第2回あいち経営フォーラム(10月23日)
しぼりだせ、中小企業家の汗と知恵を
〜自立型企業と活力ある地域経済づくりで、21世紀の幕開けを〜
記念講演「企業盛衰の鍵」多田野弘氏(株)タダノ・名誉相談役
○理念なき企業は繁栄できない

作文に魂を入れる
企業の繁栄と衰退はなぜ起こるのでしょうか。どの経営者も、企業の存続・発展のために日夜努力をされているにもかかわらず、伸びる企業と消えていく企業があります。その原因がはっきりすれば、繁栄の方策も、そこから考え出すことができるのではないかと思います。過去の倒産の原因を調べますと、モノ・金・人・時・経営者の資質などの問題、特に経営者の先見性や決断力・戦略・戦術というものがよく問題にされますが、実は手段の1つに過ぎないのです。経営には「経営者の持つ経営理念、経営に対する哲学を外したら、繁栄することはない」という基本原則があるのではないかと思います。経営理念とは企業経営の目的は何か、何のために経営するのかという考え方です。ほとんどの方が、経営指針をつくり、内外に発表されていることと思います。しかしそれが、絵に描いた餅、単なる作文になってはいないでしょうか。そこに魂を入れるのが、私は経営理念だと思っています。
矛盾する経営の2大原理の中で
世の中のいかなる企業も、二つの原則で成り立っています。1つは経済性・合理性、もう1つは人間性という原理です。企業は利益がなければ必ず倒産しますから、ソロバン勘定を抜きにして、経営は成り立ちません。つまり、企業経営は経済的・合理的・科学的でなければならないという大原則があります。もう一方で、顧客も取引先も社員も、すべて人が介在しています。つまり、企業は人を介して経営されますから、人間性・社会性を無視した経営は成り立ちません。やっかいなことに、人間というのは、科学的・合理的存在ではありません。両立し難い2つの原則が、企業の中に同居していますから、そのままでは2つの原則の矛盾が原因となり、企業は混乱をきたします。企業は、つぶれるようにできているんです。
矛盾を統合する!これが経営理念
いかなる優れた科学的管理手法を用いても、企業の持つこの2つの原則を調和し、統合することは不可能です。経済性や合理性を追求すればするほど、人間性を無視することになるからです。反対に人間性を重視しようと思えば、経済性や合理性を無視しなければならなくなります。そこで必要なのが、経営者の経営理念なんです。企業の持つ相反する2つの原理を、調和し統合できるのは、経営者の持つ経営理念しかありません。経営者の存在理由はそこにあると言っても言い過ぎではない、と私は思っています。もし経済合理性のみで経営ができるなら、経営者はいりません。しからば、どのような経営理念が、この2の原則を調和し、統合し、企業を繁栄に導くことができるのか?それは企業経営にとって、利益を経営の目的とするか結果と考えるかによって決まると思います。

利益は目的か、結果か
今でも、「自由競争社会に生き残るために、何があっても利益第一」「経営の最大目的は利益追求」「利益あっての社会への貢献」と考える経営者が、たくさんいらっしゃると思います。反対に「利益はあくまで経営の結果である」「利益はその企業の存在価値を示す尺度にすぎない。経営の目的は、社会に貢献することにある」という考え方があります。この、まったく違った二つの考え方のどちらを選ぶかによって、企業の盛衰が分かれると思います。もし利益第一主義を選ぶなら、企業の繁栄を望むことは無理です。その企業にかかわる顧客も、取引先も社員も、利益追求の手段として、犠牲になってしまうからです。人間が何かの手段とされる企業の主旨に誰が賛同し、協力しようとするでしょうか。
反対に、社会に貢献することを経営の目的とし、利益はその結果として与えられるものだとするならば、企業の持つ経済合理性と人間性とは、労せずして調和し、統合するのではないでしょうか。世の中の立派な経営者はすべて、「利益は経営の結果であって、社会から評価され、与えられるものである」と考えておられます。
企業理念と経営者の哲学とは不離一体
しかし、このようなすばらしい経営哲学も、単なる知識にとどまっている間は、何の効果もありません。単なる口先だけのきれいごとに終わると思います。その哲学や経営理念が経営者の人生哲学と一致し、どこから突いても破れず、しかも情熱を持って人に語ることができなければならないと思っています。このような経営者の確固とした経営哲学があってこそ、その企業に対する信頼度が増し、顧客はその企業が提供する製品やサービスを好んで受け入れ、取引先は進んで協力し、社員はこの企業に自分の一生を託しても惜しくないと思うのではないでしょうか。もし経営者が、自己の利益を第一に考えるエゴの持ち主であったならば、いかなる高邁な経営理念を掲げても、それはニセモノです。経営者個人の人生目的が社会に貢献することにあり、その貢献度に応じて、社会から経営者も評価されると考える時に、その経営目的と経営者の人生目的とが一致して、経営者の信念となり、経営理念というものが、本物になってくるのではないでしょうか。
利益は社会貢献の証
それならば、企業経営は慈善事業と同じではないか、と言われるかもしれません。私は、慈善事業も企業も、目的が「社会に貢献・奉仕すること」という点では、一致すると思います。違うのは、そのプロセスです。慈善事業では、1万円のものは1万円でしか通用しないんです。しかし企業は、1万円のものに付加価値をつけます。その価値は、商品やサービスとして社会に提供される際の、貢献度によって評価されるものだと思います。ですから、利益がなければ社会に貢献できないのではなく、社会に貢献したその証拠が利益として表れるんだと私は考えております。私たち人間も、理想や目的も持たず、人生を生きる意味も知らずに生きているというのでは、動物と変わりません。同様に、哲学のない企業は、経営しているのではなく、管理しているにすぎず、単なる生存競争しかない動物集団に近いと思います。
○主体的人間づくりを自社で実践して

「何のために経営しているのか」
ドラッカーを知ったのは1957年、37歳の頃、社員数は70数名でした。当時、おもちゃのようなクレーンを造ってみたところ、思わぬヒットで、全国から注文が殺到しました。造っても造っても足りず、人も設備も急激に増やしていきました。しかし、その割には生産が上がらず、現場はむしろ混乱するようになりました。なぜうまくいかないのか、何日も何日も悩みました。セミナーにも参加し、経営の本もたくさん買ってきて読みました。しかし混乱の原因を見つけることができません。ついにギブアップかという時、私には「何のために経営しているのか」ということに対する答えがないことに気づいたのです。恥ずかしい話ですが、何の目的意識もなく、皆が食べられたらいいという単純な動機で、経営していたことに気づき、愕然としました。それから、企業経営の目的はどうあるべきなのかということを模索し始めたのです。当時翻訳されたばかりの、ドラッカーの『現代の経営』という本と出あいました。私が求めて止まなかった経営の哲学が、本当にわかりやすく示されておりました。私は心底惚れこみ、「この考え方で経営するならば、もう恐ろしいものはない。これでつぶれても、ちっとも惜しくない」とまで思いました。
「3つの誓い」
経営の目的・経営理念・哲学というものは腹に入りましたが、あくまで頭の中にあるだけで、形がないんですね。この経営理念をどうやったら顧客や取引先、そして社員にわかってもらえるだろうかと考えました。まず最初に考えたことは、この経営理念から簡単な社是をつくり、発表することでした。皆さんがやっておられる経営指針のようなものだと思います。わが社の経営の目的は『価値を創造することにより、社会に貢献・奉仕することにある。私たちは、そのために協力しようではないか』ということで、創造と奉仕と協力を「3つの誓い」とし、その主旨を社内報に載せたり、折に触れて全員に理解してもらうように努めました。しかしどんなにわかりやすい表現で言葉や文章を見せても、具体性がなければどこまでも絵に描いた餅です。どうすればこれを企業の社風として、あるいは風土として、根づかせることができるだろうかと、私はいろいろな施策を考え出しました。
社員が安心して働ける会社に
社是をつくってから5年ほど経った頃です。その頃は、事務の人は月給制でしたが、現場で仕事をしている人は日給制でした。ほとんどの企業がそうだった時代です。私は「同じように会社に貢献している人なのに、これはおかしい。全部同じように月給制にすべきじゃないか。休んでも収入が減らず、安心して仕事ができるような状況にしなくてはいけない」と思いました。同時に、残業時間が大変多かったのです。毎日残業しますと、疲れますね。すると、昼間の仕事の能率が上がらない。その能率の上がらない部分は、また残業でカバーするという悪循環が続いておりました。これではいけない、できるだけ短い時間で多くの効果を上げるべきだと思いました。「8時間だけ仕事をして残業はやめましょう。残業分の割増賃金も全部固定給に含めますから、今までやっていた仕事を何とか8時間でやり遂げて下さい」と話し、全員を月給制にしました。現場の人も大変喜んでくれました。残業をしなくてもちゃんとやれたんです。これが1961年のことでした。以来、残業ゼロを目標として,今日までやっております。
信頼すれば、自主性が育つ
さて、大変意を強くした私は、翌年タイムレコーダーと出勤簿を廃止しようと思いました。指示や命令をされることによって仕事をするのではなく、社員が自発的に仕事をするような社風をつくりたいと思ったからです。当時、毎日必ず、数名の社員が遅刻をしていました。一斉に始めなければ、せっかく早く来た人も仕事ができず、真面目に出勤した人が迷惑を被ります。全員を集めました。「明日からタイムレコーダーを廃止します。ですから皆さんは、自発的に出勤して下さい。遅れても賃金は引きません。もし遅れたら、すぐ上司に申告をして下さい。そして、遅れた分をとりかえして下さい。それで結構です」と話し、タイムレコーダーの廃止に踏み切りました。もし制度を悪用するような人が出るなら、経営は成り立たないと覚悟しました。その後、朝の出勤状況を見ておりますと、ピタッと遅刻がなくなりました。しかし、緊張している間は続くかもしれないが、1週間経ったら元に戻るんじゃないか、と思って経過を見ておりました。1カ月経っても、遅刻する者は全然いないのです。中には、遅刻をしそうになると、自腹を切って、タクシーで乗り付ける社員もいました。しばらくして、何人かの社員に「なぜ遅刻がなくなったんだろう」と尋ねてみると、「社長、あれはすごいショックでした。俺たちをそれほど信頼してくれているなら、それに応えないわけにはいかないと誰もが思いましたよ」というな答が返ってきました。
協力があればこそ
それ以来、1600余名いる今日も、出勤簿やタイムレコーダーはありません。5年ほど前から、約半数ほどの人がフレックスタイムを採用し、自主的に、自分の働く時間を決めています。こういうことが、社員の自主性や自発性を生み出すのではないかと思います。それから5年後の1967年には、完全週休2日制を採用しました。長時間働くことより、短い時間でいかに高い効率をあげるかが大事だからです。
「今まで6日かかった仕事を、5日でやれる方法を考えてみよう。そのためなら、設備を増やしてもいい。お金で済むことは、どんどんやればいい。一度考えてみよう」と提案しました。社員全員、一生懸命考えてくれました。私どもは組立作業ですから、たくさんの工程が重なっています。一つの工程が済まないと次の工程に移れず、全部の工程が終わって初めて、製品が完成します。その工程と工程の間には、必ず余裕が作ってあるんです。その少しづつの無駄を省いていけば、6日の仕事も5日でやれるんじゃないか、ということになりました。隔週週休2日ではありません。いきなり完全週休2日制です。それでも、生産は下がるどころか、むしろ上昇する結果となりました。やる気と協力のあり方ですね。私は、おそらく四国で初めて完全週休2日制を実施した企業ではないかと自負しております。
○やる気を起こさせる指導者の5つの要件
(1)健康であること
最後に、やる気を起こさせる指導者の5つの要件について申し上げます。これは、私が自分に言い聞かせるためにつくった目標です。要件の一つは、ありふれたことですが、心身ともに健康であるということです。経営者の一番大切な仕事というのは、自分の企業の5〜10年先のあるべき姿のために、今、何を決定するかということだと思うんですね。心も身体もベストコンディションでなければ、そんな大事なことは決められません。私が目標にする心身の健康は、まず自分の心の状態が溌剌としていること。常に精神が充実し、かつ安定していること。身体の方は、年齢を問わず、若々しくてエネルギッシュであること。柔軟で、しかも強靱な太い筋肉と薄い脂肪を持っていること。これが私の心と身体のベストコンディションの規準であります。
(2)哲学を持つこと
2番目の要件は、哲学を持つということです。統一された価値のある思想や哲学を持っていないリーダーに、誰が耳を傾け、自分の一生を預けようとするでしょうか。リーダーというのは、日常の経営には無関係ともみえるあらゆるテーマについて、第一級の見識と哲学を持っていること。またこれを、情熱を持って部下に語ることができなければいけないんじゃないかと私は思っております。
(3)人間的な魅力があること
3番目の要件は、人間的な魅力があるということ。私が考える魅力とは、地位や学歴・財産など、すべてを取り払ってた丸裸の状態でも、他人から惹かれる、ついていきたくなるということです。具体的に言いますと、警戒心を抱かないで、いつでもそばに寄っていけるような雰囲気を持っている人。自分の哲学と人生観を持ち、人間的な深さが感じられる人。自分の体験を大切にし、それをじっくりと噛み締めて生きている人のことです。大変優れているけれど、完璧でなく、意図しない人間的なスキがある人も魅力的ですね。自分と同じような共通点があるじゃないかという親しみを感じます。だいたい優れた人というのは、シャープな人が多く、近寄り難いんですが、人間これでは魅力がありません。
(4)孤独に強いこと
4番目の要件は、孤独に強いということです。日本人は孤独に弱く、集団に強い人種だと思います。日本の戦後のめざましい発展は、日本人の集団主義がもたらしたものです。集団になると、協力していっしょにやり遂げようという雰囲気が生まれてきます。私たちには協力する、和を尊ぶという血が流れているんです。ですから、その反対に一人になると、とても弱いんです。しかし経営者は、いつでも群れから離れることができる強さがなければ、務まらないと思います。和の中にじっとして、ぬくぬくとしているだけではだめなんです。
(5)人間観と使命感をもっていること
最後の要件は、指導者としての人間観と使命感を持っているということです。人の心を動かし、やる気を起こさせるには、まず信頼が必須条件だと思います。権力を背景にした命令や強制による服従ではなく、リーダーに対する尊敬と信頼によって心服させるのが本当のリーダーシップだと思います。そのようなリーダーの人間観とは、どういうものでしょう。
人間は無限の可能性を秘めている
よきリーダーというのは、人を活かす人でなければならない。活かすとは、他に役立つことなんです。他に役立つことによって、その人自身が活かされるんです。そして、なくてはならぬ存在となるわけです。企業の社会的存在理由も、人間の存在理由も、すべて、社会に対しての貢献度によって決まると言っていいのではないかと思います。大変生意気なことを申してきましたが、みなさんが非常に熱心に聞いて下さった感謝の印といたしまして、私が、先程来申し上げた「人間の可能性」ということを、言葉ではなく、パフォーマンスでお示ししたいと思います。79歳でありますが、毎日の習練の結果、赤ん坊と同じくらいの柔らかさを今でも維持しております。それをここでお見せしたいと思います。私の顔が、床につくはずです。つかなくっても拍手して下さい。(講師の多田野氏、舞台上でパフォーマンスを披露、全員の大きな拍手)
【文責事務局・井上】
<講師プロフィール>
多田野弘氏(株)タダノ・名誉相談役
1920年高松生まれ。1948年父益雄氏とともに(株)多田野鉄工所(現在の(株)タダノを設立。1963年から1979年の16年間,同社の社長をつとめ、人本主義ともいうべき経営理念を確立して、建設用クレーンの分野で、同社を世界のトップメーカーに育て上げる。1979年会長、89年取締役相談役、97年より名誉相談役に就任。香川県体育協会会長をつとめ、現在香川県ヨット連盟会長として、県民のスポーツ意識向上に力を尽くすとともに、自らも、夏冬を問わず、水泳・ジョギング等、健康維持に務める。香川県産業教育振興会の会長や香川県教育県民会議の常任理事などの多数の要職に現在もある。
(株)タダノ
●社員数1621名
●資本金130億2100万円
●1972年東証一部・大証一部上場
●営業品目建設用クレーン車輌積載型クレーン及び高所作業車の製造販売。
●本社香川県高松市・支店11カ所・営業所31カ所