活動報告

10年後の社会・働き方を見据えた企業づくり(3)

今後の採用と新入社員の育成を考える
~『経営学習論』からのアプローチ

五十畑 浩平氏  名城大学准教授

企業の将来を見据えてオンライン合説で採用活動を行う

8月号から始まった連載の第3回は、将来に向けての採用や新入社員の育成についてです。「組織社会化」の考え方をベースにした、五十畑准教授の問題提起を紹介します。

採用と育成は「組織社会化」のプロセス

今回は、将来に向けての採用や、新入社員の育成について、『経営学習論』(中原淳氏・立教大学教授、2012年著)をベースに考えていきたいと思います。

同著で述べられている考え方に「組織社会化」があります。これは、組織への参入者が組織の一員になるために、組織の規範・価値・行動様式を受け入れ、職務遂行に必要な技能を習得して組織に適応していく過程を指し、まさに新人の採用から育成のプロセスに当てはまります。

組織社会化は採用前から始まる

組織社会化は、組織への参入前、企業で言えば採用前の段階から始まっており、この「予期プロセス」は重要な点です。

採用前の段階でありがちなのが、企業側が学生に「良い情報」ばかりを伝えることです。このことにより、学生は「バラ色の社会人生活」を期待して入社してきますが、実際には良いことばかりであるはずがなく、厳しい現実にも多々直面することになります。

明るい未来を過度に期待して入社した新人は、この厳しい現実とのギャップに苦しみ、組織社会化に苦労することとなり、早期に離職してしまうケースも後を絶たないと思います。

こうした事態を起こさないために重要になるのがRealistic Job Preview(RJP=現実的職務予告)と呼ばれるプロセスです。これは、新人が組織に参入する前に、現実の職務や組織に関して、ネガティブな面を含むリアルな情報を与えることで、過度な期待を抑制し、ひいては組織社会化を円滑に進められる情報提供のあり方です。新規参入者にとって組織に対して、厳しい現実に直面する前段階での「ワクチン効果」が期待でき、結果として離職率の低減にもつながります。

社員の育成に何が影響するか

新人の参入後の組織社会化戦術としては、次の「6次元のタイポロジー(類型学)」が挙げられます。新人研修やOJTでの場面を思い浮かべてみてください。(1)集団で行うのか個人的に行うのか、(2)公式なのか非公式なのか、(3)連続的なものか非連続的なものか、(4)固定的か可変的か、(5)継続的なのか断続的か、(6)新人の価値観に対して付加するものか剥奪するものか。これらの要素のバランスを取りながら、研修やOJTを行うことで、組織社会化の効果が大きくなります。

この点について、大企業では多人数の新人を一度に相手にするため、組織社会化のあり方は大体画一的にならざるを得ないですが、中小企業では新人一人ひとりをよく見て、個々人に合わせた対応を行うことが比較的しやすいと思われます。これは中小企業ならではの強みと言えるのではないでしょうか。

また新人にとって、直属の上司が与える影響は見逃せません。研究によると、入社1年目の直属上司との業務指導や人間関係(垂直的交換関係)が、入社3年目の初期キャリアの発達に、入社後3年間の直属上司から付与された職務経験が、入社7年目の管理能力に大きな影響を与えています。

さらには、入社後3年間の垂直的交換関係が入社後13年目の昇進や給与などに影響を及ぼしていることもわかってきました。

10年後を見据え、今すぐ実践を

こうしたことから、「社員の10年後を考える」のであれば、まさに今すぐにでも、新人教育や社員間の上司と部下の関係をあらためて見直し、より良い成長と発展を促すことが求められているといえます。

大企業とは異なる中小企業の強みとして、凸と凹とのマッチングとも言うべき多様性があり、効果的なRJPの下地になると思います。また、社員一人ひとりに目が届きやすいため、経営者自身が人材育成に携われるのも特長といえます。経営者自身の管理職としての能力が問われるのです。

こうした考え方をもとに、10年先を見据えた採用と育成を各社で考え、実践してはいかがでしょうか。