第36回定時総会記念講演(第二回/三回連載)
「山口 義行氏 立教大学経済学部助教授
行きづまったのは本当は大企業
今は、中小企業にとって嵐の時代ですが、本当に行き詰まっているのは大企業です。大企業が行き詰まっていなければ「持ち株会社を導入しろ」とは言いません。
大企業は今までどおりだとうまくいかない、大企業体制をもう一回構築したい、と考えています。なぜ行き詰まっているのでしょうか。 今、日本の市場は成熟市場に入りました。市場が成熟するということは、「こだわり市場」になっていくことですから、市場が細分化します。自動車などが典型です。
成熟市場はこだわり市場
そうなると大企業は、大量生産大量販売という、いちばんの強みを発揮できません。随分やりにくい時代だ、ということです。
それで大企業はどうしたか。市場の大きさに合った程度の中小企業になろうとしました。自分の体を小さく分けて、分社化します。それを、持ち株会社で統括していく方法が合理的なのです。
大企業が、今の大企業のままではやっていけない、中小企業にならないとやっていけない、という時代になりました。中小企業からすれば、風は自分たちの方向に吹いています。光は当たってきています。
この時代の流れを、自分の力にどう変えていくのか。これが「主体的条件」だ、と私は思います。
「激変消滅」の時代に
では、これは中小企業にとっていい話なのか。そこが難しいんです。市場が細分化して小さくなった、ということは、いつ消えてなくなるかわからない、ということです。つまり、リスクが高い時代になった、ということです。
市場が細かく分かれ、中小企業が活躍できる場がある。しかし、消費者のニーズがちょっと変わったり、自分の知らないところで新しい技術が発明されりすると、それだけで、その市場は消えてなくなってしまいます。
今日は市場の九〇%のシェアを持っていても、少し状況が変わったら、この市場そのものが、明日には消えてしまう、ということが起きえるわけです。
私はこれを『激変消滅』と言っています。市場が中小企業向けになっていく、ということは、激変消滅の危険性が高くなっている、ということです。
この危険性は、自分たちで受けて立つしかない。このリスクをしっかりと背負える中小企業経営者になる以外に道はない、と私は思います。
では、そういう経営者になるためには何が必要か。
下手なサッカーをやるな!
一つ目の課題。これからの中小企業経営者には「変化を位置づける能力」が、絶対に必要です。
変化を位置づけるというのは、平たく言うと「下手なサッカーをやるな」と言うことです。ボールがあるところに全員が集まってしまう。これが下手なサッカーです。
次にボールはどこへ動くのかを見極めて、次のプレーを考える事。つまり、大きな変化の流れの中で位置づけておく。そうすれば、次はどこへ動かなければいけないのか、という戦略が立てられます。 大きな流れの中で、今の変化を位置づけていく、という能力が、これからの経営者にとって、決定的に重要になります。
サイコロ的に見る立体的思考を
どうしたら私たちはこういう能力が身につくのでしょうか。それは、事柄を多面的に見ておくことです。 これを『立体的思考』と言っています。今はある事情で、一番上の面だけが見えるけれど、本来は常に多面的で、いろいろな側面があります。こういうことが大事です。
変化というのは、サイコロが転がるように変化しています。いちばん下に沈んでいたものが、今度はいちばん上になったりします。変化はこうして起きます。 ですから、いろいろな側面で事柄を捉えていないと、いつも下手なサッカーになってしまう可能性があります。これは日本人がいちばん苦手なことなんです。
マーケティング的近視眼になるな!
もう一つ重要な課題は「飛躍を可能にする発想と発想力」です。大きく飛躍できる能力や発想力を持ってない人は、これからはやって行けません。
先程「市場が細分化している」という話をしました。しかし市場が小さいということは、ニーズが変わったり、新しい技術が発明されたりしたら、消えてなくなてしまうかもしれない。
そうすると、皆さんは、次の業態、新しい業種に飛躍するしかない。この飛躍がいつでもできるような発想力がないといけない。
知らないうちに、そういう飛躍ができないように、自分の発想を小さくしてしまっている。自分で自分を縛りつけてしまっている。まずは、これを解かないとダメです。
マーケティングの用語の一つに、「マーケティング的近視眼」というのがあります。長く同じ仕事をしているうちに、自分の仕事を狭く捉えてしまうことを言います。
自分の会社は何をする会社?
千葉同友会に、歯科技工士さんの会員がいます。その人がこういう話をしました。「うちの会社は歯を作って売る会社ではない。うちは、激烈な競争の中にある歯医者さんの治療活動を支援する会社なんだ」と。 その人は、どうやったら歯医者さんの支援ができるか、という視点で、自分の会社を全部見直し、すごいことを発見する。何か。
インフォームド・コンセントです。患者さんに治療の仕方を説明して、納得してもらって治療する、あれです。これは、十年も前から言われていたことです。 ただ「これが市場になる」と思った人は日本はもちろんのこと、世界中でも誰もいない。治療の仕方を説明する道具を売りに行ったのは、世界中でその人だけです。大ヒットです。内科医からも、「来てくれ」の声。通産省はその人に優良ソフト開発賞というのを与えました。
なぜ変われたか。明らかに飛躍をしたんです。それではなぜ飛躍できたか、というと、「自分の会社は歯を作って、売りに行く会社ではない」と思ったからです。近視眼にならなかった。そこから出発したからです。 皆さんは、何を売っている会社なんでしょうか。自分のところは一体何を売っている会社なのか、これをもう一回、近視眼的思考を外して見直してみる。
これを常にやっておく。そうでないと、変化に対応できないし、飛躍はできません。これができる人でないと、構造改革の嵐の中を生き抜くのは大変だろう、と思います。
【文責 事務局・井上】