第七回あいち経営フォーラム基調講演
『労使見解』を軸に真の人間尊重経営を
木野口功氏潟Aイワード代表取締役(北海道同友会)
会社概要創立1965年、資本金6718・5万円、社員数正社員259名契約社員35名
年商49億円、事業内容印刷事業、企画メディア事業、情報処理システム開発事業
http://www.iword.co.jp/
●『労使見解』との出あい
同友会事務局に勤務700社を訪問して
私は、北海道えりも岬の近く、サラブレットの産地浦河町で生まれ育ち公務員として働いていましたが、縁あって1973年に北海道同友会の事務局に入局しました。この時、北海道同友会の会員は約300社、事務局は4名でした。私の同友会での仕事はもっぱら会員の拡大です。6カ月で700名の経営者とお会いして、私は中小企業に共通する様々な問題、個々の企業の悩みや経営者の哲学を学ばせていただきました。同友会事務局では、「良い会社を作ろう」「良い経営者になろう」「良い経営環境を作ろう」という3つの目的と、「自主・民主・連帯の精神」「国民や地域とともに歩む中小企業」という同友会理念を勉強させていただきました。
会社らしからぬ会社に入社
事務局を6カ月間で退職し、1974年1月にアイワードの前身である共同印刷に常務として入社しました。当時の共同印刷は社員20名、平均年齢25歳、売上げは5800万円の会社で、1965年の創業から8年間、自然成長的な、その日暮らしの経営をしていました。職場環境は劣悪で、古新聞は積んである、机の上は書類の山、灰皿には吸い殻が山盛り、トイレの掃除もいつしたのかわからないという状態でした。自分の机もなかったので、専務の机をクレンザーとたわしで磨いて使うことにしました。次にトイレ掃除を始め、2、3日すると、社員が自主的に掃除をしてくれるようになりました。
社員の本当の要求は世間並みの給料
会社には創業以来、労働組合があり、早速、団体交渉を受けました。要求は3つです。1つは年末手当を早期支給、2つ目は年度末の繁忙期対策、3つ目は三六協定の締結でした。しかし、社員の本当の要求は、「世間並みの給料を払ってほしい」ということでした。その頃、札幌市内の印刷会社の25歳の平均給料は約5万円でしたが、わが社は3万円でした。当時は約20%の賃上げがされていた時で、翌年のわが社の給料は平均の半分となり、「世間並み」にということになると、倍にしなければいけません。この状況が続けば、会社を辞めるという人が20名中10名もいることがわかりました。会社を潰さないためには、現社員数で売上を倍にすることに取り組まなければなりませんでした。従業員に給料を倍にする代わり、売上を倍にすることに取り組むかと聞くと、「あなたに倍にする方法を考えてほしい」と言われ、取り組みました。結果、4月から12月まで人件費は70%強のアップとなり、売上は80%強に伸ばすことができました。
1泊研修会で気づきが生まれる
1年目を終え、いよいよどのような会社づくりをしていくかを真剣に考えなければと思いました。そんな時、『中小企業における労使関係の見解』」(以下『労使見解』)が1975年に発表されました。この『労使見解』からは3つのことを学びました。第1に、経営者はいかに環境が厳しくとも時代の変化に対応し経営を維持、発展させる責任があること。2つ目に経営指針の成文化とその実践。3つ目は、社員をもっとも信頼できるパートナーと考え、共に育ちあい、共育的人間関係を打ちたてていくことの大切さです。『労使見解』と事務局で学んだ同友会理念を私なりに咀嚼し、これを土台にして経営理念に活かしていくことを決意しました。また、この頃から社内では1泊研修会をよく行いました。この会社をどのように考えて、経営をしていきたいかを私が提起し、その後、従業員だけで自由に討論をさせます。前提として、結論は出さなくてよいこと、全員が発言することだけを要請し、少なくとも1人1時間は発言時間をとるようにしました。討論では、会社がうまくいかないのは経営者の責任、給料が安いのは会社が悪い等、会社に対する不満がどんどん出てきます。しかし、このように従業員たちだけで何回も討論をさせているうちに、「私たちにも反省するところがあるのではないか」「やるべきことがあるのでは」と従業員一人ひとりが自分で気づいていきます。「こうしなさい」「ああしなさい」と言っていたのでは気づかなかったと思います。
●自主性を促す企業づくり
民主的に運営する
わが社でも経営指針の確立に努力してきましたが、最終的にまとまったのは、「お客様の期待におこたえします」ということでした。単純な経営理念でしたが、これがわが社の背骨だとみんなの確認ができたことで、仕事への取り組み姿勢が変わってきました。経営理念も歴史とともにより豊かになりましたが、経営のあり方は当時つくったものが今も生きています。方針の1つめは「民主的に運営します」で、まずは「情報の共有化、開かれた経営」です。会社がもっている情報を全社に公開するだけではなく、従業員全員に日報を書いてもらい、一人ひとりが持っている情報を会社に出してもらいます。日報から全社にフィードバックした方がよいというようなものは、週四回程出している社内報「フォーラム」で紹介します。民主的な運営のもう1つは、「社員を、性別や障害があるかどうかで差別をしない」ということです。差別があっては民主的と言えません。当時、女性が5割いましたが、男女の給料の差をなくしました。また、同僚の聴覚障害者に対する差別的な対応が目に余りましたので、社員と話し合い解決しました。男女、障害により差別をしないこと、情報の共有化など、今でも「民主的に運営する」ことを確認しながらやっています。
自主的・自覚的な行動を大事にする
方針の2つめは、「自主的・自覚的な行動を大事にします」です。わが社ではノルマや順番、割当、当番という言葉はありません。それぞれの部屋は自分たちで掃除をしますし、研修会がある場合でも、「あなたの番ですよ」というようなことは言いません。また、社内報では研修会開催の告知をし、希望するものが出ることにしています。北海道の同友会大学にも会社から「出なさい」とは言いません。それでも卒業生が多数生まれています。
目標と計画を大切にする
方針の3つめは、「目標と計画を大切します」です。「10年間で売上を10倍に」という目標から、1985年、売上が6億円になった時、新しく6億円の設備投資をするという計画を立てました。その融資のお願いで、金融機関を一軒一軒説明して回りましたが、最後に行った金融機関で、「経営計画で計算してみると、40%以上売上を伸ばしていかなければ返すことができない。できるという根拠を説明してください」と言われました。私は、「環境が厳しくなればなるほど、私どもとお取引していただいているお客様は取引先を選別します。選別をされる側に立つならば、驚くような成果をあげられるのが、この厳しい時代の特徴だと思います」と答えました。数日後、「融資します」と連絡をいただき、工場を建てることができました。しかし、建ててからが大変です。売上を40%以上伸ばす計画を徹底的に議論し、全力をあげて取り組みました。その結果、6億円の売上だった会社が、2年間で11億五千万円になりました。このように、目標と計画を大事にして進めてきました。
「共育」活動の重視
社員教育では、会社のことを教えるより、社会人として当たり前のことをしっかりと身につけてもらうことを重点に置いています。まず、試験を受けにきた人に「わが社は給料を払うための会社ではなく、経営理念の実現のために皆んなで力を合わせていく会社です」と伝えると、「えっ!?」という反応が返ってきます。社会に出るということはサービスを提供するか、必要とされる物を製造して人間社会を支え、発展させていく責任を持つということをまず理解してもらいます。2つ目には、社員だからではなく、「社会人として当たり前のことができる人間に育ってほしい」と話しています。例えば、夜は寝て朝は起きる、こういうことから教えるのは本当に大変です。加えて、「めあてを持つ」ということです。せっかく印刷という社会に入ったのだから、全国に通用するような仕事をしようと、各自の仕事において目標を持たせています。また分別をつける力、世の中の道理をわきまえる力を育てることも大切にしています。このような教育はありきたりの方法ではできません。真の愛情で進めなければいけないと幹部に語っています。私たち経営者の役割は、従業員の潜在的な能力をどう顕在化させるかで、「共育」の観点は会社や私の都合ではなく、本人のために厳しいことに挑戦させる、責任をもってもらうということなのです。
●創業40周年を迎えて
非価格競争力を磨く
経営で大事にしてきたことに、「パブリックリレーション」があります。お客様との関係をどうしたらより良くできるかということで、社外誌「Monthry i word」を1981年の7月から2万部発行しています。もう1つ大事にしてきたことは非価格競争力です。当社は1980年から、従来の印刷工程にコンピュータの機能を取り入れるため、社員1名を東京のコンピュータ会社へ研修に出しました。そして、1985年にわが社独自の情報処理システムを確立し、文字をデジタル化し、データベース化しました。これが首都圏の中堅出版社に受け入れられました。また、雪のために納期を遅らせた苦い体験から、道外の仕事を返上し、6億円の仕事がなくなったことがありました。そこで社内で話し合い、7色印刷(スーパーファイン印刷)を手がけることにしました。これまで出せなかったような色が出せるようになり、出版物は海外からも注文が入るようになっています。一方で、玄関のスリッパをそろえておくとか、トイレに一輪挿しをかざる、電話の応対なども徹底し、それらすべてが非価格競争力であると考えています。新しい技術を発表した時に、「この技術をどのお客様に使ってもらおうと思って開発したのか」と問われたことがあります。頭をガーンと殴られた感じでした。北海道の企業は、マーケティングは非常に弱いと指摘されており、その対策に今、手を打ちはじめているところです。
企業は社会の公器
私はこの31年間で、4社の再建に携わってきましたが、これらの会社に共通していたことは、「企業は社会の公器である」という観点が経営者にも従業員にもないということでした。企業というのは、つくられてしまえばすべて社会の公器です。地域社会の人々の支持がない中で企業は成り立っていきません。また、経営環境が厳しくなる中で、変化への対応を可能にしていくのは従業員の意欲です。私は会社再建の中で、従業員の解雇は一人もしませんでした。加えて基本給はなんとしても守る。この2つだけは貫いてきました。
まともな人間らしい従業員を育てる
来年、当社は創業40年を迎えます。1991年をピークに印刷業界の売上は減ってきていますが、北海道はさらに厳しく大変な状況です。従来のやり方では大きく後退、衰退するのが今の経営環境なのです。ビジネスの有り様をどのように変えるのか、どのような仕事をしていくのか、どのようなお客様とどのように関係していくのかについて考え、その中で、わが社のあり方を変革する必要にも迫られています。また、顧客との対応も見直しています。お客様との関係、マーケティング戦略の見直しを行い、製品技術を一段と高いものにしていく。そして、なによりもそれらを保証していくために、すべての従業員を「人材」に変えていきたいと考えています。「人材」というのは、企業に安定した高い収益をもたらしてくれる人という方もいますが、私は「まともな人間らしい従業員を育てることだ」と考えています。
「中小企業憲章」の制定
中小企業政策金融の考え方について書かれた文章があります。そこには、「わが国の中小企業の産業界におけるシェアは99.7%、従業員は70%を占める。経済活力、地域活性化の源泉は中小企業であることを改めて確認する必要がある。これは、先進諸国共通の認識である」とあります。中小企業が日本経済の基幹になっているということを、全国民に認識してもらうことが「中小企業憲章」の制定運動だと思っています。社内では「中小企業憲章学習運動推進のために」という冊子をつくり、全社員で勉強会を進めています。中小企業が大事な役割をもっているという正しい認識が、学校にも地域にも金融機関にも広がることが大切です。また、中小企業憲章制定運動を活発に行うと共に、それぞれの企業でも努力をしていかなければなりません。わが社では情報の共有化をはかり、一人ひとりがどのような状況の中にいて、何をすることが必要なのかを考え、能力と条件に応じて、それぞれが奮闘する企業づくりを進めています。
【文責事務局・岩附】
(株)アイワード経営指針
■経営理念
1.私たちは〈文字〉や〈画像〉が「知性」や「感性」の豊かな運び手として、政治・経済・文化・生活に果たす役割を大切に考え、それらを印刷メディアや電子メディアを通して、広く社会に伝えるお手伝いをすることを自らの責務とします。
2.私たちは共に学び合い育ち合って、真心のこもったサービスと、より良質の製品を提供できるよう努力し、結果として環境や労働条件が改善され、従業員が「幸せ・ゆとり・豊かさを味わえる」会社づくりをめざします。
■経営方針
1.民主的に運営します。
●開かれた経営…情報の共有化をはかります。
●性による差別、障害による差別をしません。
2.自主的・自覚的な行動を大事にします。
3.目標と計画を大切にします。
■経営政策(特に重視していること)
1.PR(パブリックリレーション)
2.非価格競争力
3.社員共育
■めざす社員像
「いつも力をあわせていこう」「陰でこそこそしないでいこう」「働くことが一番好きになろう」「何でも、何故?と考えよう」「いつでも、もっといい方法はないかさがそう」