第46回定時総会:第1分科会:4月24日
豊かな地域づくりなくして中小企業の発展なし
岩橋 浩氏 (株)ホクコー(北海道同友会帯広支部幹事長)
行政と共に地域雇用の創造を
2007年3月議会に帯広市中小企業振興基本条例が上程され27日の議会で可決されました。そして、4月1日に公布された帯広市中小企業振興基本条例(以下・条例)の改正の取り組みで、何が成果として、あるいは課題として残ったのかをお話したいと思います。
帯広・十勝の取り組み
帯広・十勝地域は、十勝農業を基盤とした田園商業都市です。農家の比率は全戸数の12%であり、農業産出額は倍の24%です。これは1戸あたり、約4000万円という、全道平均の2倍の産出額を誇ります。現在帯広・十勝地域では、農業の6次産業化が地域の最大の課題として取り組まれています。その地にある帯広支部の会員数は626名で、対法人組織率も1割を超えます。行政との関わりでは、地域提案型雇用創出促進事業「まるごと帯広・とかちの活性化プラン」という厚生労働省の委託事業に取り組んでいます。具体的には、3年間で1億7600万円の予算がつき、地域での雇用創出目標が3年間で403名となっているものです。
高校生に企業家精神を
もう1つはインターンシップの発展型である「ジョブちゃれ」があります。EU小企業憲章の行動指針の筆頭項目に「企業経営および企業家精神に関する知識は学校教育のあらゆる段階で教えられる必要がある」と表現されていますが、これを地域の中でも実践したいという想いがありました。これまでインターンシップ参加生徒や学生はいわば義務的でしたが、各学校でやりたい生徒に手をあげていただき、十勝管内で、51名(9校)を20社で受け入れました。まずはこのように、地域と連携した取り組みを積極的に広げ、地域に対して影響力を持ち得る帯広支部であるということをご理解いただきたいと思います。
なぜ条例改正に取り組んだのか
条例改正を目指した理由は2つあります。直接の契機は中同協からの提唱で、2003年の福岡で開催された全国総会が学習のきっかけとなり、帯広市に条例があることが分かりました。しかし、古い中小企業観に基づいた時代に合わない条例であり、研究に取り組み始めました。2つ目には、金融アセスメント法制定を求める署名運動があります。バブル崩壊以降、貸し渋り、貸し剥しが横行する、中小企業の危機的状況がありました。しかし、帯広支部は地域の中で有力な企業が集まっており、会役員の平均資本金が7000万円に近く、平均でも4000万円となります。従って、貸し渋りなどの話は正面からは話題になったことがありませんでした。そこで、「地元中小企業が倒産した時、あんたの会社は生き残る自信があるのか」という問題提起があり、結果として金融アセスの署名を4ヶ月で2万3000筆集めました。そして、北海道では全ての自治体で意見書が採択されています。
地域を考えると「教育」にたどり着く
帯広支部では地域をキーワードにして、同友会活動を広げていったわけですが、その過程で1つ大きく変化したことがあります。それは「教育」についてです。帯広支部でも皆さんと同じように教育に重点を置いてきたという自負はあります。しかし、社長自身の教育とか、従業員との共育という範囲を出る事ができませんでした。そこで、スローガン的になるのですが「遠回りではあるが、次の時代を担う人材の健全育成こそ地域活性化の鍵である」という認識が支部の中で形成されてきたのです。
同友会理念の総合実践の段階
十勝地域は北海道の中では、比較的恵まれているといわれています。かつては2000億円の公共事業があり、農業も2000億円といわれていて、この2本柱がある限り十勝は大丈夫だという認識でした。しかし、平成18年度には公共事業は2000億円どころか、1000億円を切って800億円へと減少しています。さらに、日豪EPA交渉が始まろうとしており、課題は山積しています。つまり、時代の流れが変わり、「地域」を正面から捉え、しっかりと考えざるを得ない状況に十勝もなってしまったということです。だから「地域に根ざせ中小企業家同友会」という支部のスローガンもスっと馴染むし、条例の改正運動も、すんなりと受け入れられたのだと思います。
条例の理念を考える
さて、具体的に旧条例の改正に向けて第1に考えなければならないことは、寄って立つ理念をどこに求めるかということでした。色々と研究を重ねると、世界の中小企業政策は、3つに整理できることがわかりました。1つはアメリカで主流な、「反独占・自由競争の担い手としての中小企業に対する支援」です。企業の自由競争の維持拡大は、国民経済の繁栄と、国家の安全保障の基礎である。このような認識がアメリカにはあります。つまり、自由競争を維持することが国家安全保障につながるということです。これは戦前、日本金融独占資本が軍部と結びついて、ファシズム・軍国主義をつくっていったという経緯から、戦後GHQが財閥解体していったということにつながります。このような平和、経済民主主義の担い手としての中小企業観は非常に重要だと思います。
経済活性化の苗床
2つ目には、「産業政策の視点」からの支援です。これは日本がとってきた政策でもあり、経済発展とそのために必要な輸出競争力の強化のためには中小企業の振興が不可欠ということです。現在の東南アジアは明治維新以降、日本がとった政策にならってやっています。3つ目は、「経済活性化のための苗床機能を果たす中小企業」の支援というものです。これはイギリスの中小企業政策の戦略で「イギリスを創業と企業の成長に最も適した場所とし、経済発展を促進するために、効率的な経営支援サービスを提供する」というものです。この政策の源流は、うっそうとした森林は、次々に誕生する若い木があるからこそ大きな森林が保たれている、という理論にあります。これは、次々に生まれてくる苗木を新規創業の中小企業と捉えて、その必要性を説く、EU小企業憲章の精神にもつながるものです。
自治体での施策は必要
それから、地方自治体レベルでの中小企業施策が必要となります。黒瀬直宏先生(専修大学)の指摘によると、「中小企業は同じ業種でも、地域が異なると経営の特徴や問題点も異なる。また、国民経済には重要度の薄い中小企業でも地域経済の発展にとっては重要な存在である。そのために中小企業育成政策は地域による差があって当然である」とあり、帯広市、墨田区、名古屋市の中小企業施策が同じはずがないのです。また、総合計画があるから条例は必要ないとも言われますが、それではダメです。なぜなら条例は、『法』であり、法としての強要性と実効性を有した政策達成手段なのです。つまり条例ができて、初めて強要性と実効性を持つことができます。例えば、経済政策に積極的だった首長から、福祉を優先する首長に変わったときも、条例があるから、「条例に基づいてきちんとやってください」という要求ができるのです。
条例作成過程での連携
条例作成当初は両睨みの状態で、行政側から理解を得られなければ、議員立法も視野に入れていました。しかし、議員立法だとしても、商工会議所を巻き込むことが重要で、最終的に議長に条文を手渡すのは商工会議所の会頭にやっていただこうと構想を持ちました。注意したことは、条例が施行されても「行政にそっぽ向かれたら実効性は難しい」ということです。ですので、何としても行政と一緒に創りたいと思っておりました。商工観光部に初めて提案した時から「改正」で一致しました。それ以降、基本的に条例の条文に関しては行政に一任して進めました。ただ、条例の理念と、同友会がやって欲しいことは明確に要望する、それをどう表現するかは行政に任せるという方法を取りました。
経済団体の責任として
また、同友会で条文を作ろうという話もありましたが、ビタっとした条文をつくり、行政に持っていったら、行政は退いてしまうことがあります。また、条例づくりなどを通じて中小企業の役割を正確に理解した行政職員を育てることも経済団体の責任といえます。幸運なことに、商工観光部の次長は、10年間中小企業政策を勉強してきた方でした。自ら墨田区の高野課長の追っかけをやっていたという程の人が実は帯広市にいたのです。
同友会がこだわったこと
帯広市の条例は墨田区の条例を参考にしています。「目的条項をしっかり書く」という話でしたが、それでは不十分であるとして「条例の理念については前文を設けて書き込んでいただきたい」ということを要望しました。前文を入れることに対しては、なぜ中小企業の条例ごときに前文を付けるんだ、という話も行政内部では出たそうです。しかし条例の理念の重要性を認識していただいた商工観光部の次長さんが、頑張って調整していただいたということです。
創業あってこそ地域は活性化
条例の中身については、創業の支援と中小企業の発展にとって、もっとも適した地域とすることにこだわり続けました。なぜ創業にこだわったかというと、既存の企業を守るためだけにつくるのではなく、今ある中小企業者のエゴであってはならないからです。排他的な条例ではなく、市民にも理解ができるように「創業により自社のライバルが出てきても、それは腹をくくりましょう」というものです。企業が減ると従業員も減ります。開業率も日本は4%と低調です。とにかく企業が増えていく形にしないと地域での雇用力が衰退していきます。雇用の増減に対する開廃業の寄与度のデータがありますが、平成3年〜6年は既存の事業所は従業者を減らしているのに対して、バブルの一時期を除き、新規雇用に対し7割〜8割を開業事業所が占めているのです。
「中小企業の振興」と市長の責務
一方、旧条例は中小企業等振興条例でした。まずは、中小企業等の「等」をはずして、基本を入れて欲しいと要望し、これは認められました。つまり街づくり条例などとの違いを明確にして、新たな条例として、旧条例は廃止した上で改正するということです。実体経済では、帯広市の行政区は十勝とほぼ一体です。それゆえ、基本方針の中では、管内市町村の協力連携を盛り込んで欲しい旨も要望しました。さらに市長の責務も明確に書いて欲しいと要望しました。市長の責務の項目には「地域の中小企業関係団体と密接に連携し、指針を定める」とあります。これは墨田区や八尾市の条例でも表現されていない条項となります。
産業振興会議と教育がカギ
また、条例施行後に開催される「産業振興会議」については、条例設置とするか要綱設置かということで、プロジェクトの中で議論になりました。結果的には、条例設置に拘らないという結論になりました。条例設置と要綱設置の実践上の違いは、条例設置だと振興会議の委員が「偉く」なり、形骸化する危険性があるということです。今は仮称ですが「帯広市中小企業振興協議会」を設置することになっております。さらに、中小企業振興協議会を「条例推進のエンジン」として、位置付けて欲しいと要望しました。この言葉は議会の答弁の中で使用されましたので、実現すると思います。
条例の課題と今後
中小企業の振興、創業ということに関して、とにかく議論を詰めてきました。しかし、非常に重要な項目が、スコっと、抜けていることに最後の最後に気が付いてしまいました。それは「教育」についてです。「創業・起業」を重視するのであれば、独自条項として教育を取り扱うべきでした。これは最大の後悔です。一方、協議会には600万円の予算があり、シンクタンクにビジョンを作ってください、と丸投げすることが考えられるので心配です。これをやると協議会の実態がなくなってしまうからです。産業振興ビジョンはしっかりと協議会で議論をして創り上げていくことが必要だと思います。
同友会理念の総合実践を
最後になりますが、愛知県の35市についても調べました。そこでわかったのは、豊橋市に中小企業振興条例、春日井市に商工業振興条例があるだけという状況です。県に条例はありませんし、県下の自治体に中小企業と名前の付く条例がほとんどありません。実は北海道の36市における中小企業という名のつく条例がないのは、1市だけなのです。やはり愛知には世界的な企業がありますし、こういう中で中小企業振興を目的とした条例を作ることは、非常に難しいかもしれません。しかし、私たち中小企業家の責務として、また、同友会理念の総合的な実践として、条例づくりに取り組んでいただきたいと思います。
(文責 事務局 輿石)