労務労働委員会
「賃金学習会」
11月22日
「人を生かす経営」〜「人間尊重の賃金体系」とは
広浜泰久氏(株)ヒロハマ社長(千葉同友会代表理事)
コストダウンの中で
当社は、石油缶や業務用の塗料・シンナー・醤油などを入れる一斗缶などのキャップを作っています。全国に3社しかないという特殊な業界であり、現在当社のシェアは45%です。さて、私は1977年にヒロハマへ入社し、製造過程のムダを省くなどの取り組みをしていたところ、コストダウン運動の責任者に任命されました。そのため、自動化ラインを導入すると、人が余るようになり、パートさんを指名解雇せざるを得なくなりました。パートさんといっても何年も勤めてきた方が多く、どうしても泣かれてしまうのです。「こんなことは二度とやるべきではない」と痛感しました。
ストライキで広がった波紋
当時は千葉と大阪に工場があり、大阪工場で問題が起こりました。「山猫スト」(予告なしに行われるストライキ)が行われたのです。当社では48時間前までにストライキ予告を入れなければならず、本来はストライキの旗振役を即刻解雇すべきだったのですが、「本人にも将来があるから」と解雇せずにいました。この事が後に問題を起こしました。半年後、ストを仕掛けたその本人が労働組合を除名されたので、この時点で解雇をしたのですが、解雇されたその本人は、地域の労働組合に入って不当解雇を主張、裁判所に地位保全の仮処分を申請し、当社の組合にも復帰しました。他の労働組合もこのことを支援し、大阪工場には赤旗が20本も立つという大変な状況が7年間続きました。
社員自身の自己実現
振り返ってみると原因は、「社員が仕事を通じてやりがいを感じる」「自己実現ができる」ということに、私どもが目を向けていなかったことにありました。彼は非常にまじめで正義感が強かったのですが、仕事での生きがいではなく、違う方向に生きがいを見つけてしまったのです。同じ頃の話です。当時プレスで金属板を抜いていく仕事が自動化され、20年以上この仕事をしていた職人の仕事がなくなってしまいました。彼は生きがいを失ってしまい、サラ金に手を出して会社を辞め、行方不明になってしまいました。このような痛ましい事例から、「会社として、一人一人の社員の自己実現の為の方向を指し示す責任がある」ということを強く感じるようになり、そこで会社のルールづくりに着手しました。
まずは「就業規則」から
当時、わが社には就業規則はあったのですが、いいかげんなものでした。また労働組合がありながら、労働協約も結んでいませんでしたので、まずは労働協約を締結しました。昇給や賞与の際、団体交渉をすることが多かったのですが、会社は組合に業績を公開しておらず、事実がよく分からないまま、力関係で決まるいう状況でした。そこで事前の事務折衝を重視し、賃金の事だけでなく、必要なときには労使で協議会を開いて話し合うようにしました。業績の公開も行うようになり、協議の時にはきちんと説明も行えるようにしました。また賃金については、今から考えるとひどいもので、「男性がいくら、女性がいくら」、それだけでした。企業風土を変えていく中で、賃金についても全面的に仕組みを変えていかなければならないと思いました。
「昼礼」「社内報」で自社の現状を伝える
仕組み作りで最初に行ったのは「年間表彰」で、年末に事業所ごとで2〜3人を表彰して、各仕事にスポットが当たるようにしました。次に「昼礼」です。主に会社の業績の話を中心に、会社が置かれている状況や社員にどんなことを頑張ってもらいたいのかなどを直接伝えるようにしました。さらに社内報の発行を始めました。発行開始から10年、1回も休んでいないのが自慢です。経営理念や業績、会社の現状分析や社内の諸活動、「ヒロハマの『行動原則』」(以下)などを掲載しています。
ヒロハマの「行動原則」より
当社の「行動原則」の中では労使関係については次のように定めています。
(1)基本的には「会社も組合も同じところ、すなわち会社の繁栄と従業員の物心両面の自己実現をめざしている」という認識に立つ。
(2)労働組合の存在価値を次の二点と考える。1.経営者の耳に届かない現場の実態、生の言葉を伝える。2.会社と労組との合意事項に沿って組合員をまとめる。
(3)執行部とのやり取り(団交・労使協議会・窓口等)は、お互いにとっての研鑚・勉強の場でもあるので、レベルの高い話し合いをする。そして労使における最も基本的で大切な考え方は、(1)生命の尊厳性の尊重、(2)個人の尊厳性の尊重、(3)人間の社会性の尊重、この3つの側面から構成される「人間尊重」だと私は考えています。
「職能資格制度」の導入
「人間尊重」の考え方を賃金体系にどう生かすかについては組合とも相談して、(1)将来の姿が見える、(2)最低限の生活は保障できる、(3)一人一人の努力すべき方向が見える、以上の3つを新たな賃金体系づくりの目的として掲げました。ここで中心になっていったのが「職能資格制度」です。「この業務ができるなら何級」と、部署ごとに行われている仕事の1つ1つが、職能資格要件表のどこかに必ず載っています。職能資格要件表の作り方としては、それぞれの部署で行っている仕事を細かいところまですべてピックアップし、それぞれに等級づけをして管理職が評価します。等級は1級から9級まであり、それぞれの級にはA〜Eのランクづけがあります。この中で点数評価をしています。人や部署によって同じ仕事でも評価に差が出ますが、それをすべてすり合わせて評価表にします。この等級づけは基本給につながっており、基本給は年齢が上がるごとに徐々に増えますが、級が低ければ年齢による昇給は止まります。点数評価は、先ほどの職能要件表と連動しており、級ごとに定めてある仕事ができていれば、点数は高くなります。同時に仕事だけでなく、必要な知識や人に教える能力なども掲げており、知識を身につけることも、必要に応じて通信教育などを受けてもらうなどの取り組みをしています。職能資格要件表は仕事そのものであり、賃金体系に直結しています。さらに人事考課が加わって、教育にまでつながります。仕事・給料・評価・教育がすべて連動する仕組みとなっています。
自己申告制度と面接での目標設定
そして自己申告制度と面接です。毎年1回全社員から自己申告表を出してもらい、仕事の満足度や1年間努力したこと、今後の目的などを書いてもらい、社員75名に対し、1人30分ずつの面接を行っています。具体的には、製造部門でパートから正社員に登用した社員がいます。その社員には、無人化をめざしている生産ラインを1人で管理してもらっていますが、面接の際に、自分のところに流れてきた不良品の数量や種類をデータ化していました。ラインが詰まって不良が出た場合は、誰でもチェックできます。しかし問題はラインが順調な時の不良です。これはその場でチェックをしなければわかりません。そういうデータを緻密にとっており、自主的にそのような取り組みをしてくれていたのです。
「標準生計費」と「労働分配率」が基準
給与総額を決める基準は、これは労組側と話し合い、お互いが納得した形で決定していますが、大きくは2つのことを重視しています。1つ目は「標準生計費」です。人事院が出している世帯人員別の標準生計費があり、少なくともこの額は超えようというものです。2つ目は「労働分配率」です。当社ではこの労働分配率を非常に重視しており、会社の生産性をはかる基準です。生産性を上げることが、給料を上げることに直結するので、会社側・労組側共通の目標になります。生産性を上げるためには、現場での様々な工夫や努力が必要です。
社員一人一人に経営理念を
千葉同友会でも「経営指針成文化セミナー」を行っています。そこで私は、「成文化するだけではいけない。最終的には社員一人一人の毎日の仕事にまで、経営理念が落とし込みをされているかどうかがポイントだ」とよく言っています。実際に当社では、理念・方針に基づいた年間の経営計画をつくり、それを各課ごとに週間の計画までつくって落とし込み、さらに毎週、計画の進捗を報告しあっており、そこで初めて指針が生きるようになりました。賃金体系や人事管理制度を仕組みとして作ってきましたが、社員一人一人がやりがいや誇りを持って仕事をするには、経営理念からの落とし込みがなければ、絶対にできないのです。
不良品チェックに誇りを持つ社員
大阪で中途採用した人の事例ですが、彼は型抜きした製品のチェックをしています。製品の不良の原因を突き止めるには、工程をさかのぼって調べなければなりません。彼は「調べることにかけては、誰にも負けない」と言います。当社の経営指針でも「良い品質」を謳っており、もし彼が、不良の原因を調べることに「まあいいか」となってしまえば、当然品質低下につながります。彼が不良品チェックに誇りをもってやっていることは、当社の指針、会社の品質保証を支えてくれているということなのです。会社がどの方向に向かっているのか、その中で自分がやるべきこと、できることは、そこに誇りを持ってやれるようになるためには、いろいろな工夫が必要なのです。
誰の、何のための経営指針、賃金体系か
正直、「何のための経営」などとは考えたことはなかったですが、経営指針セミナーをきっかけに考えるようになりました。経営していて嬉しいと思うことは、1つはお客様に喜んでいただけること、もう1つは社員が生きがいをもって働いている姿を見ることです。そこで以下の2項目を経営理念に取り入れました。
◎缶パーツとその関連技術を通じて、缶の社会貢献を全面的に支援しよう。
◎一人一人の持つすべての能力を、共にベストの形で花開かせよう。
能力が上がることで、社員一人一人がやる気になり、一人一人の能力が上がれば会社の業績も上がる、業績が上がれば給料も多くなります。物心両面の自己実現をめざそうということで、その出発点として理念を決めました。様々な「人間尊重」の仕組づくりをやってつもりですが、すべて経営理念を実現させるための手段であることを今痛感しています。
【文責事務局・政廣】