第53回定時総会 第4分科会(4月22日)
中小企業を取り巻く情勢

〜経済のグローバル化と愛知県の産業構造変化

梅原 浩次郎氏  愛知大学中部地方産業研究所研究員

愛知県の産業構造変化を踏まえ、これからの企業経営を考える

中小企業が目指す産業構造と果たす役割

2008年の世界経済危機(愛知経済を問題にする場合は、トヨタショックと称す)と11年の東日本大震災の影響を受け、愛知経済は様変わりしました。地域経済に大きな影響力を行使してきたトヨタをはじめとする製造業は、海外生産への軸足を更に移しました。同時に、雇用問題にみられるように、私たちの生活そのものにも大きな影響を及ぼす変化が生まれています。本分科会では、「経済のグローバル化による産業構造変化」と、同時進行する「非正規雇用化などの雇用構造の変化」という2つの視点から、中小企業を取り巻く情勢と、めざすべき産業構造、中小企業が果たすべき役割を考えました。

産業空洞化と雇用の劣化

1991年半ばにバブル経済が崩壊して以降、90年代から2000年代の日本経済は「失われた20年」と呼ばれ、現在も経済見通しが立ちにくい状態です。この長期停滞の要因には、「輸出企業の新興国への本格的進出」と「国民の消費購買力の低下」があります。

前者の輸出企業の新興国への本格進出は、経営資源の移転と現地販売という狙いがあります。特に08年のトヨタショック以後は、それまで国内から海外へ輸出していた輸出企業が、本格的に海外での現地生産や販売への転換を加速させました。つまり、日本という国民国家のなかで相当部分を生産していたものが、本格的に日本を超えて国外で生産する事態となり、国内産業の空洞化を進行させたといえます。

途上国と単純に比較すれば、日本の賃金水準が高いことは確かです。このことを理由に、国内では「雇用の劣化」、つまり労働規制を緩和し、正規雇用者減少と非正規雇用者増加で、雇用を不安定なものにしました。日本の労働人口5300万人のうち3300万人(全体の6割)が正規雇用者で、非正規雇用者が2000万人(同、4割)になっています。「労働者は正規雇用」が当たり前ではなくなっているのです。

また10年の統計では、愛知県企業が県下で雇用している労働者は310万人、一方で愛知県企業の海外雇用者数は68万人となっています。海外雇用者の1%強が日本からの派遣社員であり、その他はすべて外国人です。つまり、日本で雇用できたであろう相当数の労働者の雇用が国内から失われているのです。

企業が海外へ進出するためには、一定の経営判断力や資金等が必要です。大企業は中国やタイで、現地資材調達と生産、販売までを積極的に進めています。一方、国内市場の縮小と共に、やむを得ず海外進出を行う受け身の中小企業も増えています。この受け身の海外進出は、国内の伝統地場産業にまで及んでおり、名古屋市緑区の有松絞、名古屋市や岡崎市の仏壇・仏具・仏像などもその一例です。有松絞は早い時期の1950年半ばより韓国へ、60年代末より中国へ、そして現在ではベトナムへ進出しています。仏壇は中国で生産し、製品を輸入しています。このようにグローバル化は、様々な業種に影響を及ぼしているのです。

国内で企業が生き残っていくには、新しい市場をどう開拓するかが重要となります。その際に、どこの国でも作れるようなモノに着手するというより、例えばパリなどの世界トップのところに出かけて、「日本の伝統地場産業はこんなことができるんだ」と日本でしかできないことを見つけ世界にアピールすることも大事です。

低下を続ける国民の消費購買力

次に、国内で生産したとしても国内で消費できない「消費購買力の低下」の問題です。国民の大多数が「社会への将来不安」を抱え、世代を問わず支出を抑制せざるを得なくなっています。背景には社会保障費の削減や、非正規雇用者の増大があります。国民は収入が少ないなかでも将来起こりうるかもしれない病気や老後に備え、僅かでも貯蓄をせざるを得ません。

こうした中では、消費購買力が旺盛に発揚されることはありません。現在は、以前のように古いものを捨て、新しいものを次々と購入するというような「大量生産・大量消費社会」ではありませんので、国内における企業の設備投資額も、落ち込みを見せています。

そして、少子高齢社会という問題もあります。子供を生み育てるという人間として当たり前ともいえる営みすら、30年程前とは異なる厳しさがあります。結婚や出生数の減少も起きています。また女性の社会進出だけでなく、非正規雇用による所得水準の低下に伴い、子供を保育所に預けて働かざるを得ないという状況は一層起こりやすくなっています。待機児童問題もここを見なければ、問題の本質を見誤ることになります。

国民を取り巻く社会・経済的環境がどうなっているのかという視点で世の中を捉えることが必要です。このままの趨勢が続けば、今後も国内の消費需要の落ち込みは続くことになるでしょう。

双子の赤字という新たな困難

これまで日本は資源小国で輸出立国といわれてきました。しかし貿易収支(輸出と輸入の差)を見ると、従来は黒字であったのに、現在では赤字に転じています。さらに海外投資を対象にした所得収支(日本企業が外国で得た収益と外国企業が日本国内で得た収益の差)を見ると、収益はずっと黒字で右肩上がりです。そして、愛知万博が開催された2005年を境に、所得収支は貿易収支を上回り、日本経済は貿易立国から投資立国に変わっています。問題は、貿易収支は赤字に転落したが、その貿易赤字を所得収支でカバーできるのかということです。カバーできなくなるのも遠くない感じがします。

政府は市場に大量の資金供給を行う異次元の金融緩和によってインフレを起こそうとしました。輸出企業は円安が都合よく、インフレになればデフレ時よりも収益が上がります。逆に輸入業者は、輸入経費が上がり経営を圧迫します。電力会社では原料となる原油輸入のために電気料金を上げました。「双子の赤字(財政赤字と貿易赤字)」という新たな困難に直面し、為替レート、国債、株価等の暴落を招きかねない危うい状態が推移しています。

人間は、経済環境の緩慢な変化には対応できますが、急激な変化には対応できずに悲劇を招きかねません。愛知県の製造業は、他府県と比較しても輸送用機械に特化して自動車産業の強さがあります。同時に、その産業が危機に陥れば経済界は大きな影響を免れないという脆弱性にも注視する必要があります。トヨタショックの時、愛知経済は自動車産業と共に落ち込みました。そこからの教訓は、自動車産業とは別の、もう1つの優位性のある産業を持つことが必要だということです。

ところで名古屋市に限っていえば、産業における製造業の比率は極端に減少しています。これまで産業や文化は、モノづくりの革新によって支えられてきたといえます。大都市であっても都市のモノづくりが凋落すれば、危機的事態を迎えることは目に見えているのです。

世界経済危機と東日本大震災後の変化

トヨタショックと東日本大震災の前後を通しての変化を見てみましょう。

トヨタ自動車は生産のリスクを分散させるため、1990年代から工場の全国的分散をめざしました。しかし、2011年の東日本大震災では大きな影響を受けてしまいました。それは工場の全国的な分散配置を図りつつも、工場間がジャストインタイムで結びつけられた全国的な連鎖の一環に位置づけられていたからです。このため、その連鎖が切断されると、全国のすべての工場が機能不全に陥りました。

そこで現在では、愛知一極集中ではなく、東北や九州への完結性のある3拠点体制を強化しています。世界では5つに分割し、独自に開発や生産、販売戦略を練る構想へ転換したのです。この転換に伴う地元愛知経済への影響は少なくないことは、いうまでもありません。

自治体の法人税収入は、トヨタショック前と比較すると落ち込んでいます。自動車関連産業に大きく依存している各都市の法人税収入は、落ち込みが激しいです。高浜市を例にすると、近隣の碧南市と比較して法人税収入の落ち込み方に違いがあります。地域を支える産業構造が異なり、高浜市では自動車産業以外に窯業やその他の地場伝統産業によって地域経済が支えられていたからです。

このことから、自治体財政が安定するためには産業のバランスをとることが重要です。つまり、ある産業に依存すれば効果は大きいですが、一方で非常に大きなリスクを伴うということです。

「中小企業憲章の企業実践が新しい社会をつくる」と力説する梅原氏

安倍内閣の成長戦略

安倍内閣の成長戦略の考え方は「新自由主義」であり、その実態は大企業中心の考え方です。非効率な企業は淘汰され、合理的で効率的な企業や分野へ人為的に経営資源の移動が行われています。

例えば、労働市場政策「セーフティーネット」の問題があります。新規産業と衰退産業は常に社会のなかに存在します。しかし、労働者に必要とされる能力や訓練の質は、産業によって異なります。よって、労働者個人にその必要とされる能力の向上を任せても、衰退産業から移動した労働者は、新規産業へ吸収されずに大量に滞留してしまいます。

その意味では、労働者が新規産業へ不安なく移動できるような能力開発を、どう実現していくのかが重要な社会的課題といえます。生活保障が無いままに労働市場政策が進めば、労働者の賃金低下を招き、雇用不安を社会全体に与え、社会の消費力をも低下させることになります。

デンマークの事例から、これからの日本には「もうひとつの道がある」ということを中小企業の経営者にご理解いただきたいと思います。デンマークでは、「仕事を守る」のではなく「労働者を守る」という基本的な考えがあり、転職しても正社員であること、また手厚い失業手当の給付期間が最長4年間あります。失業から12カ月後から職業訓練が義務づけられ、それまでは心身を休めることも可能で、失業しても安心して生活することができます。

重要なことは、経済・社会を構成しているのは私たち人間だということです。人間を大切にする政策が必要であり、特に時代の変化に適合しなくなった産業で働いている人には、新しい産業に従事するための労働訓練を受けることができる、そんな政府による社会的な政策がいま必要といえます。

グローバル化の意味と中小企業の役割

近代の始め頃から、国内で活動する企業の繁栄と国民経済の繁栄は、ほぼ同義でした。しかし、経済のグローバル化が進んだ今日、海外で労働者を雇用し海外で活動する企業の利益と、国内への利益の還流は乖離している状況です。そのために、国内で雇用が創出できる産業をどのようにつくりだしていくのか、そのことを日本経済の基本戦略として考えなくてはなりません。

日本は領土が小さく経済資源が少ないといわれますが、実際はどうでしょうか。日本には1億2700万人の国民がおり、大きな市場規模が国内にあるということです。EU諸国のうち最大のドイツ8000万人、イギリス、フランス、イタリアの6000万人台と比較しても、それを凌駕する人口です。この大きな市場規模を日本の豊かさのためにどのように使っていくのか、ここに日本の将来があると思います。日本の領土・領海は、全長で約3000km余、それを包含する排他的経済水域があり、決して小さくはありません。この優位な資源をどう使っていくのかを考えることが重要です。もちろん、外国貿易が不要なものといっているわけではありません。

どの国を見ても、大企業だけで成り立っている国はありません。大企業には大企業の役割があり、中小企業には中小企業の役割がそれぞれにあります。中小企業憲章にあるように、中小企業の新しい秩序を中小企業側から訴えていくことが重要になります。それにより日本の社会全体のあり様が一歩前進していくものと確信します。中小企業の発展を心より期待しています。

 

【文責:事務局 墨】