経営者としての決意と実践
~環境の激変が理念を磨く
田中 信吾氏 日本ジャバラ(株)代表取締役・兵庫同友会最高顧問
昨年11月20日に開催された第18回あいち経営フォーラムの基調講演、田中信吾氏の報告内容をご紹介します。
「勘と運の経営」
愛知県は地域的に製造業が根強く、理論的で良い中小企業が多い印象を受けますが、対して兵庫県は大手企業との関係で、重厚長大で古い経営体質が色濃く残っているように感じます。その中で、私は「勘と運の経営」を続け、ここまで自社を成長させてきました。この「勘と運」は、行動の量と思考の広さで広がると、実感しています。
様々なことを考え行動を起こさないと、勘も運も広がりません。経営が苦しくなった際、経営指針を作り、それに沿って社員教育をした結果、会社が良くなったという報告をよく耳にします。理屈ではそうですが、それはただ平均水準の会社になっただけではないでしょうか。知識は人から聞いたり、本から学び取ったりするものです。しかし、知恵は体験から生じます。自ら率先して様々な体験をし、この知恵を生み出さないと、経営は上手くいきません。
より以上を目指して生きる
経営理念を形作る前に考えたことは、「より以上を目指して生きる」。つまり、自覚的に自分を変えて、環境の変化に適応することです。よく「動物は環境に適応したものが生き残る」と言われますが、彼らは本能の範囲で生きているだけで、自分で自分の生き方を変えられるのは人間だけです。
そうであるなら、自らを変えるために必要なものは、強い意思にほかなりません。同友会では、人の理念を聞きながら、「こうなろう」と理念を作ります。だから、苦境に陥いるとすぐダメになるのです。理性で作った理念はもちません。対して、欲望や欲求、希望や夢といった本能から生まれたものは、少々の障害では折れません。理念は、こうして生まれたものでないとおかしいと思います。
「なくてはならない会社」
理念が途中で変化することや、経営を続け自身が成長し、理念に対する理解が深まることはあります。そうして理念が深まるにつれ、他人へ伝えることができるのです。ただ文面をなぞって同じことを唱えるだけでは、社内に理念を浸透させることなどできません。切り口や表現を変えて、何度も伝え続けていく努力が必要です。
兵庫同友会には、会社のレベルを定義した図があります。まず「赤字会社」、次に景気次第で黒字や赤字になる「普通の会社」です。そして不景気になっても黒字を必ず続けていく「強い会社」。これは利益をすべて自社のために使うのに対し、その使い方が違うのが「強くて良い会社」です。最後に、自社の利益と地域への貢献が、結果的にリンクしている「なくてはならない会社」です。この図は、目指すべき方向を示す資料として社内の教科書に載せ、社員へ伝えています。
利益は開発のための必要経費
阪神・淡路大震災や情勢の変化を踏まえ、新製品の開発・販売という第2創業を推し進めました。しかし、大手には売れず、実績がないというのがその理由でした。その後、海外企業に採用されることで大企業にも認められ、売れ始めましたが、ここで学んだことは2つあります。
1つは、新製品を開発すれば、儲かると考えていたが、これは幻想であること。開発すればよいというものではなく、売り方も考えなければなりません。もう1つは、価格は価値で決まるということです。価値がないものは安くても売れませんが、価値があれば高くても買われます。
技術で勝負できるなら、価格を上げてよいと言われ、実際、それでも売れました。その際に出た利益を、将来への投資に充てるというサイクルを続けることで、自社は開発型企業になることができました。いわば、利益は開発のための必要経費といえます。
自己資本比率を上げる
こうして自社が変化してはじめて自社の理念を振り返ることができ、この理念に基づいた戦略が会社を良くしていくのだと確信しました。また、その後の金融危機では、メイン銀行とサブ銀行の破綻という苦境に見舞われましたが、そこで自己資本比率を上げる必要性を痛感したのです。
欧米では自己資本比率が40%近い会社がありますが、日本の中小企業では1桁も珍しくありません。イタリアでは、銀行からの融資は金利がおよそ5%程度なのに対し、日本では高くても2%前後、良い会社なら1%以下です。日本は消費税が10%に上がると取り上げられていますが、向こうは22%です。こうした恵まれている状況を理解することなしに、不平不満を言う姿勢は、正さなければなりません。
深いテーマが経営につながる
自社の幹部研修会で、「シンドラーのリスト」を視聴しました。社員はユダヤ人収容所での、人間の自由や尊厳が侵害される姿が印象に残ったのに対し、私は、シンドラーの変化が印象に残りました。
シンドラーは、はじめは金儲けのため賄賂を軍人へ渡して受注をし、給与を抑えるためにユダヤ人を雇います。やがて戦争と共に工場の閉鎖も進むなか、彼は同じ工場で働いた仲間を見捨てられず、私財を投じてユダヤ人の命を助けるのです。経営者の姿はまさしくこれだと、腹に落ちました。
最初は欲望や欲求から始めたことが、続けていくうちに想いが磨かれていき、やがて命の中からの叫びで理念が形作られるのです。こうした理念こそ本物です。
自分の頭で考える
私は良い経営者となり、社員・地域・社会のために働き、良い会社をつくれば、会社は永続できると考えていました。ところが、そうではないことが、ある世界文化遺産に示されていました。個人が自費を投じて恵まれた環境を整え、社員を大事にした経営を行ったところ、はじめは好調でしたが次第に経営が行き詰まり、破産したそうです。
人間は給与や待遇が良くなると感謝するものですが、次第にそれが当たり前になり、それ以上を求めます。だから「良い会社」になっても、永続するとは限らないのです。
同友会で聞いたことを何も考えずにただ真似るだけでは、必ず失敗します。会内には、表面的な手法ばかり知りたがる人もいますが、基本的な考え方がない限り、意味がありません。自分の頭で考え直し、自問自答する姿勢が経営者にないと、本当の答えは見つからず、成長できないといえます。
「問い」を持たせる
自社では社員旅行として、東日本大震災後の街や知覧などへ連れていく、「問い」を持たせる機会を意識的に設けています。他に研修旅行では、最終日こそ提携先での勉強ですが、それ以外は文化に触れようと、会社からお金を渡し、食事や文化施設を訪れるよう促します。社員に文化に触れる機会を設け、人生を豊かにすることを会社として考えるのも大切なことだと考えています。
また、経営指針は社員に筆写してもらい、感想文を付けて提出してもらいます。はじめは文句やぼやきといった内容ですが、次第に自主的な意見が生まれ、過去の指針と比較する意見まで入ってきました。目で見るだけでは記憶に残りません。執念を持ってやり続けて30年が経ち、今では全員からの提出と、社風として根付いています。
危機の教訓が生きる
リーマン・ショックでは急激に注文が減り、売上が半分程になりました。ある月では注文が8割減です。取引先へ行っても、仕事自体がありません。ですから、その時は社員を社内へとどめ、商品知識の学習を深めました。暇でやることがないと、人間は不安になります。忙しくなるように、次の目標を与えること。社員には給与・ボーナスは保証すると説明し、リーダーシップをとって進めました。
その頃、例会へ報告者として呼ばれました。前年の黒字に対し、この影響で赤字になった時です。この赤字の件は広まりましたが、「絶対に黒字にする」と力に変え、伸び難い売上には焦点を当てず、経費削減に注力し、1年で黒字へ戻しました。
今振り返ると、こうした努力も生きたのですが、あの金融危機の際の教訓が生き、自己資本比率を50%以上に上げていたおかげなのです。
未来の話ができるように
同友会で苦労しながらも確かな会社をつくると、こんな素晴らしい人生を歩むことができる。こんなハッピーエンドの報告を若い方々へ伝えていける人間になりたいと、思うようになりました。
経営理念の学習にも用いている「アランの幸福論」の中に、「欲しいものはすべて、ちょうど山と同じで、我々を待っており、逃げていきはしない。だが、よじ登らなければならない」との文面があります。
昔のことに執着せず、未来の話ができるよう、今年も設備投資に取り組み、次の世代へ会社を託す前に少しでも会社をより良く変えたいと思っています。
【文責:事務局 橋田】