やる気を引き出す源泉『労使見解』上野修氏(株)アドバンスド・社長(京都同友会)

<上野修氏プロフィール>
一九七四年京都同友会入会、元副代表理事、七四年より同会労務委員会に所属、七五年より全国総会、全国研究集会、労使問題全国交流会に連続参加し,労使見解の普及に努める。
現在、(株)アドバンスド社長、(株)山科自動車教習所常勤監査役、京都同友会で労使問題の相談員、中同協労働委員を務める。
同友会では「経営指針づくり」「共育(共に育つ)」「経営者の器づくり」といった言葉をよく耳にします。その源流は、中同協が今から二十三年前に発表した「中小企業における労使関係の見解ー中同協」(略称『労使見解』)にあります。赤石中同協会長はこの『労使見解』から学ぶべき点として、第一に経営者の経営姿勢の確立、第二に、経営指針の成文化とその全社的実践の重要性、そして最後に、社員をもっとも信頼のできるパートナーと考え、高い次元の経営をめざし、共に育ちあう教育(共育)的人間関係をうちたてていくこと、と述べています。労務労働委員会では六月二十九日、その作成に携わった京都同友会の上野修氏を招いての勉強会を行い、今日でも変わらない基本的な考え方を学んできました。上野氏が今年三月五日、中同協の労働委員会で行った問題提起(「中小企業家しんぶん」第七一五号)の掲載とあわせて、『労使見解』の第一章と二章を紹介します。
なお「労使見解」は以下の八章から成っています。
(1)経営者の責任、
(2)対等な労使関係、
(3)労使関係における問題の処理について、
(4)賃金と労使関係について、
(5)労使における新しい問題、
(6)労使関係の新しい次元への発展、
(7)中小企業における労働運動へのわれわれの期待、
(8)中小企業の労使双方にとっての共通課題。
パンフレット「人を生かす経営」所収(B6版48ページ、定価二百五十円、事務局まで)
*「労使見解」の全文は「調査・研究・提言」で掲載
私を変えた『労使見解』
「企業の器は経営者の器で決まる」と言われます。また、「企業は人なり」とも言いますが、この場合の人とは、社員だけを指すのではなく、社長も含めてのことです。社長を見れば社員のことはわかるし、社員を見れば、社長のことは大体わかります。そして経営者が変わることによって、社員も変わります。私自身も社員に対する見方が変わることによって、当社の労使関係と社員が変わるということを体験しました。その時大きな威力を発揮したのが中同協「労使見解」(中小企業における労使関係の見解、中同協発行『人を生かす経営』所収)でした。二十年以上前のことですが「現場の人間はパートナーではない」と思っていた私は、「労使見解」を学ぶ中で、労務担当者としての自覚が欠けていることを自覚し始めた時から変わっていきました。
タテ型社会の克服を
今、社会は、上下関係を重視するタテ型社会からヨコ型社会へ、経済優先から人間を大切にする社会へと変わろうとしています。子どもたちの非行の一因も、学校や親が上から押さえつけようとしていることにあるように見えます。長野オリンピックで表彰された日本選手は自分の言葉で自分の考えをコメントし、感じ良く思いました。タテ型社会の中では、とてもああは育たないと思いました。しかし、私たちはヨコ型社会にあこがれながらも、意外にまだ身近なところではタテ型を求めているのではないかと思います。同友会の中でも、企業の中でも。
対等な人間としての関係づくりを
昨今の同友会活動の中で「労使見解」が生かされているか、疑問に思うことがあります。経営指針づくりにおいては、成文化を通して労使の信頼関係を確立するということを重視せず、とにかくつくるということでテクニックの問題に終始していないか。社員教育において、対等平等な関係のもとで「共に育つ」のではなく、社長の一方的指導になっていないか。等々気になるところです。それは社員を自分と異なる人格を持った人間として理解して接しているだろうか、人間的な発達を促すような集団的な結びつきの中での相互評価が行われているだろうか、という懸念でもあります。集団で協力し合うという関係ができていないと、中小企業は発展できません。「カネ」や「ポスト」を与えてやる気を引き出そうとすることは、少なくとも中小企業においては、集団としての力を引き出すよりも、分裂させる方に作用すると思います。
心配な労使関係の崩れ
中小企業におけるこの間の雇用管理を見ていて、心配な点が見受けられます。不況を理由に、賃金・労働条件などの処遇問題についての社員の要求が軽視され、労使関係の崩れともいえる状況が生まれています。また、労働法違反の解雇等により労基署への申告が増えています。残念ながら同友会の中でも、類似の傾向が見られます。なぜ「労使見解」が浸透していかないのでしょうか。一つには「労使」問題として議論できる土壌が少なく、「労務」問題として個々の企業の対応になっていることがあります。二つ目には、経営者の意識として労使の信頼関係をつくることよりも、管理する上下関係として社員を位置づけたくなる傾向があることです。上下関係からは合意や納得は生まれにくいと思います。
緊張感ある関係を
そうした弱点を克服していかないと、今後労使問題はもっと大変になっていく可能性があります。しかも、どうしても経営者は「うちには労使という立場の違いなどない」とか「社員のことはわかっているつもり」などとかってに思い込みがちです。緊張感のない労使関係に安住していると必ず問題が発生します。現在のような経営環境だからこそ、「労使見解」の中の「経営者の責任」の部分を繰り返し学ぶことが大事になっていると思います。どんな困難な状況の中でも、経営者はその社会的責任を果たし、社員の生活を保障しなければなりません。この点での経営者の意識改革が必要です。そういう厳しさに経営者が挑戦し続けることによって、良好な労使関係は作られていきます。