承できるものでなければなりません。わが国は「大政奉還」により西洋文明を取り入れ、世界と肩を並べることをめざし、めまぐるしい発展を遂げました。しかし1945年、太平洋戦争の敗戦により、日本は何事もアメリカ中心にしか動くことのできない、精神面でのアメリカのいわば植民地になってしまったのではないでしょうか。現在、わが国の経済情勢は産業の空洞化が進む中、「グローバルスタンダード」という言葉をよく耳にしますが、それは単にアメリカという大国の国際的支配を受け入れてしまった事にすぎないのではないでしょうか。中小企業憲章の制定をめざすのであれば、再度、私たち日本人が古来より培ってきた文化を再認識した上で、国際的に認められる民族(特にアジア諸国との共存共栄)へと向かっていくことが、私達の課題ではないでしょうか。それこそが地域の発展につながり、国家の繁栄に結びつくものでなければならないと考えます。
●製造業−(2)
加藤明彦氏 エイベックス(株)社長
自動車部品製造(切削・研削加工)
(1)本社名古屋市瑞穂区(2)創立1949年(3)社員数110名(4)年商16億円
(1)自社を取り巻く経営環境 (業界の特徴と現状)
自動車部品業界は、海外生産における空洞化の中で、全体のパイが小さくなってきており、国内の自動車保有台数の頭打ち(成熟化)が進行しています。一方で、海外からの部品調達(世界最適調達)が進行しているというのが、私達自動車部品業界の現状なのです。
(2)自社の方向性(自社の経営指針)
このような中、当社では自社の強み・弱みを解析してあるべき姿を見い出すこと、経済環境や競合企業などの外部要因に責任転嫁せず、自社の課題として展開していくことが大切だと考えています。当社の経営指針では、(1)顧客への信頼=会社の存在価値(ポジショニング)の明確化、(2)金融機関への信頼=経営者の想いや企業の将来性の明確化、(3)全社員のベクトル合わせ=経営指針の浸透(共育)をうたっています。さらに、「会社=人生」(会社は人生そのもの)という考え方に基づき、(1)自立型社員づくり(社員が成長した分、会社は発展する)、(2)企業づくりの基本は人づくり、(3)労使見解に基づく人を大切にする経営をめざす、これらのことを徹底しています。
(3)望ましい経営環境とは
では望ましい経営環境とは何でしょうか。まずは、売上の確保にあたって、国際競争力に勝てるQCDの確保が重要になりますし、産学官による連携により国内における「モノづくり」技術の確立が挙げられます。次に、政府系金融機関の低利固定融資における安心した金融支援(積極的な設備投資)という金融機関の支援です。そして、以下のような人材の育成とその支援です。
(1)技能、技術の伝承ができる体制づくり、(2)優秀な勤労意欲の高い学生の確保(学校における「中小企業の価値観」の認識向上)、(3)「戦略力」「管理力」「技術力」に対する国の支援(産学官による連携)、(4)「技(技能・技術)」「心(やる気・気づき)」「知恵(知識の発展・応用)」が沸いてくる意欲のある学生育て及び企業での教育プログラムの構築、(5)「モノづくり」の楽しさ、日本経済の活性化に重要であるとの認識をする学校教育及びシステムづくり
(4)「中小企業憲章」私が望むこと
「中小企業憲章」に望むこととしては、中小企業の存在価値への社会的認知です。国、学校、地域、親に対して中小企業の果たす役割を認知してもらうことです。そのためにも日本経済に影響する効果を明確にし、産学官に向かっての具体的な提言とアプローチを行うことです。さらに中小企業を横断的に支援していくため、施策を一本化できるような「中小企業省」の設置も必要になるでしょう。一方で、常に広く社会から中小企業の存在を認知してもらう為にも、その足元を固めること、発展継続ができる企業づくりが重要です。日本経済にとって中小企業が重要である(存在価値の認知)との認識のためにも、中小企業としてきちんと利益(納税)ができる企業づくりを行うことが大切であるとの認識を、私達自身が持つことです。最後に、中小企業がお互いに連携できる体制づくりです。これは、産学官との連携を一気に進めるばかりではなく、お互いの意思が確認しやすい産と産との連携から無理なく始めていくことです。これは、現有施策からの連携体制を敷く意見や、ニーズから生まれてくる課題を行政に提案していくことです。この地道な積み上げが政策提言につながってきます。学校との連携では、インターンシップや雇用促進のための求人、そして各種教育機関で中小企業家が積極的に学生に対する講義等を行っていくことなどが、今後一層大切になってくるでしょう。