活動報告

第19回あいち経営フォーラム 第1分科会(2019年11月19日)

同友会の根幹を学ぶ
~過去から未来への道筋を描く

加藤 明彦氏  エイベックス(株)

加藤 明彦氏
加藤 明彦氏

「同友会の原点に立ち戻ろう」。先月号から、昨年11月に開催されたあいち経営フォーラムの分科会報告を再編集し、紹介しています。第2回となる今号は、第1分科会の加藤明彦氏(エイベックス)の報告です。

新型コロナウイルスが猛威を振るい、経済活動にも多大な影響を与えています。これまで様々な困難を乗り越えてきた加藤氏の経験から、経営のノウハウではなく本質を学びませんか。ぜひ、ご一読ください。

2代目として苦悩の日々

当社は1949年に父が加藤鉄工所として創業し、1969年に私が2代目として入社しました。当時の私は、工業高校で学んだ技術と大学で学んだ管理技術を活かして会社をもっと発展させようと、やる気満々でした。

しかし、人を採用してもなかなか定着せず、私が入社してから20数年間、社員数は20名から30名を行ったり来たりの状況が続きました。また、私が新しいことに取り組もうとすると、古参社員から反発がありました。なんとか古参社員との軋轢を無くそうと朝礼や「飲みニケーション」をやってみたのですが、それでも上手くいきません。苦悩の日々が続きましたが、その原因は、私の経営者としての姿勢に問題があったからです。自分の思いばかりを一方的に伝えて、社員の気持ちを汲み取っていない2代目だったのです。

企業発展のカギとは

1992年にエイベックス株式会社に社名変更をしたことが、当社にとって大きな転機となりました。社長が先頭に立って会社を引っ張る機関車型の経営から、社員全員で協力する経営、各車両にモーターがついている電車型の経営にしようと決意したのです。

そして1993年に、同友会が出版した書籍に出会ったことがきっかけで同友会へ入会し、1996年には共同求人に取り組みました。当時は多くの学生が合同企業説明会に来てくれていたのですが、ある先輩会員から「学生はブースに座ってくれるけれど、加藤くんの会社説明会には来てくれないよ」と言われたのです。

その理由を考えてみると、自分自身が将来のビジョンを描けていないことに気づきました。経営者がビジョンを持たずにテクニックだけを学んでも、学生には会社の雰囲気を見抜かれてしまいます。人を生かす経営の実践が企業発展のカギだと学び、「人間尊重(人を生かす)の精神」を学ぶ第一歩を踏み出しました。

加藤氏の報告から労使見解について考える

20年苦しんだ原因

人を生かす経営を実践して体質の強い企業づくりを進めるためには、社員と接する自分の考え方を変えなければなりません。そこで重要なのが、労使見解で言われている「経営者の姿勢の確立」です。経営者しか会社の方向性を決めることができませんので、どんな困難があっても、社員や経営環境のせいにせず、「責任をとる覚悟」が「経営者の責任」とされています。

この学びに気づいたことで、20数年の苦しみからの脱却を図りました。今まで古参社員に対して「僕のやっていることは正しいことだ」と、自分の答えのみを押し付けてきたのではないかと思ったのです。さっそく古参社員に聞いてみたところ、「お前の言っていることは間違っていないし、正しい。2代目として一生懸命なのはよく分かる。でもお前の言い方が気にいらなかった」との一言です。つまり私の姿勢に対する感情的な反発であり、「20年間これで俺は苦しんできたのか」と分かった時、虚脱感で涙が出て、仕方がありませんでした。

経営者に必要な「聞く」姿勢

昔の当社は社員がせっかく気づいていても、社長へ意見を言えない社風になっていました。自分が会社のことを一番心配していると思い込み、人の話を聞かずに、私には私のやり方があると力んでいたのです。今だからこそ、社員の視点に立つ姿勢ができていますが、そこに至るまでにはいくつもの積み重ねがありました。

コミュニケーションをとる際に大切なのは、「ノウ・ハウではなく、ノウ・ホワイ」という視点で社員に質問をすることです。なんのためにという「目的(Why)」を説明した上で、「君ならどうする」と意見を求めなければいけません。

また、「社員からちっとも意見が出てこない」という話も聞きますが、経営者のコミュニケーション能力が不足している証です。私は「聞く」という姿勢が大事だと思います。社員の話を聞く前に、「お前はなんで黙っているんだ」と社長が説教していては、社員の腹に言葉は落ちていかないのです。私たち経営者は結論をすぐに出したがりますが、それを我慢して、「これについてどう思う」「どう考えている」と社員へ問いかけることが大切です。

社員が育つ風土をつくるために

労使見解を全社的に展開するためには、経営指針を成文化することが必要です。私は経営指針を全社員と共有していく過程が、最大の「共育」であると感じています。経営指針をつくり始めてから、理念で飯が食えるまでに約20年かかりましたが、それぞれの役割に応じた方針展開をすることで、会社全体の「経営理念の共有化」につながりました。

私は経営指針を構成する理念・方針・計画の整合性を、常に確認しています。ここが明確でないと、社員が混乱し信頼関係が崩れてしまうからです。理念・方針・計画とつくり、月次で回していきます。計画は正しいか、方針はズレていないか、理念に沿った方針になっているか。これをボトムアップ方式でやると、整合性があるかどうかの確認ができるのです。そして、繰り返すことで毎年、経営指針のレベルが上がってきます。経営指針のレベルが上がるということは、社員の能力も上がってきているということになります。

また、指針書の中に社員がどう考えて、どのように行動するかが見えていないと、それは指針書になっていません。大切なのは経営指針の目標に対するフォロー体制の確立です。方針や計画については、社員を巻き込んで作成し、月次のフォローを社員とすることが重要です。それを繰り返すことが、経営指針を浸透させることにつながります。その過程で社員の成長が図られ、生きがい、働きがいが生まれ、喜びと誇りを持って働ける企業風土ができます。会社にとって都合の良い人材を育てるのではなく、社員が育つ状態の風土をつくることが大切なのです。

参加者に自身の経験を問いかける

経営指針で将来が見える会社に

「個人経営の方に経営指針は必要ないのでは」という話を聞くことがあります。士業の方を例にあげると、もし毎月売上が変動したら、奥さんはどう感じるでしょうか。このまま不安定な生活が続くのかと心配になるかもしれません。また、夫が何をやっているか分からないと不安になるでしょう。

ここで指針書を基に、事務所を将来的にどうしていきたいのか、そのために何をしていくつもりなのかを家族会議に出して伝えれば、奥さんの不安は和らぐのではないでしょうか。

お客様も同じで、その事務所が何を目的に経営しているのか、事業承継をどのようにしていくのか不安に感じているはずです。人は年を取りますので、同じ人が永遠に仕事を続けることはできません。

お客様の立場に立ってみると、「あの人はいつまでやれるのだろう」と考えるはずです。当社でも経理をお願いしていた税理士が高齢になってしまったので、新しい方にお願いすることを決めました。将来の見えない会社には、いつの間にか仕事が来なくなります。なぜお客様が自社を選んでくれているのかを、改めて考えてみてください。

創業の精神を振り返る

2008年に起きたリーマンショックの影響で、2009年2月にはほとんど仕事が無くなり、月曜日と火曜日だけ出勤で、週休5日となりました。時間ができたことを幸いだと発想を切りかえ、それまでやりたくてもやれなかったことを始めました。それが、創業の精神を振り返ることでした。

社長交代をしようと思っており、先代である創業者の想いを後継者に伝えられるのは今しかないと考えたのです。ちょうど「創業の精神を振り返ってみてはどうか」という話が社員からも出されたことをきっかけに、10人ほどでプロジェクトチームを立ち上げました。過去の決算書などを出したり、勤続50年以上の古参社員たちに前社長や創業当時のことをインタビューして聞いたりしました。

「測定器や機械は大切な飯の種」、「きれいにしていなかったり、機械の中に少しでも測定器を置きっぱなしにしたりすると、頭ごなしに怒られた」、こういった思い出から創業者の想いを知ることができました。そこから「愛着と誇りを持って働こう」という言葉が若い社員から出てきたので、これは変えてはいけないものだと思いました。

ルーツを知り、未来へ生かす

また、自社を鍛冶屋と定義するルーツとなったのが、1959年に伊勢湾台風に見舞われたことです。1カ月もの間、工場が2メートルぐらい水に浸かっていました。現在のように機械がコンピューター制御ではなかったので、分解して天日干しを行い、組み立て直し、稼働させたそうです。この技術が今日のばらしの技術のルーツであったことを知りました。この技術があれば、天災があった場合に早く立ち直ることができる、技術を学ぶことが大切だと古参社員から聞くことができたのです。この取り組みを通して若手社員と古参社員の関係も良くなってきました。

事業承継において変えてはいけないもの(経営理念)の共通認識ができたので、2010年には安心して社長交代をすることができました。それに対し、変えるべきもの(変化に対応した戦略)はどんどん変えていかなければなりません。外部環境は常に変化するので、過去の成功体験は邪魔になってしまいます。当社は事業領域(経営戦略の前提条件)を自動車部品製造業と絞らないことで仕事の領域幅が広がり、市場の拡張・拡大・創造ができました。

社員の幸せが自社発展につながる

始めは、私の言うことを聞いてくれない社員も多く、経営者と社員がパートナーという考え方に納得がいきませんでした。それは私の「社員の幸せ」に対する考え方が間違っていたからです。そこで経営姿勢を見直し、生産条件(生産を豊かにする)から生存条件(人間らしく生きる)へと考え方を変えました。

生産条件とは、会社が儲かれば社員は幸せになるという考え方です。それに対し、生存条件とは、社員の幸せとは何かを徹底的に考えていけば、結果として必ず会社は発展するという考え方です。

人(人格)として認めるとは違いを認めることで、一人ひとりの持ち味や潜在能力を引き出し、長けている個性を生かすことが大切なのです。そして、「命の重さ」に差はありません。「生きること」そのものに価値があり、他人の痛みを感じる心(あてにし、あてにされる関係づくり)があれば、他人を思いやる心のある企業風土ができます。相手の立場に立って考えることが当たり前になるのです。

自社の課題を労使見解に結びつけて討論を行う

個々の力が発揮できるために

労使見解を学ぶだけでは、実は会社経営は良くなりません。自主・民主・連帯の精神を深めていく必要があります。これは一人ひとりの社員を人間として大事にしようという考えで、自身の中でより深めていくことが、経営者として一層大事です。

当社では相対評価で「仕事ができる社員、できない社員」という見方をするのではなく、一人ひとりの社員がどんな力を持っているのかを見る絶対評価をして、その社員の力に合わせた適正な配置をするようにしました。周りを見ても、優秀な人材を集めた会社は成功しているかというと、そうではありません。色々な人材が入り混じっているところが上手くいっているように見えます。自社でも簡単な仕事と難しい仕事がたくさんありますから、社員を適正に配置してからの方が会社は伸びたのです。また、個人目標は会社の評価に沿ったものではなく、その社員の力量に合った目標を設定したら上手くいきました。

地域となぜ関わるのか

当社はご近所から「ぜひこの町内にいてほしい」と言われる企業になれるように心掛けています。地域にとって必要な企業・存在価値のある企業が、維持・発展する企業の基本だと考えているからです。

愛知同友会では地区所属が問題となっていますが、これは何年も前に議論がされたことなのです。皆さんは「同友会運動の発展のために」という書籍を読まれているでしょうか。この書籍には同友会の歴史が記されており、その中で地域との関わりについて触れています。先輩が残してくれた財産があるのですから、しっかり活用していただきたいです。

また、地域について考える上で、災害が起きた時のことを想像してみる必要があります。会社や自宅が被害にあった時に助けてくれるのは近所の方です。その方と普段からつながりが無かったらどうなるでしょう。様々なことを考えながら、経営者は行動しなければならないのです。

地域と関わる上でとても大切なのは、子どもを育て、未来をつくることに協力することです。会社見学を受け入れるだけでなく、社員の皆さんが地域活動に参加できているでしょうか。人口が減っていく中で地域のお祭りが開催できないという話も聞きますが、地域行事が無くなることは寂しいものです。会社外のことにも中小企業が関わり、地域のことを知るきっかけにしていきましょう。

同友会の理念、活動のあり方、役員の役割など、運動を進める手引き(中同協発行、A4判63ページ、600円+税)。注文は事務局まで

中小企業の価値

私は同友会の役員になってから、中小企業の存在価値を社会に知ってもらいたいと心掛けてきました。自社が社員にとって「誇りと喜びの持てる、将来に向かって勤め続ける会社」になるためにも、多くの方に中小企業の役割を知ってほしいと感じたのです。

会勢が伸びていく中で、中小企業家同友会に対する行政からの期待も大きくなってきました。中小企業憲章・中小企業振興基本条例が、「地域づくり」に反映されることで、社員の生きがい・働きがいが実現できると私は考えています。

そして、地域で使うものを地域でつくり出すことが、新しい仕事づくり・市場創造になります。地域にあるものを地域で消費する「地産地消」ではなく、これからは地域で使うものは地域でつくる「地消地産」の考え方が重要です。地域循環ができれば、地域外への流出が無くなり「真の地域創生」が実現できます。そのためには、行政区単位に地区をつくり上げなければいけませんので、地区への所属は会社か自宅所在地にしましょう。

気づきマニアから学びの実践者へ

例会やグループ会へ毎回参加して学ぶことに熱心な方がいますが、学んで気づくだけの「気づきマニア」になって満足していないでしょうか。同友会は学んで自社で実践する会なので、気づきだけで終わらずに次のステップに進まなければなりません。

気づいて行動を起こすと、さらに新たな「気づき」を得ることができます。気づきの行動によって変革が生まれ、成長する。この循環が私たち経営者の質を高めることはもちろん、社員の成長にもつながって、会社全体の企業風土が醸成され、会社が発展していきます。これが、同友会が目指す姿だと思います。

報告と討論を通して学びを深める

会社は変化したか

大事なのは、学んで、会社の業績・社員の成長・顧客との信頼関係・幸福感などにおいて変化があったかということです。同友会で、あなた自身や会社は変わりましたか。変わっていなければ同友会にいる意味が無いと思います。

そして、「勝手な同友会」をやっていないでしょうか。これは同友会を我流に解釈していませんかという意味です。素直に信じて学ぶ姿勢が大切なのですが、自分が一番優れていると思い込んでいませんか。その状態では社員や仲間からの意見を受け入れられず、上手くいかないことに対して不満ばかり持つようになってしまいます。

また、言葉だけで実践が伴わない「同友会ごっこ」をやっていませんか。私たちは企業で実践をし、その過程を語る、同友会理念を広げる「語り部」であらねばなりません。そして、労使見解を基本とした同友会が目指す企業づくりの活動理念が、会社の中に行き渡っていますか。労使見解に基づく経営指針をよりどころに、「人を生かす経営」を実践した体質の強い企業づくりから始めましょう。

やってなんぼの世界

ここまで私の実践事例をお話ししましたが、会社の状況は様々なので、私がやってきたことをそのまま自社へ取り入れることはお勧めできません。なぜなら、問題の原因を認識した上で、その解決に取り組まなければ意味が無いからです。そして「良い話だった」で終わらせずに、「やって、やって、やり続ける」ことが必要です。同友会は「やってなんぼの世界」ですから、実践することで変化に気づくようになれば、チャンスを捕まえる力がついてきます。

また、自分だけの知恵や1人の行動では、たかが知れています。同友会には多くの仲間がいますので、TTP(徹底的にパクる)をしてください。自分の腹の中に吸収して、自分の言葉で語れるまで学び、実践していくのです。新たな課題が発見され、それを解決していく。それを永遠に繰り返すことで、自身の成長が図られます。そして社員が成長していくことで企業体質が強くなり、会社は必ず発展します。「理屈はいらない。実践のみ。そこから、やるべきことが湧き出てくる」ことを、私からの提起とさせていただきます。


■座長まとめ

経営者としての使命感を
~先輩からの財産を自身の成長へ

吉田 幸隆氏  エバー(株)

吉田 幸隆氏

加藤さんの報告を聞いて、ある社員の顔が浮かび、すぐに会社へ戻って話がしたいと思いました。このようなことが、気づきから学びへの実践です。

労使見解は企業づくりの原点ですので、自社の課題は何かを労使見解と照らし合わせてみてください。また、労使見解の前書きにも記されていますが、なぜ経営姿勢が重要なのかを今一度考え、「なんのために」という視点をどんどん広げていただきたいと思います。同友会の学びに触れるだけでなく、自社での実践につなげましょう。

先駆者から学ぶべきことは、経営者としての使命感だと私は考えます。同友会には多くの優れた書籍がありますので、先輩から受け継いだ財産を大いに活用してください。

最後になりますが、共に活動したいと感じてくれる企業が増えれば、同友会運動は更に拡大していきます。自分を見つめ直し、自社が成長できるように実践あるのみです。

【文責:事務局 佐藤】

●第19回あいち経営フォーラムの報告集は、下記URLでご覧いただけます。
https://www.douyukai.or.jp/wp-content/uploads/2020/06/forum19th_reports.pdf