第45回定時総会;第1分科会;4月17日
よい会社=「共実」(共に実現する)
〜今、企業づくりの真価が問われる〜
大野 栄一氏(株)大栄電機工業社長(愛媛同友会代表理事)
「何のために仕事をしているのか」
良い会社の前提とは
良い会社には前提があると思います。まず、全社で価値観を共有していること。そして、社員にとって将来が託せる会社であることです。そのためには、場当たり的ではなく、しっかりとしたビジョンと方針で経営が行われなければなりません。つまり、経営指針の成文化と浸透、そして科学性に裏打ちされた経営戦略の策定が必要となるのです。私自身も多くの失敗を重ねましたが、あきらめず本気で地道な努力を積み重ねることが大切だと思っています。私は大学卒業後、東京のテレビ番組制作会社に勤めていました。この会社は非常に伸びた会社で、入社時は106名だった社員が5年半で400名へと急拡大しました。雑誌にも掲載され破竹の勢いの会社でしたが、それにも関わらず、新しい社員が定着しませんでした。私は抜擢人事で管理職となりましたが、慣れないこともあり、現場と幹部と社長の間の意思疎通の重要性を痛感していました。何よりも、「何のために仕事をしているのか」という理念やビジョンの必要性についてです。そのようなものを持たない当時の私は、困難に直面した時に人をまとめて、問題を解決することができませんでした。
家に戻り、驚きの連続
ちょうどその頃、母が病気のため他界して実家の家業に呼び戻されました。社員9人のカーラジオの販売・修理の仕事でした。最初の出勤日に驚いたのは、あいさつしても返事が返ってこない、電話が鳴っても誰一人取らない、あげくの果ては机の上に足を放り投げて新聞を呼んでいる社員がいたことです。「ひどいなぁ、これは会社じゃないなぁ」というのが実感でした。途方にくれながら配達や営業回りをしていた時に、同友会と出会いました。このような状況の中で学んだことは、場当たり的なことを社員に言っても社員は聞くわけないということ、体系だてられた方針と経営者自身の姿勢を正すことが前提だということでした。教育基本法も読み合わせました。サラリーマン時代の問題意識が重なり、社員教育は経営指針が柱となる事を確信しました。早速、同友会の経営指針セミナーを連続受講して経営指針を作成しました。そして、勇んで全日空ホテルを借り会社方針発表会を行いました。しかし、翌日出社しても全く何も変わっていませんでした。社員は昨日と同じように仕事をしているだけです。そこから19年間の歴史が始まったのです。
試行錯誤での指針成文化
距離感のある経営指針
わが社の19期目の経営指針は、「創業者の精神」「基本理念(使命)」「ビジョン」「行動規範」「人事理念」で構成されています。年度計画は「全体計画」「個別計画」「部門計画」でまとめています。「自立型企業」とそれを支える「自主的社員の育成」を目標としています。ところが当初私は、会社満足は考えていたのですが、社員満足は考えておらず、社員には非常に距離感のある経営指針だったようです。経営指針の初期は意識改革を中心に進め、中期では会社の体制づくりとリーダー育成に重点を絞りました。現在では、PDCAの評価改善サイクルに取り組んでいます。当社の歩みを紹介すると、中期に営業部を確立し、事業領域を拡大することができました。指針を浸透させるという面では、各部門の定期会議を行ったり、個人面談や年間MVP賞をつくったりしました。また、懇親会やブログを活用したり、営業社員と同行したりと、あらゆる機会をとらえたコミュニケーションの仕組みをつくりました。
人事理念と行動規範でストーリーをつくる
わが社のお客さんに対する使命は、ITソリューションのベストウェイを提供することです。お取引先とは、共に成長発展できる信頼関係づくりをめざしています。社員とは、夢と誇りの持てる活力ある企業をつくること。そして社会へは、人財の創出と正しい納税で貢献していこうと考えています。ビジョンには、時代感覚に優れた経営品質の高い社会に誇れるIT企業をめざすを掲げ、人事理念と行動規範でストーリーをつくっています。経営指針と人づくりは切っても切れない関係で、社員の自主的行動には判断基準としてその明確化が必要です。具体的なステップは、建設的である→見解を持つ→仕事をする→責任を持つ→教訓を持つ→強化改善をする→周りに生かす→集団を管理する→経営をするです。「責任を持つ」より上のステップまで人が育たないと会社の業績は上がりません。そのため、「読む・考える・書く・話す・構成する」などの基本的なスキルを強化する委員会も設置しています。また、理念は社員が共感を持てるものにしないと伝わらず、社員が一緒に実現したいと思う理念にすることが大切です。
一人よがりの経営は負け戦も同然
外部環境も知らず、己も知らず、自分の考えだけで経営をしていたら負け戦も同然です。外部環境を読み間違えたり、内部体制を整えられなかったりで幾度か業績を落としたことがあります。例えば、FA事業や移動体通信工事事業などです。これらは、教育で先行投資をした分を取り返せずに撤退しました。いずれも、本業を柱に周辺事業へと拡大をはかったのですが、読み間違いもあり、客先に右往左往する請負仕事で苦労しました。自立的企業をめざさなかったことが、真因だったと反省しています。またわが社では、各部門で方針を分解し、自主目標による進捗管理を行っています。指針の浸透にはこれが最も効果があります。まず、部門ごとに内外環境分析や重要課題の抽出をしてもらいます。次に、政治・経済や技術の流れ、顧客や業界の動向、自社の強み弱み、問題や課題を分析します。これはニーズの強い分野、市場成長の見込める分野にわが社の技術や人材の強みを投入し、課題を改善するという方法です。各部から提出されたものを私が全体整理を行い、中期戦略とし、各方針の連関と流れを紐付けした戦略マップにまとめています。
中小企業の方針に整合性はあるか
商品や事業には必ずライフサイクルがあります。揺籃期・成長期・成熟期・衰退期において自分の事業はどの領域にあるのか。そして、各ポジションごとの戦略と事業間バランスが必要になります。また、マネジメントサイクルの成熟度分析を行っています。各段階を紹介すると、(1)いま自社が何に問題があるのかわからない、(2)問題はわかったが手を打てない、(3)場当たり的に何かやっている、(4)PDCAサイクルが確立できている、(5)定着とバージョンアップ、(6)環境適応をしているの六点です。中小企業は、わが社も含めだいたい(1)〜(4)が多いようです。これは、方針がバラバラで整合性がないという段階ではないかと思います。
細かなことの繰り返し
労使見解を何度も読み返す
経営指針を発表した時、社員に「これやって俺たちにどんな良いことがあるんですか」、「就業規則や賃金規定も整備されていないので内容に説得力がありませんよ」と言われました。私は、慌てて中同協の『労使見解』を復習して、経理公開も行うようにしました。皆さんも、指針を進めていく上で、この『労使見解』をしっかり読んで活用して頂きたいと思います。こうしてできた基本理念が「共実」です。これは、言いたいことが言えない関係ではありません。少々喧喧諤諤としても、一生懸命やった事で良い仕事が実現できることであり、その中での、切磋琢磨の育ち合いを大事にしていることを意味します。社員とは面と向かってきちっと話すことは本当に大切なことだと感じています。経営者が問題だと思うほど、社員は考えていないからです。例えば、社員に挨拶をしないのは相手に横柄な態度に見られるよと話すと、そのつもりはなかったとの返事が返ってきます。このように話せば、その場で方法を教えることができるのです。試用期間の社員が問題を起こした場合も、本人と話して、お互いの合意を得るようにしています。
直すべき事はその場で改善
コミュニケーションをする中で、カチンとくることもありますが、黙って聞いて、直すべきところはすぐに改善するようにしています。細かなことの繰り返しです。そういう姿勢にだんだん説得力が出てくると思うのです。足を投げ出して新聞を読んでいた社員は、今では取締役になっています。当時を振り返ると、指導者の教育やコミュニケーションの問題があったのだと思います。私も彼に迫るため技術資格を取りました。そして、きちんと話をしたら理解してくれるのです。社員教育は、時には経営者の気合が要るのです。
すべてのものに志を守り貫く
最後に司馬遼太郎『峠』の一節でまとめとさせていただきます。「志は塩のように溶けやすい。男の本懐はこの志をいかに守り通すかにある。それは格別の工夫ではなく日常茶飯事の自己規律にある。箸の上げ下ろし、遊び方、ものの言い方、怒り方、そういうすべてのものに志が貫かれておらねばならぬ」、以上です。ご静聴ありがとうございました。
【文責 事務局・加藤】