第6分科会「なぜ経営者が障害者問題か〜生産性と人間性の両立をめざして」
薗田一成氏愛知萌食品(株)・社長

プロフィール
愛知萌食品(株)、創業1935年資本金1050万円年商9.75億円社員数40名業種もやし・カット野菜製造、販売
障害者雇用のきっかけ
現在、当社では5名の障害者が勤務しています。1名が事務職で、4名がカット野菜の部門で働いています。この部門はこの他に60歳以上の方が11名います。学生時代にある方と出会いました。その方は障害者雇用や社会的弱者への奉仕活動をされている方で、障害者・弱者に接する姿や考え方に私は影響を受けました。「自分さえ良ければよいのか」の一言が、私が障害者と関わる原点になりました。当時の私は「障害者は皆、仕事熱心で、手話もできるもの」と思っていました。しかし、実際に仕事にきて頂く中で、必ずしもそうではないことも経験しました。特に手話が出来ない方とは、コミュニケーションをとることで苦労しました。第3青同で手話の勉強会を行いました。実際にろうあの手話の先生から学びました。勉強会の打ち上げはたいへん盛り上がりました。手話でそんなに盛り上がるのか、と思われるかもしれませんが、「心と心でコミュニケーションできた」充実感でたいへん楽しかったです。
勤務状況の紹介
(1)Hさん(25歳・女性)内臓と下肢に障害がありました。当時、当社のトイレは和式。彼女は足が曲げられないのでつらかったでしょう。ちょうど、食品会社としての衛生面からもトイレの改築を考えていましたので、洋便器を2台増設し、高齢者にも喜ばれました。通勤は枇杷島の駅から歩いて20分、健常者の2〜3倍の時間をかけて通ってきます。主に、ネギの前処理とパック詰め担当で作業的には健常者と変わらないので賃金も同じです。
(2)Wさん(36歳・男性知的障害)昨年7月からキャベツの外葉むき、ダンボール箱の整理、コンテナの洗浄をしています。キャベツの仕事は1ケース約10キロ。それを1日7〜80ケース処理します。虫が入っていたり腐れが起こっていたり、高齢者や女性パートさんが嫌うきつい仕事でした。彼は黙々と務めて、最近は、玉ねぎにも挑戦してくれています。ある雨の日、Wさんがずぶ濡れになりながら屋外でコンテナを高圧洗浄機で洗う作業をやっていました。何で辞めさせないのかと社員に対して腹が立ちましたけれど、仕事に本当に忠実な姿に心打たれました。今は屋内作業です。
(3)Yさん(22歳・女性知的障害)ネギのパック詰のふたをする作業と、レタスサラダのコンテナに50個詰めるのを専門にしています。最初、雇用したときに彼女は10までしか数字が数えられないと聞いていたので、なぜ、どういう風にやっているのかということで不思議に思ったので主任に聞いたところ、3列かける4個を4段、プラス2個を上に載せるということで、3と4と2が分かれば50個は詰められる。形で覚えるということでした。私はとてもそんな仕事は無理だと思っていたので、これをやらせた主任には頭が下がります。
(4)Nさん(37歳・男性精神障害)大変責任感が強い。言われた仕事は全部済ませないと気がすみません。より早く、沢山やらないと気がすまない。自分の仕事にブレーキがかけられないという病気です。見方を変えると理想の社員さんのような気がしますが、ちょっと無理をしますと夜眠れなくなり、多汗になって最後は体調を崩すという症状が出ます。最近は、ネギの出荷管理をやってもらっています。この仕事の采配をしてくれたのは工場長です。
現在では会社の宝
先日の水害のとき当社も水没しました。その復旧作業でのことです。9月12・13日はまだ水が引かずにとても手がつけられない状態でした。14日から実際の復旧作業が始まりました。従業員のほとんどが近所なので被害にあって出社できません。そんな中で、仕事にブレーキのかけられないNさん。彼は名古屋市に住んでいますので一番大変な時、まだ暑い中を自転車で駆けつけてくれました。泥だらけ、汗だらけになって朝早くから、日が暮れるまで、みんなやっているので帰れませんでした。私も「無理したらあかん。帰って」とは言いましたが、助かったのも事実です。その後、やはり4〜5日後体調を崩して休みました。仕事がないからよかったのですが、片付け作業で消耗させてしまったと責任を感じています。出社してくれた人の中には66歳と73歳の男性がいました。大変元気です。若い人に比べるとどうしても作業能率はあまり良くないのですが、工場の機械や備品は知り尽くしていますし、復旧作業の中では非常に手際のいい作業をしてくれました。本当に頼りになります。シルバー部隊と呼んでいます。Nさんにしても高齢者にしても、本当に会社の宝だと思いました。Wさんは同じ町内に住んでいて、やはり水害に遭いました。ようやく会社が片付き始めた20日過ぎに母親から「まだ片付かないのでしばらくはいけません」と電話を頂いて気がつきました。迂闊でした。彼は78歳の母親と90過ぎで寝たきりのおばあさんの3人暮らし。あわてて妻を手伝いに走らせたのですが、かろうじて寝るところはあるが、ほとんど手つかずという状況でした。妻は、近くにいたパッカー車(ゴミ収集車)とボランティアに事情を話して、狭い路地にパッカー車2台を引っ張り込んで、10数人で片付けたという一件がありました。終わった頃に私もうかがいました。お母さんが涙を流して喜んでくれました。良かったなと思う反面、周りしか見えなかった自分を情けなく思いました現場の社員に支えられながら、地域に根ざした雇用を地道に続けることで、結果として社会貢献になればいいと思います。あきらめずにみんなで助け合ってやっていって障害者が問題として取上げられることのない日本になればよいと思います。
【文責事務局・服部】
「分科会に参加して」(感想)後藤武雄・(株)名西住建
薗田氏の会社では、障害の程度と本人の性格や家庭環境などを見極め、社員の理解と協力によって適材適所を実現、生産性を高めています。仕事に対し、他の社員と同等に扱い甘やかさず、向上心が芽生える職種変換し生きがいを持たせる職場環境の整備が行われています。また、障害がある人から言葉以外のメッセージに耳を傾けることも痛感しました。園田さんは、「同情・義務・社会貢献・自己満足などで雇用するのではなく、その人が必要だから雇用する」と言っておられます。障害がある人ができる仕事づくりから周りを見直すことのできた分科会でした。