第5回戦略会議(企画室)4月16日
日本経済・地域経済における中小企業運動の役割
大林弘道氏神奈川大学経済学部・教授(中同協・企業環境研究センター委員)
21世紀の始めに際して、同友会運動は新たな歴史的課題に直面しています。4月16日、企画室の「戦略会議」で『中同協30年史』の編纂に携わった大林先生をお招きし、中小企業運動の今日的課題を語っていただきました。なお、大林先生は7月11・12日地元愛知で開催される第34回全国総会・第1分科会「同友会運動の歴史と理念に学ぶ」の報告者を務められます。
●中小企業運動の2つの側面〜抵抗・批判と創造・発展〜
中小企業運動の持つ2つの側面とは
中小企業運動は20世紀の社会運動と言ってよいかと思いますが、基本的には大企業の行動や国家の政策に対する批判・抵抗運動として理解され、実態的にもそうした面が強かったと言えます。そういう特徴は今なお生きていますが、20世紀最後の4分の1、70年代ないしは80年代以降、経済構造や産業構造の大きな変化の中で、中小企業運動が国家の政策に関与していく、あるいは政策的諸制度を提案していく、あるいはさまざまな企業経営を新しく開発し、それを自ら実践していく、そうした創造・発展運動という側面の可能性が強まってきたとも考えられます。こうした中小企業運動の2面の性格は、資本主義市場経済の中で中小企業が駆逐されあるいは排除されながらも、なお存続し、かつまた新生さえするという企業の存立に関する基本的な傾向の中小企業運動における現われであると考えられます。今後の中小企業運動はそのような創造・発展運動としての側面の一層の発展が可能でありますし、強化される必要があります。
戦後日本経済と中小企業運動
もう1つは、そのような中小企業運動というものを、翻って日本の戦後のそれにおいて見てみますと、運動として特異な運動をしてきたと言わなければなりません。すなわち、政府による政策課題としての中小企業の組織化が、あるいは大企業による下請制あるいは流通系列化に基づく組織化が顕著に進行していたという特徴があります。そのために、以上の中小企業運動の2つの側面が明白に現われず、大企業発展とそれを促進する政府の産業・中小企業政策と一体化し、それらに協力する中小企業運動、あるいはそうした枠内での要求運動という特徴をもって展開されていたという認識を、私は持っています。
新しい段階に入った経済団体のあり方
もとより、戦後日本の中小企業運動がそうした特徴を持たざるをえなかった根拠も政治的・経済的な仕組みとしてあったし、有名・無名の実に多くの優れた人々がそうした団体とその運動に邁進してきたということも忘れてはなりません。しかしながら、戦後の中小企業団体・中小企業運動の今日の特徴は、中小企業団体のみならず、経済団体も含めて再編の時期に入っている、転換の時期に入っていると言ってよいのではないかと考えています。それは(1)経団連と日経連の合併、(2)商工会議所や商工会の合併あるいは広域化の推進などに象徴されるような事態に現れています。この点で日本の経済団体、中小企業団体が新しい段階に移りつつあるというように考えられます。
●中小企業運動の当面の課題〜中小企業経営と中小企業運動〜
個々の経営努力のみ強調されるが…
1990年代以降の長期不況の過程で、日本経済・地域経済の再生において中小企業が大事にされなければならない、重要な役割を果たすべきだということが多方面から強調されています。その際、注意されなければならないことは、そうした役割を果たすことにおいて、もっぱら個別中小企業の経営努力ということが強調されているということです。そうした強調においては中小企業団体、中小企業運動の役割というのは、必ずしも見えてきません。言うまでもなく、中小企業が日本経済・地域経済の再生において貢献するためには、個別の中小企業の経営努力は当然重要なのですが、同時に個別中小企業の経営努力だけでは限界があります。個別中小企業の経営努力を励ます意味でも中小企業団体、中小企業運動の役割が必要であり、不可欠だと考えています。
「3月危機」は切り抜けたが
今年に入ってしきりに指摘されていました「3月危機」は何とか切り抜けたよう見えます。では、「3月危機」はどうしたのか。もっぱら株式の「空売り」規制によって引き伸ばされたという見解が有力のようであります。また、みずほ銀行の場合のように内部的には予想されていたとのことですが、一般には想像さえしなかった個別銀行における「情報システム」障害による金融仲介機能の麻痺が発生し、今日の経済危機がなんと不安定な経営的・技術的基盤にあるのかを痛感させられているわけです。そして、早くも「6月危機」「7月危機」が指摘され始めています。ところで、小泉内閣の支持率が急落してきていますが、なお、政府方針としての構造改革の推進は「微動だにしない」ということであります。それゆえ、今後とも景気・経済情勢と構造改革の行方が引き続き、注目されることには変わりありません。
構造改革をめぐって政府と国民との乖離
中小企業にとっては構造改革が工程表に基づいて順調に進展したと考えても、不良債権処理をはじめとして中小企業の経営環境の厳しさが増大することは避けられません。それでは、構造改革が進まなければ良いのだろうかと考えても、それで中小企業の経営環境が良くなるという見通しはありません。その意味で中小企業としてはどちらになっても、厳しい状況にあるということは、覚悟しておかなければなりません。要するに、政府が構造改革の名のもとで推進しようとする改革と中小企業あるいは国民が期待する構造改革との乖離が広がってきた、あるいはその違いが明確になってきているというのが現在の状況だと思います。
金融システムへの同友会の寄与
こうした分裂した事態のもとで、改革そのものが新たな危機を大小さまざまな形で生み出す危険が目の前にあるというのが現状ではないでしょうか。したがって、短期的な中小企業運動の課題としては、中小企業家自身にそういう状況を常に繰り返し警告し、そして当面考えられる対応策を立案し、政府なり、地方自治体なりに提案していくという姿勢を準備しておく必要があると思います。97年の「貸し渋り」の激化、金融システムの危機の際の中同協をはじめとする各地同友会の対応が、非常に大きな成果をあげました。それゆえ、そこからの教訓もあろうかと思いますが、そういうものを改めて確認することが大切であると考えます。
●中小企業運動の中期的展望と課題
創業・経営革新の担い手として
このような当面する問題も非常に重大なのですが、それによって中小企業が決定的な打撃を受けることなく、乗り越えることができたという段階での中期的な課題として、日本経済・地域経済の再生に対して中小企業、中小企業運動がどのような役割を果たすかという点について述べたいと思います。中小企業の役割として2つの課題が提起されているように思います。1つは、中小企業が創業・経営革新の担い手になるという課題です。もう1つは経営戦略を持つ、あるいは実践することができる企業経営者に成長するという課題です。
経営革新、第2創業そして事業承継
1つ目の創業、経営革新の担い手になるという問題についてです。こうしたことの強調はややもすると、ベンチャー企業の一方的評価というような主張に聞こえる懸念があります。現在、それに対して創業と並んで既存企業における経営革新、第2創業あるいは事業承継が課題とされて、それらを通して新商品が創造され、さらに新産業が創出され、中小企業が日本経済・地域経済の新たな経済成長に貢献できるという議論になっているかと思います。私はこのことに対して、創業・経営革新において個別中小企業の努力が大切なのですが、同時にこの創業、経営革新、第2創業、事業承継等がより一層可能とする、円滑に実現できる企業経営環境が創造されなければならないと考えています。
経営環境の改善が今日的な課題に
例えば近年の景況調査等で、「経営の問題点」という回答を見ますと、需要の低迷、販売価格の低下、大企業の進出・新規参入者の増加による競争の激化などが、上位を占めています。また、中小企業基本法の改正に伴って、現在、中小企業支援センターが整備されつつありますが、そこでの窓口相談内容を見ると、資金の調達、取引の適正化、技術の支援等が上位を占めています。これらは個別企業の経営努力の課題であると同時に、企業経営環境の改善の課題だということが明確に示されていると思います。すなわち、『需要の拡大』であり、『競争の公正』であり、『金融の円滑』であり、『技術の支援』であると、まとめることができると思います。それらを実現していくためには、必ずしも現行の、あるいは中小企業庁の実施する中小企業政策の枠内で済む問題ではありません。それらの政策の実現を中小企業運動として創造的に展開していくという必要があるのではないかと考えます。その意味で現在、全国の同友会が推進している「金融アセスメント法」の制定運動も、そうした創造的な中小企業運動の一環として位置づけることができるのではないかと思います。
●中小企業運動と「経営戦略」の策定
90年代以降浸透した経営戦略の必要性
もう1つの課題は、経営戦略を担え、あるいは実践できる経営者に成長するという課題です。中小企業における経営戦略(方針)の策定ということは90年代以降言われてきたことだと私は考えておりますが、少なくとも現在、経営戦略という考え方の必要性は中小企業経営者にかなり浸透してきていると思います。つまり、戦後の中小企業経営では経営戦略という考え方は基本的な考え方として受け止められていなかったのです。
戦略と自立は表裏一体の関係
今日、経営戦略が中小企業にとって重要になってきたのはなぜかといえば、大企業に依存するという中小企業経営が90年代以降、成り立たなくなったからであります。大企業依存の経営が非現実的になり、自立・独立の経営が必要になってきたからにほかならないのです。つまり、企業経営にあっては戦略と自立とは表裏一体だということを理解しなければなりません。このような自立・独立に富んだ経営戦略及び経営能力の獲得については、一般的には個別的な経営者がいろいろ勉強するということや、そのために経営者への教育が必要だというような経営者教育論に傾きがちです。それ自体は大事なことで否定するわけではないのですが、経営能力の獲得というのは、そのような一方的な知識の注入によって得られるものではありません。
経営者の自覚を高めてきた同友会
経営者自身が経営の問題を相互に持ち寄り、互いに適切な助言を得ながら、それの解決をめざして緊張感に満ちた討論をする、そうした中でさまざまな意見を認識し、内面的な触発をうける、あるいは新たな自覚を高めるということなしに、経営能力の獲得はありえないのです。中小企業家は自らの財産と全存在を経営に投じているばかりでなく、雇用者の生活をも担っており、単なる知識に基づく経営の実践というわけにいきません。責任をもった決定という基礎があります。こうした課題を中小企業運動として進めることが大事で、同友会はそういうことをやってきた唯一の団体だと私は考えておりますが、最近、こういう活動が他の中小企業団体の中でも進められてきています。そういうことが大事だということの認識が深まり広がった証拠だと思います。
●企業環境が大きく変化していく中で
新法制で大企業の柔軟経営が可能に
第2の点は経営戦略をめぐる企業環境の変化が大いに進んできている、従来において中小企業は経営戦略を重視しなくても、あるいはそういうことを自覚しなくてもよかったのですが、その基盤自体が解体してきているということです。それでは新しい企業環境がどうなるか、このことについて改正された中小企業基本法では一体どういう中小企業の企業環境を想定しているのか、なかなか見えてこなかったわけです。中小企業においては「多様で活力ある独立な中小企業の成長発展」だとしても、大企業の方はどうなのかがはっきりしなかったとも言えます。ところが、今、進められている企業法制の再編に注目すると、ある意味では中小企業基本法の改正によって、中小企業に提示されてくる企業環境がいかなるものかわかるような気がします。それは簡単に言えば、独占禁止法の改正によって、純粋持株会社の解禁がなされ、商法の一連の改正によって合併・分割も円滑になる、いわゆる企業組織再編法制の整備、さらに2002年に改正が予定されている企業統治法制の整備、つまり、これらによって大企業自体が柔軟、スピードある経営が可能になるような体制ができあがりつつあるのです。
協調から競合へ
このような法制の整備の成果は中小企業においても採用可能、利用可能であるという評価がありますが、主たる側面は大企業の改革であり、その結果は、大企業と中小企業の企業間競争が新たな段階に移行するということではないかと思います。一言でいうならば、従来の中小企業と大企業の関係の協調的な政策よりも、競合的な性格が強まるということです。これも単純化していうならば、大企業は持株会社となり、さまざまな子会社を持つ、子会社として大規模企業から中小規模企業までが含まれる柔軟、スピードを持った、つくったり切り離したりすることができる経営体としての大企業の誕生です。そうした大企業はいわば企業群、一般的には企業グループという形になっていくでしょう。その結果、大企業子会社の中小規模企業と自立・独立の小企業との競合という構図ができあがってくると思います。
経営戦略の策定には深い情勢分析が必要
さらに、従来とは違うわけですが、長期取り引きではないアウトソーシングの拡大によって、従来の下請制とか流通系列とは異なる大企業と中小企業の関係が形成されつつあります。このような企業環境の変化のもとで中小企業は経営戦略を考えていかなくてはならないということが、大事ではないかと思います。また、中小企業における経営戦略の策定というのは、経済状況や業界構造の深い分析も不可欠としているわけですが、それらについてのマスコミによる報道や政府の説明では不十分で、無理解、曲解を多分に含んでいます。したがって、そうではなく、中小企業家自身がそのような研究機会をもっていくことが大事であり、中小企業運動の中でこそ得られるわけです。それは単なる経営相談ではないと考えています。いずれにしても短期的にも中期的にも個別企業経営努力を超えた中小企業運動の課題はあるし、大きいとも言えると思います。
中小企業家は社会に希望を与えよ
最後に蛇足になると思いますが、上述してきたように経済状況の危機化・不安定化が指摘され、さらに現実化してくると、逆に、中小企業経営者はややもすると過剰に中小企業経営自体の不安定さといろいろな政治的・社会的な不安定さを同時的に増幅させるという歴史的な特徴を持っています。その意味でも中小企業家自身が社会階層の主体的なあるいはリーダー的な役割を果たすという意味で中小企業運動を通して社会に希望を提起していく必要があるのではないかと思います。私は日本経済・地域経済の再生にあたって、中小企業運動の役割の重要性を以上のように考えている次第です。
【見出しは編集部】