愛知県中小企業研究財団
東アジア視察 9月2〜9日(1)〜(5)

(同友Aichi 第429号〜433号の連載)

池内 秀樹(事務局員)

(1)憲章の国際展開を探る旅

バンコク3大寺院ワットアルンにて

タイとベトナム訪問

9月初旬、愛知同友会50周年記念として企画された視察団は、バンコク〜ハノイへ中小企業憲章の国際展開の可能性を探る旅に出かけました。

経済成長が著しいタイ・バンコク。視察団を待ちうけていたのは、まるで極楽鳥のようなタクシーの群れとバンコク名物の大渋滞でした。周りを見渡すと、走っている自動車はほとんど日本車です。運搬等の実用性の高いピックアップトラックの割合が高いのは、乗用車が高嶺の花だったかつての日本のようです。

今回の視察の目的は、大きく次の3点です。第1は、グローバル化が進み世界が密接になるなかで、中小企業憲章を日本だけのものとせず、東アジア各国間の条約としていく可能性を探ること。第2は、東アジア版の中小企業憲章を実現するために互いに連帯し合う仲間探しをすること。そして第3は、タイ・ベトナムへのビジネス展開の縁づくりを図ることです。

今月から5回の連載で「東アジア各国の国民の一人ひとりが大切にされる豊かな国づくり」に向けた今回の視察の模様をお伝えしていきます。

(2)タイの中小企業振興事情を訪ねて

泰日経済技術振興協会パタナカン本部前にて

タイの中小企業振興

泰日経済技術振興協会は1973年に日本との共同で、タイの経済発展と企業の科学技術知識の向上などを目的に設立された組織です。語学研修や出版、環境分析事業などに取り組むとともに、日本の中小企業診断士制度をタイで普及させ、中小企業の技術水準向上に取り組んでいます。

工業省傘下で2000年に設立された中小企業振興庁は、タイの中小企業の健全経営に向けた環境整備を主な役割とし、様々な中小企業振興策に取り組んでいます。中小企業の潜在能力を発展させることにより、持続可能でバランスの取れたタイ経済を実現するという基本姿勢は、中小企業憲章の精神とも通じます。同庁の中小企業振興策の特徴は、あくまで中小企業の経営体質強化に重点を置くこと。そのため、セーフティネットの整備より、個社を強めることに力点が置かれています。

これら2つの訪問先から受けた印象として、(1)大学界と産業界が密接に関係した取り組み、(2)とりわけ若い年齢層の人材の活躍、(3)不公正取引の監督や中小企業憲章の必要性についての認識は今一歩、といった点です。とはいえ、基本的認識の点では合致する部分も多く、今後の連携に可能性を感じさせる訪問となりました。

(3)現地企業からの発見

中小企業家の国際連携で、アジア版中小企業憲章に確信を持つ

人育ての思想が定着

今回は、バンコクのローカル中小企業、Siam Mould&Part Co.,LtdとO・E・I Parts Co.,Ltd.の2社訪問の模様をお伝えします。両社ともタイではトップクラスの中小企業であり、女性が生き生きと活躍する姿が印象的です。この視察から2つの発見がありました。

1つ目は、現地ローカル企業が直面している外部環境の厳しさです。前社では客先の毎年のコストダウン要求に対応するため作業の効率化を推進し、当初200名ほどいた従業員を100名までに減員。また、最低賃金法の改正により年額30〜40%の給料の増額を強いられたといいます。後社では、いくぶん強気な姿勢での発言が見られたものの、負担の半分は自社の生産性上昇などで吸収しなければならないと指摘していました。

2つ目の発見は、同友会の目指す「人間尊重の経営」につながる可能性を目の当たりにできた点です。今回の訪問では「従業員満足」や社内教育の充実などの人育ての思想が根付いている様子がうかがえました。

言葉や文化は違いますが、このような人の成長と共に企業も成長する経営を行うことが、中小企業の社会的地位の向上にもつながり、さらには東アジア版中小企業憲章の実現に近づくものであるとの確信が持てる訪問となりました。

(4)行政と中小企業団体の熱い反応

憲章制定の成果と課題について懇談(ベトナム商工会議所にて)

憲章制定に意欲

視察も後半に差し掛かった9月5日夜、私たちはベトナム・ハノイへ降り立ちました。翌朝より視察団は、ベトナム政府の関係当局やベトナムの中小企業団体を訪問しました。

ベトナムではローカルの中小企業を訪問する機会はソフトウェア開発を営むSaomai Co.,Ltd1社のみでしたが、タイとは対照的に、行政機関や中小企業団体の中小企業憲章に対する反応は大変鋭いものでした。その一部をご紹介します。

訪問先では、EU小企業憲章と中小企業憲章草案や中小企業憲章とを比較した意見や、ベトナムが現在置かれている状況からくる問題意識を反映した改善案が出されました。さらに、現地の中小企業団体からは東アジア版中小企業憲章制定に向け、具体的工程に乗って取り組んでいこうとの発言も出され、こちらが驚かされる場面もありました。

こうした背景には、同国の大企業(国営)が昨今起こしているローカル中小企業との軋轢や、多額に上る無駄の多い企業運営に伴う信頼の減退、近い将来急速な成長軌道に乗ると予想される同国において、今後目指すべき新たな産業構造モデルを模索していることなどが感じられました。

市街地は夜更けにも関わらず露店が所狭しとひしめき合い、アルコールを片手に談笑する市民の姿、バイク1台に一家4人が跨る姿に非常な熱気を感じるとともに、ベトナム経済の夜明け前、そして一層の飛躍が近い将来訪れることが予感されました。

何よりも、私たちの中小企業憲章に理解と同意を示してくれたことで、東アジア版中小企業憲章の実現に向けて大いに自信を持つことのできたベトナム訪問となりました。

(5)同友会運動を広げ、伝える旅

色彩やかな繊維が並べられた店先(ハノイ・ドンスアン市場にて)

視察の成果と課題

連載最終回は、視察の成果と今後の課題について、まとめをしていきます。

タイでは特にローカルの中小企業で中小企業憲章(以下、憲章)の普及に大きな可能性を感じました。その要因は、日系の親会社からの厳しいコストダウン要請、支払いサイトの延長などの取引条件の変更、最低賃金の急激な上昇などの打開策を、現地の中小企業家が喫緊の課題として捉えていることにあります。

ベトナムでは、行政当局がとりわけ積極的な姿勢で迎えてくれました。その背景には、同国の大企業(国営)が昨今起こしているローカル中小企業との軋轢、多額に上る無駄の多い企業運営に伴う信頼の減退、発展途中の同国において、今後目指すべき新たな産業構造モデルを模索していることなどが感じられました。

憲章の東アジア化に向けて克服すべき課題は多く、今回の成果もささやかなものです。今後は憲章の国際化もさることながら、条例制定運動に代表される憲章の「地域化」を積極的に推進することが求められます。

10年前のオランダ・ベルギー視察で私たちは「EU小企業憲章」と出会い、今回は、そこから始まった運動の成果を広げ伝える視察でした。何よりも、私たちの取り組んできた運動の普遍性が証明され、同友会運動への確信を大いに深めた旅となりました。