●第4分科会
建設業の次世代への対応〜お客様に何を提案するのか〜
中山徹氏奈良女子大学生活環境学部・助教授
1982年関西大学工学部建築学科卒、1989年京都大学大学院博士課程修了。明石高専助教授を歴任し、1996年から現職に。【著書】「建設産業の現在〜地域に根ざし国民とともに歩む」(共署)など。
大手ゼネコンも再編成される時代
次の国会は「中小企業国会」と言われています。1963年に制定された「中小企業基本法」以来の激動が起こりそうです。従来の基本法は大手との関係で中小企業には保護育成が必要であり、「社会的弱者」としての中小企業という見方がありましたが、これが通用しなくなります。大手と中小の間には「格差」があって、この格差を是正するという前提があわなくなっている、中小企業には多様性が広がっていると見ているのです。こういう中,本年7月には「建設産業再生プログラム」が発表されました。ここでは建設業界は業者数が過剰であり、このままでは時代の変化に対応できないと指摘しています。そこでは業界を再編成するキーワードとして「選択」と「集中」を掲げています。再編の対象は主として大手ゼネコンです。従来ですと、大手ゼネコンはいろんなことを多角的にやっていました。しかしこれからは、そんな時代ではなく、得意分野を選択して、そこに経営資源を集中しなさい。そして、集中した者同士が,「ネットワーク」を構築しなさいと言っています。

建設投資の動向と業界の再編成
建設投資の変化をみると、96年度の総計が82兆円で最高となり、これを頂点に、99年度は約71兆円の規模に縮小、最高時からは10兆円のダウンです。建設省は公共投資を今後、どのようにしようとしているのでしょうか。この8月に「当面の緊急課題」が発表され,(1)建設産業再生プログラムを大至急実行する、(2)当面、産業活力再生に役立つ公共事業を重点化するとしています。「産業活力再生法」は2003年までの時限立法ですが、金融や大手ゼネコンの再生をめざしています。地上げ等によって取得したものの、不良債権化した土地もたくさんあります。それらが産業再生の大きな足枷になっているとし、公共事業でそれらの土地を流動化させることを考えています。また大手製造業の海外への工場移転、最近の日産自動車の主力工場閉鎖もそうですが、その場合、工場跡地が売れなければ再生できません。そのような土地を流動化させる事が、産業活力再生法との関係で重要になっており、直結する公共事業が今後、重視されるでしょう。一方、建設業界の再編成はどうでしょうか。バブル崩壊の後に、一部の中堅ゼネコンが倒産しました。しかし、最近の銀行や自動車のような再編成は起こっていません。しかし長期的に言って過去の80兆円といったような建設投資は見込めない中,業界全体を再編成しないと,変化に対応できないと建設省は考えているようです。ですから大手が2、3社倒産して終わりと言うことではないでしょう。銀行の合併がゼネコンの再編に波及することも考えられます。その場合、大手の再編だけでなく、中小建設業もそれに引きずられます。
日本の公共投資はアメリカの2倍以上
先進各国の公共投資を比較すると、日本の公共事業費は、アメリカの2倍以上です。アメリカの他,カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、イギリスの6カ国の合計よりも大きくなっています。公共事業を進めるためには、多額の借金が必要です。景気対策・不況対策で公共事業をやるというのは日本だけで、他の先進国では考えられないことです。借金を増やしながら,公共事業で景気を支える体質で良いのかという事を考えるべきです。一部では景気回復が進んでいると言われていますが、その理由はリストラをやっているからで、景気が回復すると言われている一方で、失業者が急増しています。もう一つの注目すべき問題に人口変動があります。厚生省の予測によると、数年後には日本の人口がピークに達します。世帯数も十数年後にピークになります。1億2000万人の人口を抱える日本ですが、2100年の人口予測では,人口9000万人〜6000万人の時代がくると言われるのです。昭和20年代から明治時代の水準です。そのような公共事業の実態、国民経済の将来像を見すえて、中小建設業のあり方を考えるべきです。中小建設業が取るべき道は2つあります。一つは、そのような流れの中でなんとか生き残る方法を探ることです。再編で下請けが淘汰されても、下請けそのものがなくなることはないでしょう。そこに活路を見いだす方法です。もう一つは、それとは別の道を模索することです。大手の下請けから離脱し、市民や地域社会とともに歩む中小企業を模索する方法です。私はぜひ後者の方向で考えていただきたいと思います。
公共事業の波及効果は?
〜社会保障と建設〜
さて財政的な状況を見ますと、公共事業の削減が避けて通れません。しかし中小建設業の中にも、「今の時期に公共事業を削減して大丈夫か」という声がありますので,まず最初に、公共事業の削減と景気の問題について述べておきましょう。公共事業については「経済波及効果」という指標がありますが、この数値が年々落ちています。1985年のプラザ合意以降、設備の増設にはつながらず、在庫調整と海外調達になってしまい、波及効果が小さくなっています。一方、最近では医療、福祉、教育などの経済波及効果が注目されています。1兆円の公共投資に対して、建設の経済波及効果は2兆7700億円、社会保障の場合は2兆7300億円になります。雇用効果は建設が20万4700人に対して、社会保障では22万9500人,GDP効果は建設が1兆3700億円に対し、社会保障では1兆4700億円です。社会保障と聞くと、皆さんは「国民生活の向上には必要だが、経済的にはお荷物」というイメージが強くあるかもしれませんが、最近では、景気対策という点から見ても、公共事業とほとんど差がなく、むしろ雇用効果は,社会保障の方が遥かに高くなっているのです。「景気対策→公共事業の拡大→受注の確保」という景気対策だけでなく、「社会保障の拡充→雇用の拡大→消費の拡大→民間投資の拡大→受注の確保」という景気対策を現実的に考えてもいい時ではないでしょうか。
市民が必要なのは小さな公共事業
次に、公共事業の内容について触れておきましょう。事業費1000万円未満の公共事業の受注企業を見ますと、資本金1000万円未満の企業で21パーセントを受注しています。また資本金1000万円から1億円未満の企業が76パーセント、資本金1億円以上の企業は3パーセントの受注状況です。これが事業費1億円以上の公共事業になると、資本金1000万円未満の企業では1パーセント、1000万円から1億円未満の企業で13パーセント、1億円以上の企業では実に86パーセントを受注しているのです。公共事業の内容を変えることで地元の中小企業に仕事が来ます。高齢者福祉の分野を見ても、特別養護老人ホーム(特養)には2、3年待たないと入居できません。保育所に入れない子供達もたくさんいます。地域の学童保育所はプレハブです。一方,東京と博多の間に17〜18の空港建設計画があります。新幹線「のぞみ」の停車駅より多い空港計画です。なぜこんなに空港が必要でしょうか。市民が必要としている公共事業は、このような大型公共事業ではありません。もっと小さな公共事業です。小さな公共事業を増やすことが、市民生活の向上に繋がり、中小建設業の受注機会を拡大することにも繋がります。
中小工務店自身が4つの経営改善を
いずれにしても、建設業界が、今のままで10年後も存在していることはありえないでしょう。そこで中小建設業が、これから訪れる大きな転換期に取るべき方向は2つあります。私としては、市民、地域と共に歩む建設業をめざしていただきたいと思います。その点から、中小工務店の経営改善について、次の4点を申しあげておきます。第一は、大手ゼネコンの再編成が行われても、しぶとく生き残るということです。そのためには大手からの自立を考えることで、その決め手が「技術力」です。市民から直接受注するには高い技術力が求められます。たとえば高齢化社会を迎えて住宅改善を受注しても,建物の状況、資産内容、高齢者の身体状況など、要望は千差万別です。しかも高齢者の身体状況は、時間とともに変化しますので、住宅改善の高い技術力が必要なのです。次に求められるのは「地域にどこまで密着できるか」ということです。そして,このことをお題目に終わらせてしまわないことです。道路の改修予算が1億円ならどこを改修すべきか、小学校や中学校の改修はどこが必要か、地域社会のことが手にとるようにわかっていることが重要です。3番目は「中小企業間のネットワーク」です。それぞれの得意分野を生かすネットワークですが、特養や保育所、障害者施設等の工事をするにも技術力が必要です。それぞれの得意技を生かしたネットワークが構成されなければ、大手企業に対抗できないでしょう。最後に「人材確保」です。今の時代に若者の意識も変化しています。大手に就職してもリストラでクビになる、30歳で転職を考える、転勤があるなど,若者達は「大手だからといって安心できない」と考えています。それよりも技術力を生かした仕事がしたい、トータルな技術力を身につけたいという若者は増えています。現在は優秀な人材を確保する絶好のチャンスとも言えます。
【文責事務局・福島】