世界と日本の「ビジネスと人権」を考える
~合理的配慮を手がかりに
菅原 絵美氏
大阪経済法科大学国際学部教授、グローバル・コンパクト研究センター代表
10月19日(木)・20日(金)に第22回障害者問題全国交流会が愛知で開催されます。これに向け、「人間尊重経営を学ぶ」実行委員会主催・第1回全県学習会が開催され、大阪経済法科大学国際学部教授でグローバル・コンパクト研究センター代表の菅原絵美氏にお話しいただきました。以下にその概要を紹介します。
ジャニーズ事務所問題から考えてみる
ビジネスと人権について、ジャニーズ事務所での性加害問題から考えてみましょう。この事件の問題点は3点あると思います。
第1に、日本社会における構造的問題としての「性加害」という点です。性・ジェンダーに基づくハラスメント・暴力や、子ども・若者への人権侵害はなかなか意識が高まりません。
第2に、サプライチェーンとしてのメディアの責任です。取引先の人権侵害の直接的・間接的加担が挙げられます。
第3に、ジャニーズ事務所での人権尊重経営の欠如です。人権方針・仕組み(相談・救済手続き)がなく、声が上げられない閉鎖的な組織体制です。
何十年も前から訴訟になっていたジャニーズ問題ですが、日本社会の中で取り上げられてきませんでした。日本はジェンダー格差の点で大きな課題を抱えたままの国であり、ジェンダーギャップ指数は146カ国中125位です。今後、外部専門家による再発防止特別チームの対応に注目していきたいと思います。
人権侵害に対する被害者救済の仕組みを
企業に問われる「ビジネスと人権」の責任とは、どんな内容でしょうか。国連は2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則」を承認しました。この文書は企業の人権尊重責任を明言した初の国連文書です。
その責任の1つ目は人権尊重に取り組む基本方針を作成することです。2つ目は、それを具体的に企業活動の中に取り込み、自社の活動が人権侵害をしていないか影響評価し、評価した結果を自社の企業の取り組みの中に取り入れ、その活動を追跡して最終的にステークホルダーに報告することです。この一連を人権デューディリジェンスのプロセスと言っています。
デューディリジェンスというのはなかなか聞き慣れない言葉ですが、「相当の注意」という意味があります。大事なのは企業活動の中で人権侵害が発生した場合に、被害を受けたステークホルダーが企業に対して声を上げられる仕組みをつくり、上がってきた声に対して企業が自社の取り組みを改めて、被害者を救済する仕組みがあることです。
誰の何の権利か
「人権」と聞いて何をイメージしますか。部落差別、同和問題、同性愛など人権との関わりは様々です。この人権を「誰の何の権利か」と具体的に考えてみてください。
人権を英語で書くとHuman Rightsです。最後に複数形のsがつきます。英語で複数形のsがつく単語は1つ、2つと具体的に数えられるものになります。生命・身体の安全への権利、教育への権利、労働への権利といったように、「人権」という抽象的なものがあるのではなくて、1つ1つ具体的に数えられる権利なのです。
例えば、障害者である消費者の情報へのアクセス権とビジネスとの関係を考えてみましょう。目が不自由な人に飲食店の文字メニューを渡しても注文できません。目が不自由という障害を個人的な問題と捉える考え方は「医学モデル」といいます。
一方で、目が不自由という障壁(バリア)を取り除くのは社会の責務であるとし、社会全体の問題として捉えるのが「社会モデル」という考え方です。点字メニューがなくても言葉で伝えるなどの配慮があれば注文できるようになります。いかに障壁を取り除き、その人に合わせた合理的配慮をしていくかが重要になります。
企業の社会的責任
企業活動においては、必ず人と関わります。イコール人権との関わりになります。
自社、取引先、サプライチェーンやバリューチェーンも企業の社会的責任の対象になります。
2013年バングラデシュで発生した非常に深刻な問題としてラナ・プラザ縫製工場ビルの倒壊事故があります。違法な増築、労働者への日常的な人権侵害が行われ、どういう就労関係の中で製品が作られているかを踏まえないまま企業が製造委託をしていたことが見えてきた問題です。この事件をきっかけに自社の労働者のみならず、サプライチェーン上の労働者を含むステークホルダーの権利を侵害しないという責任が強く意識されることになりました。
人権尊重経営の中心は対話
ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)とは、多様な人が働く組織の中で、それぞれの人に合った対応をすることで、それぞれがいきいきと働き、成果を出し続けるための考え方とされています。
例えば、野球観戦という目的に対して、背の高さに関係なく等しく同じ高さの台を与える方法では、野球観戦できない人が出てきてしまいます。一方で、それぞれの人に合わせて与える台の数を変えることで、皆が野球観戦が可能になります。このように、結果が平等になるように本人との対話を中心に対策を講じるということも、非常に大事になります。
選ばれる企業になるために
人権課題は、まさに経営課題です。人権と事業・業務とのつながりは、企業活動のあらゆる局面に及びます。選ばれる企業になるために、人権課題の全体像を捉えた上で、優先度をつけて取り組んでいく必要があります。
企業活動から影響を受けるステークホルダーと対話・協働する中で課題を確認し、人権尊重を実現することで持続可能な社会を実現していくことが、企業に期待されています。
【文責:事務局 伊藤】