記念講演
第9回あいち経営フォーラム
小さいからこそできる町づくり・人づくりに学ぶ
横石知二氏(株)いろどり代表取締役副社長
10月13日(土)に行われた第9回あいち経営フォーラムの記念講演の内容をご紹介します。それは、たった1枚の葉から始まった日本初のツマモノ事業の過程と、まさに今、自立・持続可能な地域づくりを行っている取り組みでもあります。
福祉・教育・環境の仕事をつくる
私が取り組んできたことは「地域づくり」という大げさなものではなく、その人自身の存在感や仕事があることが大事であり、それをどう作り出すかということが思いであり原点なのです。上勝町は人口2086名、町の面積の86%が山で、四国の町の中で人口がもっとも少なく、高齢化率は約48%で県内一。普通はこれだけ揃えば、廃村コースに向かってまっしぐらです。しかし、現在まで合併もせずに頑張っていられるのは、地域の資源を生かす企業が、村内には、いろどり含めて五社あるからです。そこでは130名が働いています。町の地域資源商売の売り上げは約312億円。また、寝たきり老人が今年度は2人しかいません。寝る暇がないくらい忙しいのです。地域に住む人々がそれぞれ仕事を持っていることがどれだけ大事なことか。
人にはそれぞれ良い所がある
福祉であり教育であり環境に優しい。仕事づくりはこの3つと結びつけて考えています。「保護する」ことが「幸せ」ではないと感じています。ゴミの分別も住民たちの手で34種類に分別し、リサイクル率は80%、町を挙げて「ゴミゼロ」をめざしています。他にも構造改革特区にも応募し、有償ボランティアタクシー制度や木質バイオマスという間伐材を利用して燃料にするもの。現在は「地域通貨制度」にも挑戦中です。小さい町ですが、その町なりの良さがあります。ヒト・モノの良さをどう生かすか。働く人間にはそれぞれ良い所がある。それをどう生かすか、まさに皆さん方中小企業と一緒なのです。
よそものを雇った
農業大学校を卒業して営農指導員として上勝町に当事の町長に請われてやってきた28年前は大変な状況でした。いちばん驚いたのが、雨が降ると朝から盛り場状態で、話すことと言えば悪口ばかり。働く女性たちは、口を揃えて「自分は貧しくても子どもは東京へ送り出したい」と言うのです。「どうして自分の村のことをよく言えないのだろう」と感じていました。原因は後で分かりました。米やそばを作っても暮らしていけるだけのお金が稼げないのです。そして「田舎である」という負け組意識。さらに言えば最初からあきらめかけている気持ちの弱さがあったのだと思います。
本当の事は腹が立つ
ある日のことでした。当事の町長に「何でもいいからこの町について思うことがあれば言ってみなさい」と言われ、率直に「今のままではだめです」というようなことを言うと「何だと!よそものに何が分かる!明日から来なくていい」と激怒されました。やるかやめるかのどちらかなら、ここまで言われたら残って頑張ると私は覚悟を決めたのでした。これが「いろどり」のスタートでした。それから16年、売上は落としていませんし、この8年間は赤字もなく、しかも売上も伸びています。これは、私の誇りでもあります。
いろどり事業の発見
上勝に来た時、つくづく暇なことは良くないと感じました。町の人たちはみんな、することがないからずっと悪口を言っているんです。高齢者や若者が「これをやるんだ」と思える事業をこの町で育てていかないといけない。しかもそれは一人ひとりが企業家として自分の仕事に取り組めるように。この葉っぱ事業を思いついたのは偶然でした。大阪に出張に行った際、あるお寿司屋で食事をしていた時のことでした。隣の席の女性客が、料理と一緒にお皿に乗せられた葉っぱを見て、話が盛り上がっていました。しかも、帰る時にハンカチに包んで大事そうに持って帰ったのです。「あんな葉っぱ、上勝町なら家の裏にたくさんあるのに」と思いましたが、逆に「これは商売になるのでは」と直感しました。ただこの時は、「環境の違い」にまだ気づいていませんでした。
葉っぱがお金に化ける?
上勝町に帰ってこの事を話すと「横石さん。葉っぱがお金に変わるのはおとぎ話の世界なのよ」と言われました。一方で、どこにでもにあるものを売るなんて恥ずかしい、というプライドもあったのだと思います。町の人には相手にされませんでした。しかし、私には「これはいける」という確信がありましたので、なんとか協力してくれるおばあちゃん4人でスタートしたのです。しかし最初は全然売れませんでした。料亭にも飛び込み営業をしましたが、相手にもしてもらえませんでした。
料亭通いで現場を体験
今なら分かることですが、当時の私は「現場」を知らなかったのです。どうしたらよいか悩んだ末、ある方のアドバイスで、お客の立場で行って見ることにしました。そして、大枚をはたいて料亭通いの日々が始まるのです。葉っぱを提げて、様々な料亭を回り、料理長さんのお話のメモを取り続けました。単に葉っぱを置けばよいのではなく、料理や器に応じて必要となるものは違うということが分かってきたのです。ある時、ある料理長さんが「うちの調理場を見てもいいよ」と仰って下さいました。現場を見て「料理の世界の修業は厳しい。これでは今の若い子では10年ももたないだろう」と気づきました。そうだとしたらこのビジネスは成り立つと思いました。そして、この頃から葉っぱの値段も少しずつ上がっていきました。
“自分ところ”の価値を知る
それからいろんな県の料亭をパンフレットをもって拡販の日々が続きました。この頃は家に1円のお金も入れられない状態で、本当に家族の協力なしには続けられなかったと感謝しております。ただ、このビジネスをやりたかった、田舎でないとできないことをどうしても実現させたかったのです。次に考えたのは「草」を売ることでしたが、上勝町のおばあちゃんたちには、理解できませんでした。そこで、次にとった行動は、おばちゃんたちを料亭に連れて行くことでした。実際にどう使われているかを自分自身で経験してもらうことが大事だと考えたからです。料亭に行って現場を見て、それがどんなものに使われるかを初めて経験する。「へ〜っ、そうなのか」と“自分ところ”の価値を知る、そのことで「じゃあやってみようか」という行動に繋がったのです。
田舎だからこそできるビジネス
いろどり事業は現在190名が働いています。平均年齢は70歳、ほとんどが高齢者であり女性です。彼女たちは売り上げの多い方は月に50〜100万円は稼いでいます。商品アイテム数は320種類。航空輸送もありますから、短納期の注文でもスピーディーに対応できています。上勝町がなぜこんなことができるのか。それは仕組みがあるからです。ビジネスは仕組みが大事です。1つ目に、役場の防災無線を使った同報無線ファックスです。急ぎの注文もありますが、早く同時に知らせることができる。役場のシステムですからお金もかかりません。そして基本的に受注は早い者順にしています。注文のファクシミリが届くと受注できたおばあちゃんたちが一斉に走って外に出て行き、発注のあった葉っぱを1時間後には揃えてくれるのです。
おばあちゃんとITを結ぶ
2つ目が高齢者専用パソコンです。私は上勝町の山を商品棚だと見立てています。これは、コンビニの商品管理の方法を、参考にしました。小さい町だからこそ、必要なものを必要な時に出荷できるシステムの構築が必要だと考えたのです。商品棚を管理するためにはシステムとデータが必要。だから、おばあちゃんたちにどうしてもパソコンを使いこなしてもらわなくてはならなかったのです。経済産業省の公募事業に応募し採用され、1億6百万円かけ、高齢者専用パソコン導入事業に取りかかりました。このパソコンの特色は、マウスの代わりに大型トラックボールを採用、キーボードも専用にしました。高齢者に分かりやすい表示にするため、色が変わる専用ブラウザの採用と工夫が凝らされているのです。また、自分のやったことが自分のものになるのは、人間のモチベーションが上がる最大の要因です。このパソコンには、おばあちゃんたちの見たい情報が入っています。個々人の売上やランキングも分かるようにしています。これは後で分かったことなのですが、競争意識がいちばん燃えるのです。あるおばあちゃんが私に言うんです。「横石さん、3日間旅行に行くんだけど、あの人に抜かれないだろうか」と心配しているのです。「何でそんなこと聞くの?」と尋ねますと、「抜かれないと分かったら安心して旅行が楽しめるから」と。
習慣を変えるスイッチ
その他に工夫している点は、主要品目の先読み情報です。これは、1カ月先にどのようなものがどれくらい売れるかというデータを出すことです。これだと「空振り」する確率が低くなり、おばちゃんたちが情報を読んで自分の頭で考えるようになるのです。私がめざしたのは実は「生活習慣からの脱却」でした。それは問題意識がないとできないことなのです。例えば、講演会でどんなに良い話を聞いても、3日で忘れてしまうでしょう。忘れないためには仕組みが必要なのです。仕事から家への帰り道、よほどのことがない限りは誰でも同じ道から帰ります。これは習慣だからです。それを変えるためには、スイッチが必要なのです。その仕組みを作って意識を変える。そうすると自分で考えるようになる。さらに「自分でやってみます」という意識に変わるのです。人間は考えて生きるのと、考えずに生きるのでは大きく違います。脳は訓練すれば思考力は鍛えられるのです。そして毎日やれば必ず変わってきます。情報が自分のものにできるのです。上勝町のおばあちゃんたちがまさにその姿です。
人は誰でも主役になれる
実は商品自体の価値そのものは小さいのです。価値とは地域の魅力です。これを高めていくためには、やはり仕組みが必要なのです。ひと言で言えば、出番の違いで価値が変わるのです。それは「場面」「情報」「価値」。そして、それを動かす「仕組み」です。この四つがしっかり渦を巻く、組み合わせがうまくいきます。例えば、ミカンを売る場合など、それを売る場面を変えるとどうでしょうか。ミカンと一緒にティッシュとゴミ袋をつける。講演会などが開催される情報をキャッチしていれば、そこに向けて配達時間も合わせ、水のペットボトルに対抗できます。これまで存在しなかった需要がここに生まれるのです。自分の商品に今でも価値があると思い込んでいないでしょうか。これまでは素材そのもの価値が7だとしたら活かす力は3で良かった。でもこれからは逆です。素材そのものの価値は3、活かす力が7必要なのです。
葵の御紋
この20年やってきて気づいたことがあります。それは、人が主体的に行動するのは、自分の腹に落ち、納得して初めてできる事なのです。田舎、特に高齢者の方は水戸黄門が大好きです。そしてあの印籠、誰もが見たら「はは〜っ」となります。私は自分の商品に「切り札(自信を持っている所)」を持つことが大事だと思います。切り札があれば自信が持てる。もっと言えば欠点を長所に変える力があるのです。例えば、木登りや物集めをおばあちゃんと若者が競ったらどちらが勝つでしょうか。自分たちの何がどうすごいのかを分かりやすく具体的に話して伝えることが重要なのです。「そうなんだ」と腹に入ることで初めて自信が持てる。自信が持てれば人のマネをしなくなります。
小さくてもいい
いろどりで働く86歳のおばあちゃんは、今でも葉っぱに使う紅葉の種を蒔いているんです。私が大好きな「人は誰でも主役になれる」という話を聞きました。このおばあちゃんは、2つの夢があるのです。1つは自分が後どれだけ生きることができるかという夢。2つ目は、自分は見ることができないかもしれない紅葉を次の世代が引き継いでくれるであろうという夢。「横石さん、私は上勝に生まれてよかったよ」。こんな言葉をおばあちゃんから聞くと本当に嬉しく思います。あまり披露したことがありませんが、実は平成8年に、私は今の仕事をやめようと退職届を出した事があります。すると、退職届を出した翌日にたくさんの嘆願書をおばあちゃん達が持ってきてくれたのです。この時ほど、自分の仕事をやっていてよかった、役立ててよかったと思ったことはありません。人の役に立つことは大事なことだと思います。小さくてもいい、夢が語れる、人の役に立つ、存在感がある、大事なことだと思います。中小企業の皆さんも一緒です。ぜひ夢を持って行こうではありませんか。これからも私は上勝町を誇れる町にしたいと思っています。小さい町の取り組みですが、これからも頑張って参ります。