第30回青全交(鹿児島・9月12・13日)第8分科会
自社ブランドの確立をめざして〜発想の転換で、新しい価値を創造する〜
鷲野守彦氏丸太衣料(株)・社長
ネルフィルターの開発
自社は繊維卸を事業としています。この業界も空洞化が進み、製造が中国や東南アジアに移動しているという現状です。生き残るためには特殊なものか、多品種小ロットを要求される業界です。わが社は従来の小売業と併用して繊維の生地や原反からなる繊卸商というものを先代から始めました。小売中心で1965年(昭和40年)以降は製品の生地から加工を含め製造も行っています。浴衣を問屋に納め、小売をしながらの生産でしたが、もうけにはなりませんでした。当時は利益率の限界や売り先が同業者、倒産のリスク等でのジレンマがありました。そんな時、現在の事業の柱としてやっているコーヒー抽出のフィルターと出あいました。取扱品目を絞り、そのネルフィルターに力を注いでいきました。そのネルフィルターへのこだわりと業界のブランドとして丸太衣料の「マルタ」を確立しました。ネルフィルターは布製で30数年前に主流になった商品でした。近所の焙煎業者に何度も通い試作品をつくり、注文を頂き、味に変化が起きないよう、同業他社に負けない商品、まねをされにくい商品づくりのための工夫をしてきました。結果、当社の企画した素材で、コーヒー専用のネル生地をオリジナル商品として販売できるようになりました。この商品は目詰まりがしにくく、当社の自慢商品です。現在、ネルフィルター分野では、東京、大阪を中心とした全国の焙煎業者6割の注文を頂いています。
ペーパー分野での失敗
同友会でも異業種の方々と交流する中で、当社が全国で5社ほどしかない特殊な業種であること、出あった弁理士に他社の類似品を阻止するということで、ペーパーの形をした「ネル素材」という発想で特許を取得し、実用新案として取りました。得意分野と知的所有権の活用、海外直接取引という3つが、「自社ブランドの確立」という部分では大きかったと思っています。私は市場における自社のポジションを理解することが一番大切だと思っています。昨今、コーヒーはレギュラーが主流で、喫茶店よりも家庭で飲む、そこでもペーパーフィルターを使用していて、こだわっている方は布製のフィルターを使っています。その繊維からネルをつくったのは当社1社だけで、差別化と独自性等を追求することが必要だと思っています。しかし自社はネル業界では評価があるのでペーパー分野にも進出したのですが、ペーパー分野では知名度がないためにこのブランド力が発揮できませんでした。ネルで評価があったので、ペーパーにもと考えたのですが全く評価されませんでした。自社の商品は袋で納品していますが、それには名前が入っていません。これも戦略においては失敗したことだと思います。
寿司用さらしに挑戦
現在は喫茶店は減り、コーヒーを家庭で飲むなど生活習慣の変化と外的要因から売上の方がピークの2分の1までになっています。次の事業の柱を探していたところ、近所の寿司屋さんから「使いやすい荒めのサラシはないか」と尋ねられましたので研究し、その方に使って頂きました。全国の寿司屋の数からして「シャリに使うさらし」のリピート数は大きな数になりそうですし、他社ブランドもありません。価格と品質が合えばやっていけると考え、食品衛生法の側面からも安全面からもお客の要望にそった使いやすいサイズを開発し、「寿司屋のサラシ」にターゲットを定めました。
ユーザーの声を大切に
コーヒーの場合、焙煎業者さんに納めてから販売店へと流れますので、ユーザーの顔は全く見えない状態です。業者が「高いので使いたくない」と言うとユーザーには届かないという、業者次第の構造がありました。このような前例から販売方法にかなり悩みました。現在では寿司屋さんの市場周辺のさらしを扱う雑貨屋に商品を卸しています。またユーザーの顔が見える販売スタイルをと思い、商品サンプル付のダイレクトメールや、商品とお金を交換する「代引システム」を使い、名古屋周辺や東京築地の市場にも広げています。このような卸と直販の2つのルートを持っています。これまでの経験から末端のエンドユーザーの声を拾うことが大切だと実感していますので、エンドユーザーの声を聞けるようにしたいと考えています。実際、寿司屋の会合が月1回ある全国組織の寿司組合に業者登録をしたところ、さらし以外にもおしぼりやタオルなど、しかも使い捨てで、いろんな用途があるという情報も得ました。
価格決定権が強みに
価格の問題も中国の天津で買い付けを行い、他社より先駆けて輸入を強行した結果、低価格で販売することができ、利益確保もできました。「ものづくり」にはなりませんが、生産工場を持たない製造メーカーとして、低価格でお客さまのニーズに応えることができたと思います。今では、第2の柱としての「シャリさらし」の販売を行えるようになりました。自社ではこのような将来を見越した「経営戦略」があったからこそ、この「マルタ」ブランドを生み出すことができたと思います。自社ブランドは価格決定権があると思います。利便性や低価格などの付加価値を付け、販路開拓等で新たな道もできるかもしれません。これからも経営戦略としての「自社ブランド」の確立を行っていきたいと思います。
【文責事務局・井上誠一】