第36回定時総会 記念講演「構造改革」と中小企業経営山 口 義 行 氏
立教大学経済学部・助教授 (第1回)
四月二六日の愛知同友会第三十六回定時総会での山口義行氏の記念講演(テーマ「『構造改革』と中小企業経営〜二十一世紀へのキーワード」)は、出席した皆さんに大きなインパクトを与えました。
今月より三回連載で要旨をお伝えします。(編集部)
「改革」の裏に何が隠されているか
昨今、改革ということが盛んに言われています。実はこの改革には、いろいろな側面があります。規制緩和をやって、競争を促進して、元気を出す。そういう側面も確かにあります。しかしそれだけでなく、重要な変革が次から次に行われようとしています。しかもこの改革は、中小企業にとって非常に大きく影響を与えます。
金融改革は「金融ビッグバン」ともいいます。ビッグバンというのは、宇宙が誕生するときの爆発のことを指しますから、よほど大きいということです。この中で、柱になっているのが九条問題です。 独占禁止法の九条で、持ち株会社が禁止されています。持ち株会社をやりますと、大企業への経済集中が大幅に進みます。そういう危険なものだから、戦後一貫して禁止してきました。
『連結納税制』というものがあります。これは、自社の株を自分の持ち株会社に持たせ、本業の黒字と、新規参入の会社の赤字を相殺して、税金を安くする制度です。
これを認めたらどういうことになるでしょうか。
大企業があります。本業はなんでもいいんです。これが新しく会社を創って新規の市場に参入します。新しく始めたばかりだから赤字です。赤字になっても、本業の黒字から連結して、税金を安くしてもらえるわけです。赤字覚悟で新規のところに入った方がいいんです。
そうなると、ここだけでやっている業者はどうなるか。大企業は赤字覚悟で二年も三年も安売り攻勢を続けます。この業界だけでやってる業者は、三年も赤字を出したら潰れてしまいますから、戦いようがありません。
二十一世紀に向けて大改革が始まった
規制緩和をして、ルールを外して、競争を活発にすれば経済が活性化する。これはウソです。赤字覚悟の相手にやる気にはなれません。
そう考えると、これは「規制を緩和して元気になりましょう」というのとは随分、筋の違う話なんです。「規制緩和」という言葉に一括されて、これも全部オーケーになったわけです。
ただし、連結納税制は、大蔵省が抵抗しています。税収が減りますから、別ルートで税金を集めないと財政が困ります。どう集めるか。消費税です。こういうものの第一歩が今始まったのです。
私はこれは大問題だと思います。なぜか。今進めようとしている改革は、「二十一世紀という大競争の社会に向かって行くんだ。そのために弱いところや、傷を持っているところは、今のうちに全部きれいにしておこう。地ならし政策をこれから四年から五年かけてやろう」という政策だからです。
この調子でやっていきますから、倒産が絶対出ます。金融機関が三分の一減るのは当たり前なんです。もし減らなかったら、政策として失敗なんです。
ですから、証券会社も保険会社も潰れるでしょう。政府が、個人投資家を保護する法律をつくろうとするのも「倒産がいくつか起きる」という前提で動いているからです。
そこまではっきり政策を打ち出したのは、日本の経済史の中でもありません。それくらいやってでも、今のうちに弱いところを早く整理してしまう。二十一世紀に向かってやる、というのがこれからの五年から六年間です。
成長神話の崩壊で大企業の戦略が変わる
今回の不況で、三つの神話が崩壊しました。一つは土地神話。もう一つは銀行不倒神話「銀行は潰れない」という神話も崩壊しました。最後は成長神話の崩壊です。
これまでは、どんなことがあっても成長があった。しかしこれからは、変動はするけれども、余り成長はしないだろう、ということです。これを大企業も政府も、みんなが認識をしたことから政策転換が起きているわけです。
皆さんが実感している価格破壊とは何か。「円高で安い輸入品が入ってくるから、日本製品の価格が下がるんだ。円高問題だ」と思っていたらとんでもない間違いです。
一九八六年にも、ものすごい円高が起きましたが、価格破壊は起きていないんです。どうして同じ円高でも、前は起きずに、今は起きるのか。これは成長神話が崩壊したからです。
神話が崩壊してしまって、基本的に成長しない、ということになったら、相手のシェアに入り込むしかない。つまり、大企業の価格戦略が百八十度変わります。実は、全国で価格破壊という嵐が吹き荒れた一番の基本的な理由はこれです。円高が原因ならば、八六年にも起きていなければおかしい。
あの時は「まだ成長は続く」と思っていたわけです。今回は「もう成長はないぞ」と思っているから、戦略がはっきり変わったわけです。
シェアの少ない会社はどうするか。「うちは弱いから諦めましょう」というふうにはなりません。当然、もっと弱いところを探して「そちらへ行こう」と考えます。
しかし、もっと弱いところへ行こうと思うと、いろいろな規制があります。簡単にいうと「これをとってしまえ」というのが規制緩和です。
そうなれば当然、大企業の中小企業分野への参入が激しくなってきます。実際にもう起きています。これが規制緩和の実態だ、と私は思います。その最たるものが、先程の持ち株会社の解禁です。
公正なルールを中小企業家の手で
では、これからどうしたらいいか。それはきちんとルールをつくることです。今出されている案で、むやみやたらやられたら、かないません。他の部門の黒字を背景にして、こっちは赤字でいい。そんな売り方は、私に言わせればルール違反です。今、これは独占禁止法で禁止されています。
ですから「それをきちんと運営する」というルールづくりを、これからやっていく。規制が完全に緩和されるまでに「どういうルールをつくっておくか」という議論をこれからやるわけです。
ですから皆さんは、そこに参加をして意見を言わなければいけない。そうすれば、これから持ち株会社をやっても、破壊的にはならないかも知れない。
ところが日本人には「そういうことを言う人は弱虫だ」という感覚があります。ルールを主張することは、弱い人がすることだという認識です。
これは日本の風土です。今やその文化ではダメだ、と私は思います。世の中は、そんなことではありません。ルールをきちんとつくり、経済全体をいかに活発にしていくか、ということが大事です。
みんなで考えて、きちんとしたルールを上手につくっていく。これがまず重要です。
プロフィール
1951年生れ。立教大学大学院修了。現在、立教大学経済学部助教授。金融論専攻。
著書に「現代経済と金融の空洞化」「ポスト不況の日本経済」(共著・講談社現代新書)「岐路に立つ日本経済と中小企業」(愛知県中小企業研究財団)など。
中同協の企業環境研究センターのメンバーであり、愛知同友会の景況調査でもご協力いただいています。各地同友会での講演でも活躍中。
(次号へ続く)
【文責 事務局・井上】