グローバル化時代の愛知県経済と中小企業
~アジア大の分業と集積間連携~
名城大学経済学部教授 渋井 康弘氏
グローバル化とは何か
グローバル化とは、商品・資本・情報・技術・労働力などの国境を越えた流動と一般に言われます。またグローバル化を「世界の平準化」や「世界のアメリカ化」と言う人もいます。これらの意見は、確かに今日のグローバル化の特徴の一端を捉えてはいます。しかし、これだけで現実世界を説明することはできません。
例えば、間仕切りをした水槽に異なる色の水を入れ、その間仕切りを取ると色が混ざり均一になる(平準化)、あるいは最も強烈な色(米国)に統一されることもあるでしょう(アメリカ化)。とはいえ、現実世界ではすべてが水のように自由に移動できるわけではなく、風俗や伝統、習慣など、それぞれの地域に固有のものはそう簡単に国境を越えて行き来はできません。この観点から言えば、グローバル化は、うまく利用することで地域の強みをかえって強化すると考えられています。
技術体系の違いが空洞化の速度を左右する
業種別海外現地法人の売上高を見ると、日本の製造業の海外展開をリードするのは電気機械(以下、電機)と輸送用機械(以下、自動車)です。特に自動車の海外展開は活発で、進出先は北米と中国、ASEAN4で約7割(海外現地法人の売上高の比率)を占めます。とりわけアジアのプレゼンスの拡大は大きく、アジア大の分業の発展が見て取れます。そして、一見、海外展開によって国内産業の空洞化が進展しているようにも見えますが、電機と自動車の事業所数を比べてみると、電機は海外生産の増加にともない国内が空洞化しているのに対し、自動車は海外生産を増加させながらも、長期にわたって国内生産を維持しているという違いがあります。この両産業の違いの根底には、技術体系の差異があると考えられます。
電機は、回路上の電子の流れをいかに制御するかが決め手の「モジュラー型アーキテクチャ」です。技術のマニュアル化もしやすく、海外工場に図面を送れば現地生産も比較的容易です。また、個々の部品が自己完結的な機能を持つため、部品を別々に組み立て、集約することで製品とすることが可能であり、部品をどこでも生産することができます。そのため新興工業国に広まりやすいのです。
他方、自動車は物体の運動をいかに制御するかが決め手の「インテグラル型アーキテクチャ」です。その組み立ては、安全性の面からも、部品同士の高度な相互調整を必要とします。数多くの部品一つひとつをその製品専用に最適設計するため、多くの人の技能が必要です。技能は、長い年月一緒に働くなかで他者に伝達されるものであるためマニュアル化し難く、海外工場に流出しづらいのです。
このように、技術特性によってその製品の動向は大きく変わると考えられます。経営方針策定の際は、自社の扱う製品の技術的特徴を明確に把握することがこれまで以上に重要だといえるでしょう。
愛知県の強みを生かす
私は、愛知県の産業集積の特長、強みは、自動車の大量生産を得意とする企業がありながら、他方で、小ロットで変動の激しい製品に柔軟に対応できる企業も多いという構造的特質にあると考えています。
愛知といえば自動車を中心とした一元的ピラミッド構造と言われがちですが、実はトヨタ自動車の企業城下町として量産を得意とする三河と、多種多様な機械工業のもとで、複数企業の連携を通じて、製品、製造方法の変更、新製品開発、試作等に柔軟に対応できる尾張との合体型産業集積が形成されているというのが私の見解です。つまり、この両地域が互いに連携・補完しつつ築いてきた合体的な分厚い産業集積が愛知の構造的特質であり、その強みでもあるのです。
高齢化が進む日本では、今後シルバー産業の伸長が予想されます。そこでは、個別ニーズに合わせた迅速な相互調整が不可欠となり、需要も大量に生み出されることから、国内の生産基盤で対応することになるでしょう。その際、優れた技能を持つ愛知の中小企業が連携すれば、シルバー産業を愛知に取り込み、大きく発展する原動力となる可能性があります。
次世代車開発でも、必要な既存の自動車開発技術に加え、電気機器や情報通信機器に関する技術は、既に愛知の集積地にあります。こうした既存技術を背景に多様な機械工業が協同することで、様々な新技術が生み出されるかもしれません。さらにそれぞれの要素技術を繋ぎ合わせることで、新エネルギー体系をも包含した、21世紀のエネルギー革命を主導する県となり得るかもしれないのです。
産業集積の強みを強化する集積間連携
グローバル化は、確かに大きな流れとして諸企業の海外展開を促進し、産業空洞化の一因ともなっています。しかしグローバル化の諸要素は、国内の産業集積地が持つ有利性を高める方向に作用する場合もあります。情報・交通技術などの発展が、複数の産業集積地を結び、それらが互いに連携・補完し合うことで、個々の集積地では対応しきれなかった業務を遂行できるようになる場合がそれです。これにより、その集積地の優位性が高められ、さらに集積地内の諸企業の競争力をも強化することになります。これを私は「集積間連携」と呼んでいます。
この観点から見れば、トヨタ自動車の進める三極構想は、愛知と北部九州、東北の各地域を繋ぎ、それぞれの地域の強みを生かしながら相互補完させ、国内開発や生産を進める、いわば集積間連携を意識的・計画的に推進する構想だといえるでしょう。
今後は、こうした集積間連携を軸に複数の国内産業集積が強化され、それがアジア大の分業の一角を占めていくことになるでしょう。そして、アジア大の分業のなかで、自社は何を得意として、どのような役割を担うことで事業継続をしていくのか、その見極めが愛知の中小企業の今後を左右することになると思います。
「人間らしく生きる」を世界に
このように国内生産に適した業種がある一方、相当部分が海外移転している業種も厳然としてありますし、今後も海外移転の動きは続くでしょう。国内雇用の空洞化などとの関係で議論は様々ですが、海外移転は資本蓄積を進め、現地の雇用拡大に繋がる面もあるため、一概に悪いとも言えません。しかし、もし企業がいたずらに低賃金のみを求めた海外展開を続けるならば、それは現地の経済発展にともなう賃金上昇とともに、さらなる低賃金を求めた移動を続けることになります。そしてこの行為は、伝統的産業や地域構造、住民生活の破壊に帰結します。
この現実を前に、せめて日本企業の海外進出では、当地で人間らしい生活ができる賃金を最低限保障することはできないでしょうか。つまり、海外進出の際には、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を守るという日本国憲法25条の理念も一緒に広めるということです。皆さんには、日本発の経済モデルとして人間尊重の経営を広く発信して頂きたいと思います。
【文責 事務局・三宅】