第9回あいち経営フォーラム第6分科会
《存在価値》
我が社の強み(=存在価値)はこれだ〜自社の『経営品質』を高めよう
村井 良隆氏 (株)あさ開・代表取締役
激変にさらされた業界
当社は明治4年の創業で、村井家の7代目の源三という方が当社を創業したので、11代目の私は「11代目源三屋」という名称で楽天に出店させて頂いています。楽天にお店を出して3年目ですが、売上は楽天だけで2億になります。先日、父の日1日で2000万売れた商品が「飲みくらべセット」です。日本酒の楽しみの1つは「呑み比べ」です。日本酒には色々な味がありますが、1度に色々な種類を飲む事は滅多にありません。この「飲み比べセット」は季節のお酒が5種類入って、楽天の去年のグルメ大賞を受賞しました。こうなると価格競争は全くありません。価格競争を全く受けないという商品開発が当社の強みでもあります。酒類業界は、戦後昭和30年代からは順調に伸びてきた業界ですが、昭和48年をピークとして消費は頭打ち、下り坂に転じました。約1000万石が清酒の消費のピークでしたが、平成18年には400万石を切り、この約30年間で6割もの消費が減ったことになります。しかし実は、昭和48年から平成5年までの間の20年間では1割しか減っておらず、この一気に半減したその後の10年間が我々の業界にとっての大激変期でした。
消費量が一気に半減
清酒の消費低迷の原因の1つに、成人のアルコール摂取量の減少があります。団塊の世代の人たちは頑張って飲んで下さる方が多いのですが、若い人たちはほとんどお酒を飲みません。そして酒類を取り巻く環境の変化、他酒類との競合の激化(グローバル化)、消費者の変化、日常生活の変化もあります。昔は若い人たちは給料を貰うと、友達とご飯を食べに行ったり、コンパに行ったり、お酒を飲みながら色々情報交換をしたものですが、今は全部「携帯電話」で済んでしまいます。景気の長期低迷、官官接待の問題、規制緩和と共に発生した規制の強化等の問題もあって、アルコールが飲まれなくなりました。また流通構造の変化も大きな要因です。当社の1995年のデータでは、売上の80%は小売酒販店・酒屋さんから消費者に渡っていましたが、去年の数字は小売店からお酒を買っているお客さんは7%しかないのです。
あなたの会社は必要か
当時、当社の売上のピークは20億、売上高粗利益が32%、原価率は68%、大体業界の平均値でした。単純計算で6億の粗利益、総経費が5億5000万位、結果的に経常利益で5000万残ります。頑張って売上を毎年2〜3%伸ばせばいいという感覚でした。ところが売上は落ち始めるわけで、落ち始めると大変です。売上が1億減ると3000万利益が減る、同じペースで売上が1億づつ減っていけば、5000万しか利益がないわけですから2年で赤字です。結果的にそれが資金繰りにも影響して、自転車操業です。大変だ大変だという中で、どうする手も見えませんでした。そんな時に経営品質と出合ったのです。
経営品質との出会い
1999年から経営品質の勉強をはじめて、理解できなくてあきらめかけた時に、大久保寛司さん(日本経営品質賞推進委員、人と経営研究所・所長)の記念講演に出ました。大久保さんは経営品質の「け」の字も、評価基準の「き」の字も言いません。お話されたのは「あなたの会社は必要かどうか」ということでした。その時に初めて、経営品質というのは難しい勉強をすることではなくて、自分の会社を地域にとって必要にすること、自分の商品をお客様にとって必要でありつづけるようにしつづけることだと解りました。自分の商品を必要としているお客さんをいかに探すのかがとても重要だとわかりました。
背景に思いをはせて
早速、全社員で「私達のお客様は誰か」「その顧客満足を上げるには?」というグループ討論を、のべ40時間行いました。色々な意見が出ましたが、ビン詰め作業をしている社員の「お客さんがこのお酒の蓋を開けやすいように、そして喜んで飲んでくれると良いなと思って作業している。」という話に、皆の目からウロコがぽろっと落ちたのです。「お客様が蓋を開ける時、そこは喜びの場であったり、旬の食材を楽しむ場であったり、1日の疲れを癒す家庭でのひと時であったりする。お客様はその喜びや楽しみやくつろぎを膨らませるために、当社の商品を買ってくれている。お酒という商品をバックグラウンドに、蓋を開けるお客さんの思い、或いは、我々がどういう思いで開けていただきたいと思って作るか、が非常に重要なんだ」という結論が出た瞬間、当社は「酒を作る会社」から「お客様の食の場の喜びや楽しみやくつろぎにお役立ちをする会社」へと、一瞬にして変わりました。
売上を落とす決断
当社は経営改革をしていく中で経営品質を重視しました。経営品質には8つのカテゴリーによる評価基準と、4つの基本理念(「顧客本位」「独自能力」「社員重視」「社会との調和」)があります。当社は自社の経営理念に並行して、経営品質の基本理念に沿って経営の形を変えてきました。「食の場のお役立ちをする会社」に変わった事によって、エリアや行政区という区割りは全く関係なくなり、当社はメーカーですから商品さえ持っていけば、行こうと思えば全国どこへでも行ける、という強みがあります。それまでは岩手県140万の県民を対象にスーパーマーケット、ディスカウントストア、酒販店、コンビニ等、全ての流通ルートを確保し、売上を最大限に伸ばそうという努力をしてきました。しかし、お酒自体の消費が将来的に非常に厳しい状況で、どういう規模の会社であれば、私達は食べていけるのか考えた時、「売上を20億から15億に落とす決断」を下しました。売上は20億から15億に落ちましたが、ただ落ちているのとは違います。去年の決算は、売上が約15億、粗利率がかつて32%だったものが42%になりました。20億で30%の粗利益で6億、15億で42%の粗利率だと6億ちょっとですから粗利額は落ちていません。結果的に売上が15億になって、粗利率が10%改善して、去年の決算の経常利益は14%です。粗利益額は変わっていませんから総経費が減っているのです。最終的には利益率を上げています。
顧客をプロファイル
お客様を設定するという事は、自社の生存領域をどこに持っていくかを決めるという事です。自分達の生存領域を選択し集中して、それ以外を断念しても成り立つという経営判断で思い切った結果、収益率が上がりました。そうなった時に15億の売上で粗利益がこのくらいで、固定費はこのくらいで、そうしたら社員50人の1人あたりの年収がこのくらいになるよ、という夢がそこに描かれるんです。その夢に向かって今できる事を1歩ずつ進めているのが今の状態です。50人の全社員の共通の夢が皆理解できれば、それに向かっていく段階では、皆が同じように努力できます。見えてきたのは「お客様名簿の充実により個別情報の自発信、目標3万名」というものでした。そこで重要な事は、お客様と出会うことに慣れること、いかにお客様に出会う事が重要かに気が付くことです。そのために全社員で試飲即売会を始めました。
社員の気づき
試飲即売会を行うと言った時に、人前に出るのが嫌な社員は沢山いました。当時ラベルを貼る機械を担当してた女の子もそんな1人で、凄く真面目で大人しくて、でも人とはあまり話しができない、ミーティングでもひと言もしゃべらない子でした。しかし、先輩社員達の援助で送り出され、5泊6日の試飲即売会を見事にやり遂げて帰ってきました。びっくりしたのは次の朝礼です。それまで朝礼でしゃべった事もない彼女が、「私の仕事では、ラベラー機械のラインの他に仕掛品の仕上だとか、包装だとか、色々な仕事が発生します。
最近の商品は封緘紙がついていたり、リボンを結んだり、色んな仕上作業が発生します。昔はラベルだけ貼ればよかったのが今は仕上作業が大変で、全部手作業で何で会社はこんな面倒な商品ばかり作るんだろうと思っていました。でも横浜の試飲即売会でお客様は、私が1番面倒に思っていた商品を最初に指名してくれて、私達が面倒くさいと思って作業しているものには、お客様の価値が生まれているんだという事に私は気がつきました。これからもっと素敵な商品をビン詰め工場で作りたいと思います。ありがとうございました。」と挨拶したのです。私は社員満足とはこういうことだと思いました。
「百人のお客様」を描く
経営品質の基本理念「顧客本位」を実践し「独自能力」を発揮するのは、あくまでも社員です。例えば社長が「お客様第1ですよ」と言っても、配達のトラックを運転している社員が雪解け道で泥をかけてしまったら、その瞬間その人は「2度とあさ開なんか買うものか」と思われるでしょう。経営がどんなに高みを目指しても、それを壊すのは社員のちょっとしたミスなのです。それを無くしていく為にも、社員に今自分達がやろうとしている事を理解してもらう事が重要だと思います。そのために僕は「世界がもし100人の村だったら」を「あさ開のお客様が100人だったら」と読み換えて、これを毎年1回行っている全社員大会で、過去の100人、現在の100人、未来の100人、というようにグループ討論をしながらまとめ上げます。
全社員の理解
例えば今年は「あさ開のお客様が100人だったら、岩手県内のお客様が60人でそのうち43人は盛岡市にいます。県外の37人の客様のうち4人は通販で直接あさ開とつながって頂いています」という状況でした。この後には「純米酒を飲んでくださっている方が何人で、生酒が何人で」と続き、単純にいうとマーケットシェア分析をしているのですが、「マーケットシェア」では、営業マンは理解できますがビン詰めのおばちゃんは理解できません。しかし「100人」に置き換えると全社員が理解できるのです。この100人が最終的には3万人になればいい訳で、そうすると社員は具体的にお客様のイメージや会社の将来性・イメージを思い浮かべる事ができました。
目標達成はできる
ですから当社は来年の目標を決める時には、みんなで全体の来年の売上目標を決めます。それが「あさ開のお客様が百人だったら」なのです。来年は全体の売上を2%増やそう、という話しになりますと、それはこの100人を102人にするということです。そして盛岡市で増やすのか、岩手県で増やすのか、品目は何で増やすのか。純米酒か、飲食店か、通販か。0、5人は通販で、0、5人はデパートの試飲会で増やそう、全体でこのようになれば102%の来年の売上目標はできたことになります。目標達成は、社員ができると思ったら絶対できます。逆に言うと、社員にとって目標が良くわからなければ、絶対に目標は達成できません。「来年は100人のお客様を102人にします。何をどうすればいいか、皆でグループ討論で考えましょう」と言えば皆が理解できて、何をどうすればいいかが解り「できる」と思って取り組めるのです。
経営者の責務
「企業の生き残り」は、環境変化によって生じる色々な現象と、自社の強みや自社の得意技との接点をどのように捉えるか、にかかっています。時代の中で環境が激変しているのに自社の取り組みが変わっていないとしたら、例えば自社の商品、意思決定の方法、社内の組織、教育の仕方、社員の待遇等、変わっていないものがあるとしたら要注意です。
変わっていないことに対して疑問視、否定をしてみないといけないと思います。その時に大切なのは、より経営理念に近づく為の創造的破壊である事です。そして、そのように否定をして変化をつけられる、変えることができるのは経営者しかいないのです。
(文責 事務局 浅井)