第52回定時総会 第2分科会(4月23日)
『労使見解』の今日的意義 〜人を生かす
広浜 泰久氏 (株)ヒロハマ(中同協幹事長)

人間尊重の経営
わが社では、一斗缶のキャップや取っ手などの部品を作っています。業界は成熟から衰退に入っていますが、自社は毎年売上を増やしています。創業以来50年間、2番手でしたが、2002年にシェアが逆転し、業界トップになりました。人の問題には向き合ってきたつもりでいましたが、何をするべきか分かったのは、「労使見解」と出合ってからになります。
人間尊重の経営の基本は、次の3つの側面から考えることができます。第1は「個人の尊厳性」。社員一人一人が今日より明日、明日より明後日、より素晴らしい自分になろうとするマインドが出発点で、そういった環境をつくることが私たちに課せられた課題です。そこで大切なのは、独立自尊と自助努力です。「どうせ私なんか」という自己卑下と、うまくいかないのを周りのせいにする他者依存は、自己の成長を妨げます。
自社では社員の成長を促す人事管理制度があり、できなければいけない仕事と給料、評価、教育の4つが連動する形にしています。一人一人が何に対して努力しなければならないかを、目に見える形にしました。
発言の影響力を自覚
第2の「生命の尊厳性」では、相手の素晴らしさを発見するところまで踏み込むべきだと思います。上司と部下の関係でも、自分の良さを一番分かってくれる相手であれば報・連・相を欠かしません。相互尊重できる関係づくりが必要ということです。また、社員は経営者が関心を向けてくれているか否かに敏感です。多くの経営者が忘れがちですが、私たち経営者の発言には大きな影響力があると意識しないといけません。
第3の「人間の社会性」は、あてにし、あてにされる関係を築いていくことと、分業による成果の増幅を指します。
私は同友会の先輩から、「人間は、人に何かしてあげて喜んでもらえたら嬉しい。そして、会社が存在する意味は、1人でできないことを最も効率的な分業の仕組みで行うことだ」と言われました。
私自身、何が嬉しいかと考えた時に、お客さんに応えていくこと、社員を幸せにすることが頭に浮かびました。それを経営理念にし、社員に伝えると、「私たちも、自分だけでは大したことはできませんが、会社という組織があるからこそ社会にも貢献でき、それを嬉しく感じています」と言ってくれました。会社の仕事は1人では完結しないことを、互いに確認しなければなりません。

人間としての素晴らしさの活用と工夫
女性・高齢者・障害者の雇用については、それぞれの良さの活用と工夫が必要です。自社では育児休暇や介護休暇制度を整え、過去5名の方が出産をし、会社に戻ってきてくれています。職能資格制度によってキャリアを積み重ねてきた女性にとっても、1年間休むだけで、その先の人生設計が狂ってしまうのはもったいないと思っています。
高齢者雇用については2パターンあります。1つは長年勤務している方です。再雇用の条件として給料が下がるのでコストパフォーマンスがよく、働く側も、他で働くより自分の力が生きると言え、会社にとって大切にしたい人材になります。もう1つは、新たに採用する人です。この人たちに荷運び等のキャリアアップにはならない仕事を担ってもらうことで、若者には別の仕事を回せます。
障害者の方には単純作業を担当してもらい、給料の高い人が「自分にしかできない仕事」に取り組めるようになりました。そもそも、作業割り当ての認識が甘いと、本来の仕事にかかれず残業が生じるなどの無駄が発生していたりします。障害者雇用と併せて課題としたいところです。
経営指針に基づく経営
社会性・人間性・科学性のレベルアップのためには経営指針に取り組む必要があります。経営者には「どんなことがあっても会社を維持し、発展させる責任」があり、そこに反論の余地はありません。しかし、実態が債務超過であった場合、社員の生涯設計に対して責任が持てるかは怪しくなります。
また、「少ない給料で夜遅くまで働いてくれて、本当にいい社員だ」と自慢気に言う経営者がいますが、社会性・人間性・科学性から見てどうなのか疑問です。バランスよくレベルを上げるためにも、経営指針に基づく経営しかないと確信をもって言えます。
私の出身支部でも「道徳的な言葉でごまかすな」という合言葉があります。これは科学性を指し、数字でモノを言う癖をつけることを意味します。経営者は、損益計算書、貸借対照表、キャッシュフローなど、そこに出てくる数字の意味が全て分かり、社員に説明ができないといけないのです。
指針に全課題を織り込む
経営指針を作り始めた頃に数字目標を立てたいと思い、納期遅れ件数を社員に聞きました。皆が口を合わせて言うのは「多いですよ」という言葉で、具体的な数字は誰一人把握していません。実際に数字をとってみると、1カ月に300件程もありました。
「多い」という話と「具体的な数字を出す」のとでは、社員の取り組み方が全く違ってきます。キャップは1200種類あり、昼までに注文を受けたら翌日には納品する形ですが、数字で捉えるようになってからは急速に改善が進み、去年からは年間通して納期遅れゼロになっています。
指針を作る上で絶対外してはいけないポイントは、全ての課題を織り込むことです。社員との信頼関係がうまくいっていない所、業界の悪しき風習やドロドロした部分などにも目をそむけずに、指針に盛り込む必要があるのです。
最後に、「経営者の覚悟」です。経営指針に書いてあることはきれいごとだと、周りからの批判もありますが、重要なのは、そのきれいごとを本当にやり切る覚悟を持てるかどうかです。お客さんの役に立とう、社員を幸せにしよう、そのために人を生かそう、自分自身が誰よりも強い想いを持ち、ぶれずに言い続け、やり続ける。そこに、経営者の覚悟が現れるのではないかと思います。
【文責:事務局 下脇】