第14回労使問題全国交流会(8月1・2日群馬)基調講演より
働きがいのある企業づくりと社会的資産制度の改革提言を
永山利和氏日本大学商学部教授
経済の世界化で閉塞感漂う日本経済
私の報告のねらいは、閉塞感漂う日本経済をどう切り開いていくか、その基礎には人間をどう大切にするかということがあるのではないか、ということです。閉塞感の生まれる基本的前提は、経済の世界化が進み、世界経済が非常に緊密度を増しているのに、日本経済が対応しきれない点だと思います。経済の世界化の特徴は、(1)人流や物流に加え、技術の発達によって通信や情報が世界的な規模で運用されるようになった、(2)これを追いかけるように金融の世界的運用が可能な仕組みを急速に整えてきた、(3)WTO(世界貿易機関)という国家の制度や施策を左右する力を持つ国際機関が成立した、(4)各国が協調して制度や国内政策を調整し、世界化に対応した政策づくりを進めている、ことです。労働基準の世界化も進んでいます。日本は、国際労働基準といわれるILO条約、現在百七十八本のうち、四十三本しか批准しておらず、先進国中最低の批准数です。しかし、WTOができてから、労働条件をWTOの協議対象にするよう、毎年ILO総会で提案しています。労働基準の世界化もより大きな機構に連動し始めています。その中で日本はかなり呻吟しているといえます。大企業の進めたリストラの効果として、リストラを支えた中小企業は、まだ水面下に沈み、大都市の経済も、バブル崩壊の打撃から立ち直りかねています。新たに業種間の不均衡も増大しています。問題は、日本経済の先行きが見えないことです。日本的経営で世界に乗り出すのだと言っていた八〇年代から、わずか十年足らずの間にこのような閉塞状況になってしまったことを冷静に見つめ、対応していく必要があります。
大きな転換見せる日本の中小企業政策
こうした中で、日本の中小企業政策も大きな転換を見せています。企業グループを越えた下請けの再編成や、中小企業の「自立化」の促進、下請単価の決め方についても、国際価格を念頭に置いた価格設定を求められるなど、中小企業を大企業の世界進出への土台にしてきた八〇年代までと対比すると、大きな変化です。現在行われている中小企業政策のスタンスがどこにあるかは、政府の中心政策である規制緩和政策の中で、見ていく必要があります。これまで近代社会の政策は、次の二つの経済ルールに乗ってきたと思います。第一は、労働規制を前提にした企業間の競争ルールであり、もう一つは、営業の自由と独占の規制という公正競争ルールです。日本ではこの経済ルールがどうなっているかといいますと、労働規制については、七〇年代から非常に緩くなってきています。九五年にOECDが加盟国二四カ国を対象にた行った調査によると、日本はもっとも労働分野で規制緩和の進んでいる国でした。また公正競争ルールでは、大店法の撤廃に見られるように、中小企業分野をいっそう競争化する反面、持株会社解禁では、すでに事業持株会社が一九四七年、五三年の改正で自由になっており、大企業にとっての規制緩和という点では日本は十分に緩和されているなかで、世界経済化を迎えたわけです。
労働者保護から労働力活用政策へ
その中で、日本の労働政策は、一言で言えば、労働者保護政策から労働力活用政策へ変化しており、経営者にとってはいっそう恵まれた状況が進んでいるといえます。特に大きな変化は、七〇年代のオイルショック以降起きています。そのときの大きなテーマは、雇用調整をどう進めるかということでした。次には、高齢者雇用、定年延長を手段に使い、年功序列賃金から能力中心の賃金体系の導入を進めました。八五年のプラザ合意以後、日本の長時間労働が国際的非難を浴びたため、週四十時間制移行を決定しました。しかし日本は、フレックスタイムや見なし労働時間、裁量労働時間制など、週四十時間制に該当しない多様な労働者の枠をたくさん作るという政策運営で乗り切ってきました。さらに男女雇用機会均等についても、女性の深夜労働を解禁し、女性にも男性並の勤務制度を作ることで「均等化」を図りました。欧米では、夜間労働には週四十時間の適用はなく、三十時間を切るような労働時間制で運用されていますが、日本では、四十時間の中で夜間労働も運用されており、「日本は経営者の天国」とヨーロッパの経営者に言われるような状況です。労働市場における労働力需給調整機能を高めるという点では、労務供給業の一部解禁が行われています。労務供給業とは、賃金の中間搾取なしには利潤が生まれない職業であるため、伝統的に禁止されてきたものです。しかし、八〇年代に入って、外注、請負、出向、派遣が雇用調整の名で行われるようになり、労働者派遣事業法の制定で労務供給業を一部解禁しました。
中小企業での労使問題の課題
中小企業が労使問題で取り組まなければならない課題を考えるとき、もっとも重要視しなければならない問題は、労働者の社会的ストックが非常に危機的な状況に陥っていることです。年金制度や退職金制度、住宅、教育、これらは社会的資産・ストックでまかなわれています。しかし、たとえば日本の企業年金制度は、その会社を退職すると、また別の制度に変わらざるをえません。管轄している省庁も別で、各制度間をつなぐこともできないことも多く、大企業でもリストラを進める障壁の一つとなっています。通産省で開かれた研究会では、退職金、年金を巡る制度調整が最大の問題でした。将来予想される産業間の構造変化に対応して起こる労働力の流動化を考えると、勤続年数によるギャップをできるだけ少なくする方向で制度間調整を行う必要があります。中小企業団体でも、これらの問題について、具体的な設計をしていかなければならないと思います。そこでは、労働者の長期的生活の安定の基礎に座るような制度調整となるかどうかが、問題になってきます。たとえば、年金財政の危機にしても、その要因の一つは、年金や健康保険に入らないパート労働者の雇用の拡大があげられます。雇う側からすれば、その分だけコストがかからないわけですが、計算上、年金の積み立てをしていない人たちの年金はいったい誰が払うのか、という問題に当然ぶつかります。安上がりの労働力の活用ばかりを考えてきたつけが出てきているわけです。では、中小企業の特性を生かしながら、人間を大切にする仕組みをどう考えたらよいのか。一番重要なことは、人生で最大の時間を消費している労働の中で、どれだけ一人ひとりが生きがいや達成感を持っているか、人間として認められているかです。大企業よりも、仕事の中で社会が見渡せ、地域が見渡せる、仕事の意味が見える中小企業の方が、人間の発達条件に大きなチャンスが与えられているのです。企業から独立した社会的ストックの運用にかかわる制度をどう改革するかという提案をすると同時に、個別企業では、人間の発達を保障する条件づくりを仕事の内容でどれだけ提供できるか、ということではないでしょうか。
(中同協「中小企業家しんぶん」691号より転載)