第10回あいち経営フォーラム
第1分科会
お客さまから見た わが社の存在価値〜選ばれる企業になるために何ができるのか〜
林永芳氏(株)浜木綿社長
地域密着にこだわって
皿洗いを手伝う
1967年に、父が名古屋で中華料理店を創業したのが当初の始まりでした。創業当時は30席ほどの店でしたが、とても繁盛していたのを覚えています。私自身もアルバイトで皿洗いを手伝っていましたが、次から次へと食器がきて、昼食時以外はひたすら洗い続けるという状況でした。しかし、その頃からこの仕事の難しさを感じていました。店は繁盛していましたが、調理場の社員とうまくいかなくなったからです。ある日の休み時間に、駐車場でキャッチボールをしている社員を父が止めようとしたことがあります。そのうちに案の定、窓ガラスを割ってしまいました。チーフが「申し訳ない。私の給料から引いてください」と言ったので給料から引いたところ、給料日の翌朝には調理場に1人もいなくなったことがありました。このように、店自体は繁盛していましたが、「家業」の影の部分ばかり見えてきて「喜び」を感じないまま、10年以上やってきました。38歳になって社長に就任しましたが、継ぐこと自体が嫌だったので、何となく自信が持てず、辞めようかとも考えました。そんな時に同友会を紹介され、入会しました。
経営指針との出会い
同友会に入会していちばん良かったと思うことは、経営指針と出会ったことです。経営指針は「理念・方針・計画」の3つが合理的で、自分が会社をどうしたいのかを整理できます。さらに、会社の方向性を社員に示すツールとしては最高のものだと思います。それまでは「経営指針は壁に貼ってあるもの」と思っていたので、同友会に入会してから先輩方に学び、自分なりに理解して作ってきました。その過程には、いくつかの難関があり、悩みもたくさんありましたが、そのときの学びがいちばん身になったように感じています。当時、同友会で「あなたは会社をどうしたいのですか」という例会がありました。私は、その例会で報告者になったものの、経営指針もなく、全く分かりませんでしたので必死に考えました。
科学と哲学が必要
まず、最初の難関が「自分の会社を10年後どうしたいか」ということでした。そのとき、「実際に10年後どうするのか、というのは社長の専任事項だ」ということに気付きました。そして、特に根拠もないまま、目標売上を20億円と決めて発表してみたのです。2つ目の難関は、「何のためにやるのか」ということです。発表した売上目標を達成するには、当然リスクを伴います。「何のために、誰のためにそのリスクを背負うのか」という疑問が付きまとい、非常に悩みました。売上を20億円にするための計画や方法は先輩経営者の方が教えてくれましたが、「何のために」というのは、自分の中にある目的なので教えてもらえるものでもなく、考えてもわかりませんでした。そんな時に、哲学の先生との出会いがありました。その先生から、経営にも「科学と哲学が必要」ということを学びました。科学と哲学の両面から考えることで、物の考え方の重要性に気付きました。そして、私の心の中で「誇りをもってやっていける会社にしたい」という決意が生まれました。このとき初めて、自分にとっての仕事の意味と価値が見いだせたと思います。
豊かでハッピーな食事時間の提供
「浜木綿が戦う相手は誰なの」
中華料理のマーケットは概ね1兆円です。その中で、売上を20億円にするための輪郭ができたら、次に必要となるのが戦略です。あるとき、先輩経営者に「浜木綿が戦う相手は誰なの」と問われました。果たして、中華料理店なのだろうか。戦う相手が明確に存在するわけでもなく、難しい問題でした。そこで、戦略を組み立てるためにマーケットの勉強を始めました。ここで、ドリル会社の話をします。あるドリル会社の社長は「我々は世界一のドリルを作り、世界の半数以上のシェアを取ろう」という経営理念を掲げました。すると社員から「もっと軽量化しましょう」「もっと値打ちなドリルを開発しましょう」というアイディアが生まれました。次々と高機能なドリルを開発し、その会社はドリルの一流企業に成長しました。しかし、イギリスの研究所が光の熱で穴が開けられる機械を開発しました。その機械は、ドリルよりも安価で簡単なため、たちまち世界に普及し、このドリル会社は結局、潰れてしまいました。
本当に求めるものは
さて、このドリル会社は何が間違っていたのでしょう。ドリルを求めて買いに来る人が本当に欲しかったものは何だったのでしょうか。実は、ドリルではなく、「穴」が欲しかったのです。ドリルは穴を開けるための道具にすぎなかったのです。もし、「我が社は穴を開ける技術で世界一になろう」と規定していたらどうだったでしょうか。社員は、穴を開ける方法を考えたでしょう。そうすると、地下鉄のような大きな穴も、私たちの仕事だと考えたかもしれません。理念や規定を変えるだけで、発想が広がり仕事も広がったことでしょう。この話は、ニーズとウォンツのベーシックな話ですが、ニーズとウォンツは非常に重要なものだと考えています。
「豊かさの提供」
浜木綿では、社員に自社のお客様を知ってもらうために、ニーズ(要求)とウォンツ(欲求)に分けて説明しています。マーケットには、この二つがありますが、わかりにくいのは、ウォンツのほうです。例えば、金融機関の銀行口座は「ニーズ」です。しかし、実際の「ウォンツ」は安全です。皆さんの会社でもニーズとウォンツは分かれていると思います。自分たちが売っているものは何なのか。それは、ニーズなのかウォンツなのかを明確に分けなければ、マーケットの把握は難しいと思います。そこで、自社のニーズとウォンツについて考えてみました。浜木綿では、「家族で一緒に楽しい食事時間を過ごしたい」ということがウォンツだと思います。そこから「豊かでハッピーな食事時間の提供」を理念に掲げました。そこから「豊かさの提供」を存在価値と規定したのです。
驚きや感動を共有して欲しい
時代にあった存在価値
お客様のウォンツを満たすためには、常に自社の存在価値を磨いていかなければなりません。存在価値は時代とともに変化していきますが、具体的に「ハッピーな食事時間」というのも変わってきています。30年前の「ハッピーな食事」とは、お腹いっぱい食べることだったでしょう。しかし、今は満腹になることではなく「安全、健康でおいしいものを家族で共有する」ということかもしれません。時代が変わっても「豊かでハッピーな食事時間の提供」という理念をしっかり持っていれば、ぶれないはずです。理念を持ち、ウォンツを追及していくことで、時代に合った存在価値を磨いていけるのです。
食事時間を売る
これまで述べてきた「豊かでハッピーな食事時間の提供」を考えたとき、「共有」というのがひとつの鍵になっています。人間は、家族やチームの仲間と「共有」できることを喜びに感じると思います。私も素敵な温泉に行ったとき、「次の機会には妻や子供と一緒に来たい」と感じます。何かを誰かと共有したいと思うときに、嫌な人は思い浮かびませんよね。この空間を一緒に共有したいと思える大切な人を想うはずです。私たちサービス業の根本的なところはそこにあると思います。私たちが売っているものは、中華料理ではなく、食事時間そのものです。お客様が「この食事時間を誰かと共有したい」と感じていただくことが大切なのです。それは、料理であっても器や雰囲気であってもいいのです。そこにある、ちょっとした驚きや感動を共有して欲しいのです。浜木綿へ来た家族が思い出に残るサービスを創り出すことで、共有できるものを提供するお手伝いをすることが本当のサービスだと考えています。
【文責事務局・伊藤】