中小企業地域活性化条例プロジェクト主催
12月1日
中小企業地域活性化条例の意義
講師 岡田知弘氏 京都大学大学院経済学研究科教授
地域「活性化」とは何だろう
日本経済や世界経済は、地域経済から成り立っています。地域経済とは、東京の経済や愛知の経済など、各地の経済などが交差しながら成り立っています。ですので、地域経済なくして日本経済、世界経済は成り立たないということを最初に申し上げておきます。
大企業は「動物」中小企業は「植物」
いま、日本の地域経済はかなり危機的な状態にあり、「いざなぎ景気」を超える好景気といわれていますが、中小企業や市民には実感が乏しいものになっています。これは「大企業が過去最高の収益を上げているなか、中小企業の収益はバブル期を下回っている」という調査データでも裏づけられています。また、最近の日本経済新聞によると自動車業界の利益の約75%が海外から得たもので、国内で獲得される利益は少なくなっています。つまり日本経済が低迷していても海外からの利益を得ていれば、大企業は生きていけるのです。まさに、大企業は餌のある場所に移動して生きていく「動物」といえます。一方、中小企業は、地域から簡単には動けません。つまり地域に根を張り生きていく「植物」なのです。
人口を支える地域経済力の衰退
国勢調査による人口が減少している県の数字から面白いことが分かります。日本では人口減少県数が増える時期が3つあります。第1の時期は1935〜40年、日中戦争から太平洋戦争に移る、重化学工業化が一気に進む時代です。第2の時期は戦後の高度成長期1955年〜1970年です。これは、集団就職の時代です。最後は1985年以降になりますが、このうち1985〜1990年はバブル景気の時代です。ここまでは大変分かりやすく、景気が良くなると大都市圏の労働力が不足し、地方圏から人が流れてくるという傾向があります。逆に1975〜1980年には人口減少県数が「0」でした。これは1973年、1979年の2回のオイルショックの影響といえます。このことから、不況になると人口の移動は止るということがわかります。
地域人口の減少で負の連鎖が進む
しかし、1991年からバブル景気が崩壊して、不景気に入っていく中、不況になると人口が減少する県が減るはずなのに、1995年〜2000年は24県で、2000年〜2005年は32の県で人口が減っています。何故、景気が悪いのに人口減少県数が増えるのでしょうか。少子高齢化が問題なのでしょうか。しかし、2005年までは人口増加率は日本全体ではプラスを示しています。これは経済のグローバル化の影響といえます。都道府県別にみると、北海道・東北・北陸・中部・四国・南九州で人口が減り続けています。これらの県に共通しているのは、人口を支える地域の経済力が小さくなっていることです。町村でいうと75%、市で見ると約半数の県で人口が減っています。日本経済が全体的に萎縮するなか、地域の人口が減るということは、さらに高齢化も進むことを意味します。
グローバル政策で海外移転が加速
さて経済のグローバル化といいましたが、海外生産は、自動車産業が先頭を走っています。1980年代の集中豪雨的な輸出が、日米貿易摩擦を引き起こし、これを解消するために、海外投資を促進する政策がとられました。これは例えば、トヨタ自動車がアメリカの工場で製造した車を販売する際には、アメリカで製造した国産車としての販売となり、あるいは松下電器がマレーシア工場で製造した冷蔵庫をアメリカに輸出するときには、マレーシア産の冷蔵庫として輸出することになるからです。こうした海外投資を促進する大企業優遇措置を行なった結果、1980年代のリーディング産業であった自動車の製造拠点が50%以上海外に出て行きました。
国内工場の閉鎖や縮小
大企業の海外進出に伴い、国内工場の閉鎖や縮小が相次いでいます。1990年代半ばから海外事業活動が国内生産・雇用に与える影響を見ると、国内生産に与える影響は1996年でマイナス6兆円、国内雇用に与える影響は、22万5千人の減少を引き起こしています。最近のデータは公表されていませんが、かなり深刻な状況だと思います。さらに、進出先の国が日本の資本を受け入れる代わりに、日本への中小企業性製品(出荷額の7割を中小事業所が占めるもの)の関税を下げる「輸入促進政策」もとっていきます。その結果として、中小企業性の工業製品の輸入額が、1980年を100とすると、1997年にはバブルが崩壊したにも関わらず、3倍近くになっています。中小企業性製品は6兆円近い輸入額超過ですが、大企業性製品は12兆円近くの輸出額超過を抱えたままです。つまり、大企業の貿易黒字のあおりを中小企業性製品が受けているということです。
危機的状況の製造業
1990年代の就業人口は総数で百十六万人減少しています。この理由は、完全失業率が五%に跳ね上がったことと、高齢化がその主たる要因といえます。高齢化が進むなかで、製造業や農業からリタイアする人が増加しました。1990年と2000年の製造業の就業人口データを比較すると、マイナス16.5%と劇的な減り方をしています。1990年では、働いている人が一番多かった製造業が、わずか10年間で第3位の産業にまで転落してしまったのです。高度経済成長期でもこのような減少はありませんでした。明らかに海外からの輸入促進政策が影響しているといえます。
「投資立国日本」で大丈夫か
戦後の日本は「もの」をつくり、輸出をして貿易黒字を稼ぎ、農産物やエネルギーを安く買うということで再生産してきました。ところが、今年の通商産業省白書では「日本は投資立国の道を歩まなければならない」といっています。ここで示された投資立国として生きてきた国は、イギリスとアメリカです。この二国を見ると、イギリスの穀物自給率は100%で、アメリカは世界最大の穀物輸出国です。対して、日本の穀物自給率は28%で、しかも、貿易の主要二カ国がアメリカと中国になっています。アメリカは天候異変に見舞われ、気温が1度上昇すると日本への輸出余力がなくなるという推計もあります。中国は昨年の貿易統計を見ると、都市化が進み、農産物の外国への輸出力が減少しています。今でこそ儲かるからと日本へ輸出していますが、これからは分かりません。さらにエネルギーの88%(OECD諸国中、最高位)を中東に依存しているなかで、生活や生産に必要な財の確保が不安定な状態のなかでは投資立国とはなりえません。
経済的不安定が生み出す社会的不安定
さらに経済的な不安定化が社会の不安定化を引き起こしていることも見ておかなければなりません。日本は8年連続で3万人を超える自殺者がいます。これは先進国の中で最悪の人数です。地域では人口あたりの自殺率は秋田県で一番高く、次いで青森、岩手となります。秋田県は米の単作地で木材関係の地場産業も衰退し、誘致企業も撤退しており、経済的苦境が集中しています。あるいは犯罪の件数は警察白書では、1990年代に比べるとほぼ2倍になっています。この間の経済政策がこういう状況を生み出しているのです。国の政策では、小泉前首相の「骨太の方針」(2001年)を見ると、「個性ある地方の自立した発展と活性化を促進することが重要な課題である。このためすみやかな市町村の再編を促進する」という一文があります。市町村の再編とは合併のことです。合併すれば地域は活性化するということですが、必ずしもそうではありません。この間の地方経済の衰退は明らかに野放図なグローバル化と政策の結果です。ここにメスを入れない限り、合併をしたとしても事態は変わりません。総務省のホームページによれば、「より大きな市町村の誕生が、地域の存在感や『格』の向上と地域のイメージアップにつながり、企業の進出や若者の定着、重要プロジェクトの誘致が期待できます」とあります。これは、ざっと読むと、そうかと思えてきますが、良く読むとかなりあいまいな文章です。存在感の『感』、『格』『イメージ』。これらは全部主観の話です。そして、最後には『期待できます』とあり、『必ずなります』とはいっていないのです。
市町村合併で地域経済に起こること
市町村合併で町村が市になって変わることは3つあります。1つは、福祉事務所を置くこと。2つ目は宅地並み課税がかること。これは、特に条例で規定されず、都市計画区域設定や、市街化区域がある場合は自動的にかかります。3つ目は商工会ではなく、商工会議所を置くことができることです。3つ目の商工会議所を置くことは、活性につながると思うかもしれませんが、商工会も商工会議所も補助金で回っている団体で町村が合併すると、これらの団体も合併し、事務所や職員数を減らすことになってしまいます。さらに、京都の丹後六町を見ると、実は交付税は合併しない方が2007年度以降はたくさんもらえるという例もあります。また合併後起こることは、民間の企業活動が弱いところから地域経済を支える力がなくなり、細胞が壊死するように地域経済は衰退していきます。現に京丹後市(丹後六町合併後の名称)では、合併前の2倍のスピードで人口を減らしています。
公共工事も東京一極集中
国はどうやら「公共事業と企業を誘致したら活性化なのだ」というイメージを持っているようです。これは、戦後の日本の地域政策でずっと言われてきたことです。私たちは、なぜこの政策が失敗したのかを教訓として学ぶ必要があります。大型公共事業をやったとしても、その利益はいったいどこに行くのでしょうか。経済企画庁の「地域経済レポート」で、1985年の統計を基にして作られた資料を見ると、1兆円の公共事業がなされたとすると、多くの仕事ができ、生産波及効果が生まれます。しかし関東に約四兆円もの生産誘発額が集中しているので地方は取り残されてしまいます。「公共事業の先行投資や企業誘致の補助金を出しても、実はあまり効果がない」ということが、地域経済レポートの最新版で報告され、政府自身も認めているのです。
「地域内再投資力」を高める
では、どうすればよいのか。私は「地域内再投資力」というものを作っていくことが必要だと考えます。公共投資も投資の一つですが、翌年の再投資が自動的に起こらないことが失敗につながるからです。先の例で公共投資により道路をつくっても、それは翌年自動的に事業を生みません。地域の中には投資主体がいっぱいあり、中小企業・農家・共同組合・NPO・自治体もその一つといえます。まとまったお金を投下すると、仕事や雇用やサービスが生まれます。地域内での取り引きが大きければ大きいほど、地域内で大きな資金の回転が起こり、仕事が回っていくのです。それらが結合して新しい商品やサービスを販売して、利益や賃金として皆さんあるいはサラリーマンが受け取ることになります。これが税金の元になり、国や地方自治体に戻ります。そして、地域内の再投資が繰り返し行われるのです。地域波及効果が高ければ高いほど、その地域は持続的に人口を支えることが可能となり、また、増やすこともできるのです。これからは、「地域内再投資力を高める政策」こそ必要な地域活性化政策といえます。
中小企業家こそ地域づくりの主体者に
さて、地域経済を活性化、発展させる主体は、地域からいつでも撤退できる大企業ではありません。地域に生活の基盤を置く、中小企業家の皆さんなのです。中小企業は地域経済・雇用・技術発展の源であり、社長は自治会・PTAの中心役員として関わっています。また地域経済活動だけでなく、お祭りの開催など社会的・文化的な行事にも参加して地域を担う存在が中小企業なのです。まさに地域をつくる主体者ではないでしょうか。以上を考えると、地域再生への戦略と展望ははっきりしています。国の野放図な国際化政策、経済構造改革を見直し、大企業が活動しやすい政策から転換していかなければなりません。地域を作っている主体の中小企業に焦点を当てていく。あるいは地域の購買力をつけていくために、しっかりと若い人たちを正規で雇用して、正当な賃金を出して生活でき、そして結婚して家庭が持てる政策が必要です。
中小企業憲章制定と地域振興条例を
同友会で取り組んでいる中小企業憲章は大きな意義があります。EUでは2000年に「欧州小企業憲章」を制定しました。「経済の背骨は小企業である」と高らかに謳った憲章です。また、地域経済にあまり効果のないような公共工事、大企業誘致政策ではなく、地域にある経済主体を強く大きくしていくことが必要となります。1999年に改正された中小企業基本法の第6条では「中小企業政策の企画立案、実行に関しては地方自治体がその責務を持つ」と記されています。以前は、「国に準じて地方地自体は政策を実行する」ということでしたが、工夫次第では独自の産業政策ができるのです。
地域振興条例の意義
現に、地域振興条例が施行されている自治体があります。例えば墨田区では、幹部クラスの市職員を集め、事業所の悉皆調査を実施しました。各事業所がどこと取り引きしているのか、どういう技術を持っているのか、どういう政策ニーズを持っているのかが台帳になり、独自の中小企業政策が生まれてきています。埼玉県では埼玉県中小企業振興基本条例が制定され、公共事業で埼玉県産材を使っていくことを誘導しています。また、八尾市では、コクヨ(株)が工場閉鎖を宣言した時、通常はなにもできませんが市長が中小企業地域経済振興基本条例に基づいて閉鎖を踏みとどまって欲しいこと、雇用の維持、取引先の維持を要請しました。結果的には障害者の雇用先を十数名確保することができ、小さいけども大きな成果といます。
個性を発揮した「共生経済」
グローバル競争が強まっていくなか、日本は他国と同じものを作っている限り、より安い労働力で競争してくるベトナム・インド・ブラジルなどとの破滅的な競争にならざるを得ません。これからは個性のある商品・サービス・地域づくりをすることで、相互に共生できる取り引き関係を築いていくことが重要です。そうすれば先進国と途上国、大都市と農村が共存できる新しい社会関係が構築できると思います。そのためには、地方自治体が中心になって地域内再投資力を高めていく必要があるのです。
栄村の取り組み
長野県の栄村という2600名ほどの自治体の例を紹介します。この村では、個性を大切にした村づくりや、できるだけ村の資源を使って再投資させる政策をとっています。例えば、栄村振興公社の経費別村内調達率を見ると合計で70%にもなります。食材、お土産品などです。さらに福祉の面でも、一人当たり老人医療費を見ると、長野は全国でも一番老人医療費が少ないのですが、栄村はさらに長野県の平均も下回っています。これは「PPK運動(ピン・ピン・コロリ)」の成果でもあります。一人ひとりの高齢者が元気であるということ。そして介護保険サービスが始まった時、雪で閉ざされる地域の問題もあわせて住民と話しあったといいます。その結果、住民から、自分達がヘルパーになろうと意見が出され、人口2600名の内120名の人が資格をとったのです。これによって、雪対策と福祉対策となり、ヘルパーは市の職員扱いとして冬、夏の賃金対策にもなります。つまり地域づくりは何得もあるのです。
大企業も地域貢献できる仕組みを
大企業、そして大型店や金融機関も地域の主体的な担い手です。大企業も地域づくりに貢献できる仕組みが必要です。例えばアメリカでは、工場を勝手に閉鎖できない「工場閉鎖法」というものがあります。それは地域経済に大きな影響を与えるため、閉鎖の場合、事前に届け出が必要であるというものです。また、海外から入ってきた企業はできるだけ地元の企業から部品を調達しなければならず、さらに、雇用安定に努力しなければならないという「ローカルコンテンツ法」もあります。そして金融機関に対しては、州の企業、住民に投融資をしなければならないという「地域再投資法」があります。このため金融機関はランク付けの評価を受け、評価が悪いと新店舗の出店が規制されることになります。こういう仕組みがあると、銀行は地元の企業により多く貸し出す努力をします。これは同友会で取り組んでいる「金融アセスメント法案」のもととなったものです。
人間らしい企業づくりを
今の時代、グローバリズムの「反省」も始まっています。人間性を大事にした国づくりが必要なのではないかという変化です。実は、大企業でそれができるかというと難しいと思います。大企業の社長は短期間の雇われ社長です。その間に業績を上げることに腐心しますので、欠陥製品をつくり続けてしまうということも発生するのです。ところが中小企業は、その地域で生活し、移動することはないので顧客との関係は継続し、問題のある商売は続けられないのです。中小企業家同友会は「地域づくりに貢献する」「地域と共に歩む中小企業」ということを自ら謳っていますし、従業員とは共に育つ「共育」を実践し、人間らしい企業づくりをしていこうとしています。こういう団体こそが、これからの難しい時代の中で、大きな主体であるのではないかと強い期待を持っています。しかし、ただがむしゃらに頑張ればよいのではなく、地域ごとの産業の個性、文化の個性、住民の個性をしっかりと掴むことが必要です。そして地域の主権者として住民、企業家が地域を構想して、地域住民や他の団体と一緒に地域づくりを進めていくことが必要だと思います。
【文責事務局輿石】