第6回あいち経営フォーラム
10月19日
第5分科会
顧客との価値観の共有で市場創造〜構造不況の建設業界の再生に挑戦
●報告者
北川亨氏(株)北川組社長(総合建設業)
加藤昌之氏(株)加藤設計社長(建築設計監理)
◎助言者(司会)
片方信也氏 日本福祉大学情報社会科学部学部長
建設業界の今日的課題とは
大きく変わった施主のニーズ
【片方】建物を建てる人や住まいを求める人のニーズは、どのように変わってきているのか。また、業界の現状認識、お客様の変化を皆さんはどのようにとらえていますか。
【北川】ゼネコンの立場から言うと、従来はお客様が要望することを的確に形にすることが仕事でした。今は建てるだけでなく、お客様の嗜好や夢をいかに具体化するか、その相談相手になれるかどうかが問われています。具体的には、その地域ごとに見あったニーズの研究や的確なプランの提供です。新しい付加価値をつけて提案してこそ、初めて今の仕事が成り立ちます。
【加藤】私は民間の設計だけで、官庁の仕事はやっていません。この1年間で、業界の状況や施主のニーズが大きく変わっています。第一に、施主が非常によく勉強しているということです。例えばシックハウスのマニュアルについても私たちは詳細な数値までは覚えていないこともありますが、施主はこうした数値まで、しっかり覚えている点です。第二に、建築の社会性をみんながよく理解してきたということで、街並みにあう建物を考え始めてきたのです。地域との対話を積極的にやろうという姿勢に変わってきました。私たちも設計するよりも、地元の人達との対話などにとられる時間の方が長くなっています。第三に、専門的かつ広範囲な情報を知った上で設計をしなければならなくなってきました。税制や都市計画法、住宅の品確法など新しい法律を知った上でないと設計プランができないのです。第四に、施主が多くの情報を持ち、要求も多様になっています。「究極のデザイン」とか「究極の技術力を出せ」とも言われています。
「環境調和型」「将来予想型」
【片方】北川さんからは付加価値を高めることが必要だという提起がありましたが。
【北川】まず「お客様が本当にあなたの会社を選ぶか」ということです。お客様満足とは、お客様の持っている生活観をどのように具体的にあらわすかであり、そのことが問われているのです。施主の生活環境、生活の価値、生活のリズムを破壊しない、保全し向上させる。いわば「地域環境との調和」が重要なのです。
【片方】加藤さんからは施主のニーズの的確な把握が重要だというお話でしたが、その苦労談などは。
【加藤】まず設計をする段階で、「予算はどのくらいなのか。何人住むのか」などを施主から聞くと、要望する部屋数が出てきますが、予算とのミスマッチも出てきます。例えば1階に居間をつくりたい時、この地形ならば2階につくった方がよいとか、「何が快適か」などで話を詰めていきます。部屋数や広さが足らなくなってくると、家族構成にまで注文をつけるわけですが、10年、20年先といった将来を見こさないといけないのです。そして、楽しく、末長く生活できそうだという空間を提案できれば、仕事になると実感できます。こちらも設計していて楽しいし、相手もワクワクするということが大切です。
「つくる喜び」「選ぶ楽しみ」
【片方】現在の建物は、「つくるもの」から「買うもの」へと変化しています。こうした中でお二人が実感されていること、そして苦労していることはありますか。
【北川】まず、「つくる喜び」をいかにお客様に理解していただけるかです。私たちが誇りを持ってお客様と一緒に建てて、「良いものをつくってくれてありがとう」と言われ、初めて本当のお付き合いが始まるのです。それが私たちの「つくる喜び」であり、「依頼してくださった人たちにめぐりあえてよかった」という関係づくりです。こうしたことを社員に、お客様に、どう伝えるかが課題なのです。もう1つは技術の伝承です。例えば、戦災で喪失した名古屋城の本丸御殿再建の時に、「昭和の匠」を集めて御殿を建設しようという気運があったのですが、いまだに建築されていません。「昭和の匠」はだんだんといなくなっているのです。このような技術をどう伝承していくかです。いずれも人材育成の課題です。
【加藤】大手ハウスメーカーはすごい宣伝力を持っています。しかし私たちは大手にはない「楽しさ」を提案できるかが生き残っていく鍵です。工業製品のプレハブにはない新しい領域、それは「お客様が一緒につくる」ということです。「一緒につくる」というのは、1つ1つのパーツまで自分の想いでつくれる、つまり、選ばれるよりも、「選ぶ楽しみ」を味わっていただくことです。お客様と「つくる」段階にまでいけば、大手メーカーの提案を切り崩せますが、私たちに来るまでのきっかけづくりが難しいのです。
今後の展開と企業戦略を語る
ネットワークで大手に対抗!
【片方】お客様とつくり手の価値観を共有することで、大手では真似できない新しい市場創造ができると思いますが、その可能性は。
【加藤】私たち中小建設業が大手にかなわないのは知識、情報、技術力であり、一方では顧客の情報です。そこで、業者間でのネットワークをつくって必要なビジネスパートナーを集める必要があります。同友会「ビル・マンション研究会」もそうですが、専門職が集まって、しっかりとした技術力を構築できれば、大手にも匹敵することはできるのです。わが社では「ゼフィルス会」という13の士業(弁護士、税理士、会計士など)のネットワークを始めました。ビルを建てる時、「大手であれば、どのような切り口でくるか」という問題を投げかけると、各分野の専門家の皆さんからしっかりとしたアドバイスが出されます。同業界でも、自社のレベルでとれない仕事は、有名な建築家の先生と組んで取りに行きます。自社にないものは他社で補完しながら、お客様との話を詰めています。そこでは、顧客の価値観がどこにあるかを見極めること、そしてどことネットワークを組むかが大きなポイントです。もう1つの中小企業の魅力は、「ワンストップ」で説明できることです。大手では、いろいろな担当者が説明し、わけがわからなくても「大手だから信用してくれ」で話は進んでいきます。しかし中小企業では経営者が設計から管理、業者や下請けなどすべてを把握しています。ですから、物件をつくる時に「ワンストップ」で説明できる、これが強みです。
お客様との情報の共有化
【北川】一番良い営業は「口コミ営業」であり、そのためには施工レベルをアップしなければなりません。具体的には、当社では受注の際に「工事着工準備会議」を開き、過去の失敗例なども参考にしながら現場での問題点を洗い出します。そして確実に問題をクリアしてから工事にかかります。次に工事にかかった時、「安全パトロール」や「品質パトロール」を行います。「品質パトロール」とは、工事の現場を第三者の目でもう一度チェックすることで、お客様との打ち合わせ内容を再度確認しています。そして「定例打ち合わせ」で、「誰がいつまでに、どのように」をはっきりと明示しています。これくらいのシステムがなければ、お客様には信用してもらえないのです。次に「施工前1カ月点検」です。竣工の1カ月前点検、検査には管理部と営業部、そして工事部が参加し、まったく視点のちがう人が同時に現場を査察しています。この時点で、お客様と金銭トラブルが起こらないように、1カ月前に「この部分はきちんとやっているか」「きちんとお客様の了解を得てやっているか」ということを何度も確認しながら、すすめています。竣工の1カ月前ならば、まだお互いに状況を共有して話すことができます。竣工時に話しても、「サービスしておいてよ」の一言で終わってしまうケースもあります。こんなことは未然に防止しなければなりません。さらに、わが社では「建物の取扱い説明書」を作成しています。家庭用品などに取扱い説明書があるのは当たり前ですが、建物の説明書はなかなかありません。建物は劣化するものです。引き渡してからはメンテナンスが必要です。どこが劣化しやすい箇所かなども明示しています。最後に社内での「工事精算会議」で、(1)顧客満足の確認、(2)担当者の目標に対する達成度と問題点、(3)ノウハウとして蓄積するものなどを整理しています。大手ハウスメーカーはそういうことが得意です。私たちもこうしたことをしっかり行うことが大切です。今後の課題として、ホームページ等で毎月の進捗状況をお客様に提供することがあります。お客様にしっかり報告し、情報を共有化することが必要です。
「力を出しあう」関係〜パートナーシップ〜
「人材」と「協力会社」がカギ
【片方】加藤さんからは施主の立場になって納得できる説明を、丁寧にできるかが大切なポイントであると話されました。北川さんからは、施主やその周辺の人々も含めて、「良い」という評価をいかに創りあげるかが大切だということでした。お客様と価値観を共有できるというところの糸口が提示されたと思いますが、その視点でもう少しコメントをお願いします。
【北川】まずは「人材育成」です。これは社員の育成だけでなく、協力会社の育成という部分も含めてです。わが社では、協力会社に五段階の評価基準(品質、価格、工程、整合性など)を設けています。その総合評価の4点以上が優良業者、3点から4点が良好業者、3点から2点を平均、2点未満は改善要請を行うといった具合です。現場ごとに評価を行い、年間で一番良い協力会社には感謝状を渡しています。社員のレベルアップについては、まず現場を担当し、お客様の対応に当たるといった実践型です。早い者で2年半で現場にでます。社内体制では若手2人に上司が1人つき、年間教育を行います。毎月、学習会を行い、仕事での疑問点をなくし、また現場でのフォロー体制をどうするか等を決めています。そして個人年間目標を立てて4半期ごとにチェックしています。しかし、最近の現場は小ぶりになっていて、「一人現場」が多く、1人では何をやっているのかわからないところがあり、そこをどう評価するかを模索しています。
「誰(どこの業者)」がつくったか
【加藤】私は現場監理のことを社員によく言います。現場でお客様と向きあい、現場でつくり方を説明して、品質をチェックする。監理とは現場を監理しているのではなく、「お客様を監理している」ので、お客様と唯一接しているのは「営業」なのです。ここでのクレームや、怒られたりすることはチャンスです。そこをうまくクリアできれば、自社のノウハウとなります。自社の足りなさや技術は補っていけばいいのです。ビルなどでは、「どこの業者がつくったか」が大切になってきます。例えば20年、30年経ってもどこの業者がつくったかということが出てこなければ、施主の獲得にはつながっていきません。今、わが社には、私が大学を卒業して、初めて監理をしたお客様の息子さんから補修や新築の仕事がきています。これは「誰」がつくったかが見えているからこそ、次の営業へとつながってきたのです。
「喜びを共有する」そんな関係を
【片方】パートナーシップが大事だというお話でしたが、それは、1つのものをつくり出していく喜びを共有するという意味のパートナーシップです。同時に、ものをつくるために必要な「力を出し合う」ということでもあります。「誰」がつくったかが大事だとありましたが、特に建築物は一度つくれば大変長い間、人々の生活に影響し、場合によっては、街全体にも影響するという極めて社会性の高いものです。そこにきちんと責任を持っている。それが「誰がつくったか」ということなのだと思います。大手はつくりっぱなしで、責任を持たないということが言えるかもしれません。それと対比してみると、中小企業の皆さんの力が発揮できる場面が大いにあるのではないかと思います。
「打てば響く」関係づくり
価格決定権を自分たちで持とう
【北川】やはり、「価格決定権を自分たちで持つ」というレベルをしっかり掴まなければなりません。そのためにも価格は安くても、その中でできる工夫やお客様とコラボレーションしてファンにする工夫など、いろいろあります。「自分たちの強みやレベルをあげて、光るものをつくる」。そういう会社づくりをしなければならないのです。そうした企業が集まって、お客様をしっかりファンにしていきます。大手ではなく地元にしっかりした会社の集団、これは同友会のメンバーならばできると思っています。これからは「価値観を共有してコラボレーションする時代」だと思います。
問題解決へのネットワーク
【加藤】環境問題、健康問題、安全、安心といったような、今、世の中で求められるものを掴み、お客様の価値観を満足させることが、私たちの仕事だと思います。テーマを考えていく上で、自社でどうしても足らないものが出てきます。だからネットワークが必要なのです。ビルマン研究会でも、活動する中で「ビルマンならできる」という方向が見えてくると思います。色々なニーズや問題点が出てきた時に、「わが社は何をもって解決できるか」、その術をもつことが大切です。
文化を提供するそれが建設の仕事
【片方】「ものをつくるプロに徹する」とはどういうことなのか。先ほどのお話しから、「つくる過程を共有していく、できあがったものに誇りをもてるようにしていく」ということが大切だと思います。施主の情報化が進み、住まいや環境について学んでいる人が増えています。これは「打てば響く」環境です。この「打てば響く」関係を実感できるのは、まさに中小企業の皆さんでしょう。施主の変化、要求がふつふつと沸いてきています。ここに働きかけることができる、これが本当のプロではないかと思います。もう1つ、建築物というのは土地に結びついているという特徴があります。つまり風土に大きく左右されるわけで、その風土に働きかけてものをつくるのが、建築という仕事です。住む人の生活の仕方や、地域そのものをつくっていくこと、すなわち、これは文化に携る仕事です。大手はこれを商品として提供しようとしていますが、こうした文化は与えられるものではありません。皆さんはいわば文化創造の仕事をしているのです。こうした視点をもって、これからの市場創造を考えていただければと思います。
【文責事務局・多田】