名古屋支部「経営者の集い」
1月27日
独自戦略で市場を勝ちとれ!〜オンリーワンへの6つのヒント〜
小栗崇資氏駒澤大学経済学部教授
「小さな会社が日本を変える」
10年前とは隔世の感が
愛知同友会は創立30周年を記念して、92年に「小さな会社が日本を変える」という単行本を出版しました。その著者が私であったことから、同友会との付き合いが始まりました。当時、中小企業が日本経済を変えるというタイトルは、半信半疑の眼で見られました。しかし、その後の10年間で中小企業の評価は大きく変わり、このことは中小企業施策にもあらわれています。出版後、北海道から沖縄まで、ほとんどの同友会からお招きいただき、国内だけでも4〜500社の優れた企業を訪問させていただきました。本日はそれを基に、今後の皆さんの経営戦略を考えていく上での6つのヒントとしてお話したいと思います。
未来に投資しない日本
今の日本経済は「景気回復」と言われていますが、今後の経済成長は減速し、景気に陰りが出てくる見通しも出されています。しかし、この間の「景気回復」は、大量リストラを行った大企業だけがV字で回復し潤っている点に特徴があります。さて、日本は「未来への投資」をほとんどしていない国です。90年代につぎ込んだ123兆円の公共投資は無駄となり、重要な生活関連分野への投資は弱いままです。少子化対策についても、他の先進国のGDPに占める家庭や子どもへの公的支出が平均して1.9%なのに対し、日本は0.6%と最低です。出生率も1.29と非常に低く、子育てへの投資も非常に低く、結局、子供を産まない、育てないことが、今ある日本の資産を食いつぶす構造を生み出しています。子どもたちへのアンケートを見ても、「10年後の日本は良くなっている」と答えたのはわずか38%(中国と韓国は90%以上、アメリカは68%)で、あるシンクタンクは日本を、「希望のない国」だと断定しています。
世界中で見直される中小企業の役割
こんな中、経済や社会を変えていく為には、中小企業の果たす役割が決定的に大きいというのが、私の見解なのです。世界各国、特に欧米では中小企業を支援して地域経済を再生していこうという大きな流れがあります。アメリカでは、中小企業には「失敗」が許されるというルールがあります。日本のような個人保証・連帯保証はなく、ある地方銀行では、失敗・倒産を経験した経営者にしか融資しないと言います。失敗した分だけの学びがあり、「そんな経営者だからこそ買いだ」という考えなのです。このように活発な企業活動がやりやすく、何度でも再挑戦できる環境が中小企業には必要なのです。さらにアメリカでは店頭公開会社が各地域にあり、地元の人たちが自分たちの地域を支える中小企業に投資する風土や環境があります。銀行も「地域再投資法(CRA)」によって、「地域経済を支えるならば」と低利で融資するシステムがあります。NPO(市民組織)も財団から資金を集めて、地域で企業をつくるために活躍しています。ピッツバーグでは大学の全面的なバックアップにより、NPOが10年間で300社の中小企業を立ち上げるなどしており、地域社会での中小企業の存在は非常に大きなものがあるのです。世界各国では、中小企業が国の経済の進路を左右する存在として、様々な施策が行われています。日本でもずいぶん見直されてきたとはいえ、やはり大企業中心の政策の下、下請けが多く、依存的な面が強く残っています。
自立型企業になろう
「自分たちが地域経済を支えている。地域に貢献するんだ」という地域での主人公意識を中小企業家自身が持てるかどうかが大きなポイントとなります。地域での雇用や人育てに活気をもたらすことも含めて、地域に貢献する「21世紀型企業」になることが今、求められているのです。それには、愛知同友会で打ち出した「99同友会ビジョン」に登場する「独自戦略企業」(自立型企業)になることです。その1つ目として、どこで競争するかという「競争戦略」があります。コスト競争では不利となる中小企業は、特定分野にターゲットをしぼり、お客様からオリジナリティを認めてもらう「オンリーワン企業」をめざすことが必要なのです。
ものまねから「ニッチ」企業へ
もう1つは「競争地位の戦略」、経営資源の質・量に応じての戦略です。経済成長が続いていた時は、大企業がリーダー企業となって市場をつくり、中小企業はこの戦略をいかに早く上手に真似るかという「ものまね戦略」でよかったのです。しかし、完全な低成長の時代に入った現在、中小企業は「ものまね」から独自への戦略転換、「ニッチャー企業(自立型企業)」になることが必要となります。アメリカのブルッキングス研究所では、「どこから企業利益が生まれるのか」という調査を行いました。これによれば、七八年には有形資産から生まれる利益が80%、無形資産からの利益は20%でした。しかし、98年には有形30%、無形70%となっています。有形資産とは優れた工場や設備などで、無形資産とはノウハウ・ブランド・のれん・顧客のロイヤリティ(信頼)などのことです。つまり企業の利益の源は、経営者の意欲やアイデア、経験、社員間のチームワーク、誠実さや倫理性など人間的な力にあるのです。会社が持っている「人間力」をどう高めるかが独自戦略企業づくりのカギとなります。また、独自戦略企業になるための3つの要素として、
(1)問題解決型、
(2)学習型、
(3)ネットワーク型
が挙げられますが、ぜひともみなさんの企業で実践していただきたいと思います。
「信頼・安心」が経営戦略の基本
中小企業の価値が見直されてきた一方、大企業は様々な不祥事を起こし、消費者の不信感が強まっています。最近ではCSR(社会的責任経営)が求められており、まず基本戦略として、「信頼・安心」を勝ち取ることです。そして、同友会が提唱する経営指針を持ち、実現するように努力することが基本となります。このことを踏まえて、同友会の先進的な企業の事例を見ながら、戦略の「6つのヒント」を提案します。
経営戦略「6つのヒント」(ケース・スタディ)
「市場のささやき」〜お困りごと戦略(ヒント(1))
現在は「これが欲しい」というニーズはなく、逆に「これは嫌だ」ということがニーズの素となります。お客様の困りごとや苦情・クレームがどこにあるかを捉えて経営に生かしていくことです。お客様が苦情やクレームを気軽に言える企業こそ、優れた企業であり、そうした企業は、お客様の方から提案が出てくるようになります。福岡県の電気屋「ドクターヒューズマン」の社長である中村氏は、「お客様が一番困るのは機械が故障した時だ」ということに着目します。お客様本位の家電修理サービス業とは何なのかを模索し、結果「6つのお約束」を作りました。(1)低料金、(2)受付時に見積る、(3)48時間以内に修理を完了する、(4)修理期間中は貸出機を完備する、(5)2日間で直らなければ料金を値下げする、(6)保証というものです。この「6つのお約束」の中で問題となったのは、「修理する技術力」と「その場での見積もり」です。技術力については、東芝の特約店だったこともあり、氏は支社長に掛け合い、技術者を派遣してもらうことになりました。実は東芝側が一番リストラしたいのは修理部門の技術者であり、それをうまくネットワークに引き込んだのです。もう1つの「その場での見積もり」は、製品の配電図をただちにFAXしてもらう、場合によっては部品を24時間以内に届けてもらうという体制を作りました。大手企業にとって「修理」は盲点であったため、これらの協力が得られ、即見積もりが可能となったのです。これらは「お困りごと」から考えて、ここまでの形にしたわけで、中村社長の意欲と熱意がなければできなかったことでしょう。
独自ソフトの提供〜評判(ブランド)戦略(ヒント(2))
自社の事業ドメイン(得意領域)、自社の得意技やオリジナリティは何か、経営者としての願いや行いたいことは何なのかをトップが考え抜くことです。業種に関係なく、自社がどのようなソフト(サービス)を提供するかを考えます。新しい市場は自分の足元にあるのです。千葉にある街のパン屋「ピーターパン」は、10数年前から焼きたてのパンを販売しており、当初はもの珍しさもあり儲かっていました。しかしライバルが増えて競争が激化し、赤字に転落します。横田社長は同友会で学び、今までは「焼き立てで美味しいパン」という「モノの良さ」だけを重視してきました。しかしこれに加え、パン屋ならではの付加価値が必要だと気づきます。女性はただ美味しいだけでなく、豊かさやオシャレな感じをパン屋にも求めていることに気づき、「ちょっと贅沢、ちょっとオシャレな食文化を提供する」という方針を定めました。そこで、「見る」「選ぶ」「買う」「食べる」「おしゃべりする」など、「楽しみ」を実現する店舗づくりをめざします。店舗は山小屋風で、石釜でパンを焼いているところをお客様に見せます。オープンテラスや広い庭、コーヒーの無料サービスなども行います。そのことが評判になり、今はファンで満席です。このように、自分の事業ドメインを違う切り口で見直し、どんなソフトやブランドを提供すべきかに気づくことが重要です。
お客様の声は?〜コミュニケーション戦略(ヒント(3))
会社の日報では、「何社回って何個売ってきた」ということばかりが重視されます。しかし経営者にお客様の生の声がいつも届いているか、それが社内で共有されているかどうかが大切なのです。札幌の印刷会社「アイワード」の日報には商売に繋がる、繋がらないを抜きにして、とにかくお客様の声や情報がたっぷりと書きこまれ、それを社内報で公開するなどして、情報を共有化しています。アイワードのホームページによると、全社員が毎日欠かさず日常業務の報告や感想、お客様からの要望や御礼・叱責、世の中の動き、家族のこと、どんなことでも良いので、感じたことを書いているとしています。それは職場のリーダー、所属の役員から社長へと届き、その中からフィードバックが必要なものを社内報に掲載しています。日報でお客様の喜びや苦しみや悩み、あるいは生活の息づかいなどの生の声を社員が知ることで、お客様のことがわかり、自分も頑張ろうという気になります。
苦情や失敗があれば直ちに対応し、お客様からの提案を大切にして応えていけば、お客様は満足し、信頼が生まれるのです。
失敗を恐れず、 失敗に学ぶ〜失敗戦略(ヒント(4))
お客様から信頼を得たり要望に応えていくためには、色々なことにチャレンジする必要があります。当然、失敗もありますが、失敗を恐れないことです。ホンダは「失敗の中から学ぶ」ことを経営戦略にしていました。東京の下町にあるプレス加工会社「岡野工業」の岡野社長は、「誰にもできない仕事をやる」ことをモットーとしています。携帯電話用の継ぎ目のない電池ケースや、蚊の針ほどの太さの「痛くない注射針」など、大企業にはできないことを社員数名の会社で実現させています。「世界一の職人」として有名になりましたが、それは何度も何度も失敗し、試行錯誤を繰り返しながら、技術を確立してきたからです。岡野社長は著書の中で、「どうしてそれだけの技術が身についたのか。特別なことじゃない。それだけの失敗を経験してきたから。挑戦しなければ失敗もないけど、成功はもっとない」と書いています。
自社の強みを活用〜ネットワーク戦略(ヒント(5))
東京にある「アイ企画」は、子育て支援のニーズを商品化しています。もともとは印刷会社でしたが、社長の山本氏は地域ボランティアで子供たちに接する中で、保育士たちの困りごとに気づきます。保育園や幼稚園では、保育士が手作りで人形や紙芝居を作っていましたが、時間もなく、なかなか作ることができません。そこで山本氏は「パネルシアター」というものを考案します。パネルシアターとは、黒い大きなパネルに特殊な加工をした紙で、子どもたちの絵などを貼り付けて、それを紙芝居のように楽しむというものです。考案当初、大手企業にアイデアを売り込みましたが相手にされず、自社でつくることになります。しかし、保育士からもアイデアをもらったパネルシアターは評判になりました。これにより、保育園の現場の常識がくつがえされ、今では全国の保育園に普及しています。また、高齢者向けの雑誌社もつくり、保育園で身につけた遊びのノウハウを、高齢者がボケないための方法に応用しています。それらはすべて自社(印刷会社)の商売にもなり、異業種から得た知識や培ったものをネットワーク化して、色々な面で転用し、新たなニーズや市場が生まれています。
地域の中で期待される企業に〜地域密着型戦略(ヒント(6))
地域再生の原動力は中小企業です。私たち中小企業が地域を支えているんだという自覚を持つことが必要です。博多の通販会社「やずや」の先代社長である矢頭氏は、「招き猫ロボット」をつくって博多の祭りに参加するなどして、地域の人に認められていきました。そして地域の中から本物の商品を発掘したいということで、地域の良い素材や健康食品を発掘すべく九州中を回り、「青汁」を発見しました。現在はその範囲をアジアへと広げ、中国の「香酢」を扱っています。地域密着の結果、逆にグローバルに商品展開をしてきた企業です。やずやのホームページには、「お客様と心が通い合う通“心”販売」とあり、第1に「社会に貢献できる良い商品だけを厳選する」、第2に「健康をキーワードに15年〜20年先を見越した経営を行う」、第3に「お客様との『出会い』を大切に、商品に情報や心をプラスする」とあります。お客様対応を非常に丁寧に行っており、「やずや」にはファンクラブもあります。お客様情報をやりとりして、コミュニケーション戦略でも大成功しています。以上、オンリーワンへの六つのヒントとして事例を挙げてきました。私自身もこういった企業実践を学びながら、中小企業が持っている力を現在も見続けているのです。
【文責事務局・政廣】