活動報告

第3回「労使見解」を深める学習会(9月1日)詳細2

人を生かす経営推進部門

憲章精神に基づく経営環境づくり
~賃金問題は労使の共通課題となった!

渡辺 俊三氏  名城大学名誉教授
城所 真男氏  重機商工(株)

名城大学名誉教授の渡辺俊三氏による問題提起「最低賃金の引き上げと中小企業の対応~中小企業憲章の精神に基づく企業環境づくり」を受けて、今月号では重機商工の城所真男氏の実践報告を掲載いたします。

同友会運動とは企業経営を通して、よりよい社会をつくること

城所 真男氏
城所 真男氏

避けては通れない賃金問題

渡辺俊三先生より、「最低賃金制度は、労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことを保障する手段であり、中小企業淘汰のための手段ではない」との提起がありました。

賃金上昇は労働者の生活水準向上に直結しており、「人を生かす経営」を具体的に実行していく上で避けては通れません。8項目ある「労使見解」の4つ目の「賃金と労使関係について」では、次のように記されています。

「(1)社会的な賃金水準、賃上げ相場、(2)企業における実際的な支払い能力、力量、(3)物価の動向、という3つの側面を正確につかみ、労働者に誠意をもって説得し、解決をはかり、一方、その支払い能力を保証するための経営計画を、労働者に周知徹底させることが必要です」「経営者は昇給の時期、その最低率(額)および賞与の時期、その最低率(額)と方法などについて明確にできるものは規定化するよう努力すべきです」。

私は、ここが経営者の信念と覚悟だと思っています。

賃金引き上げへの対応

賃金を引き上げるには、売上げを伸ばし、コストを差し引いた付加価値を社員に分配する方法が一般的と思われますが、愛知同友会の政策委員会で議論したのは、先に社員の所得を決め、そのための経営計画を立てる方法です。具体的な対応策は次の(1)~(6)となります。

  1. 時間金額を社員の給与に換算し、それを支払うための必要売上高・付加価値額を算出する
  2. (1)の実現に向けた経営計画を策定する
  3. (2)の計画を遂行する上で取るべき方針・戦略を検証する
  4. (3)の方針・戦略を遂行していくための企業づくりの具体的方向性を検討する
  5. (4)の企業づくりを進めるにあたっての外部阻害要因を抽出する
  6. 抽出された外部阻害要因克服に向けた政策を検討する

つまり、賃金を引き上げるには、(1)~(4)の自社内で行う対応と、(5)(6)の環境改善による対応が必要だということです。

重機商工での実践

個人目標を設定する

この対応策を基にした自社での取り組みを報告します。 まず、期が始まる前に社員一人ひとりに「個人目標設定シート」を作成してもらいます。書き込む項目は次の(1)~(6)です。

  1. 前年度の源泉徴収票の支払金額
  2. (1)に昇給率をかけた金額(今年度の昇給金額)
  3. (2)を12カ月で割った所得月額
  4. 前年度の実績から予測される部門経費
  5. 部門の間接人員経費
  6. 月1人あたり会社に残す再投資分(会社の利益)

(3)~(6)の合計額が、その社員が稼ぐべき1カ月の目標粗利となります。その一人ひとりの合計額をチーム目標とします。

自己計画を立てる

1カ月あたりの個人目標の付加価値額を基に、経営理念に向かって活動する「自己計画ヒアリングシート」(下図)を作成します。

5年後、10年後を描いて作成する「自己計画ヒアリングシート」

シートには、縦軸が「今年、5年後、10年後」、横軸が「生きる、働く、学ぶ」となった表があり、縦軸と横軸が交差した9つのマスに記入していきます。

例えば、「今年」と「働く」が交差するマスには、今年の活動目標を入れ、そのために何にチャレンジするかを「今年」「学び」のマスに記入します。ある社員は「今年」「生きる」のマスに、「体重を減らす、毎朝散歩を続ける」と目標を設定し、少しでも体への負担を減らし働くことができるようにしています。

5年後に結婚を計画している社員は、家族が増える「5年後」にどう「働く」のか、そのために何を「学ぶ」のか。10年後には子どもが生まれると想定し、課長になっていたいのであれば、課長に昇進するために「10年後」何を「学ぶ」のかを書いてもらいます。

この「自己計画ヒアリングシート」を基に、毎年2回の個人面談を行います。社員からは会社や社長への要望、現場で必要とされる資格の提案なども出されるので、経営計画や就業規則に反映していきます。

こうして、 一人ひとりの面談を終え、各部門で集約し、重機商工全体の付加価値目標を確定し、社長方針を出します。それに基づいて各営業所長が方針を出し、粗利と売上げの見込みを立てます。

一人 あたりの1日の活動目標は、組織図に入れて全社員で共有し、その日の結果は翌朝に私が全員に確認して一覧表にしています。悪い状態をいち早く察知することができ、翌月早々には月次決算が把握できるなどメリットもあります。

こうして、社員の所得から経営計画を立てる仕組みはできましたが、私が期待する目標と社員が希望する目標にはかなりギャップがあります。改めて、社員の目標に向かうモチベーションを上げるのは経営者の役割だと実感しています。

中小企業の意義と役割について述べている憲章の「前文」(上段)

国民一人ひとりを大切に

同友会は2003年から中小企業憲章と中小企業振興基本条例の制定を活動方針に掲げ、取り組んできました。現在、中小企業憲章は2つあることをご存じでしょうか。

1つは同友会が作った「中小企業憲章草案」、もう1つは政府が作成し閣議決定された「中小企業憲章」です。2つの大きな違いは、前文の「主語」にあります。中小企業憲章草案は「私たち国民」が主語であり、閣議決定の憲章は「政府」が主語となっています。国民一人ひとりを大切にする豊かな国づくりのために、同友会の中小企業憲章草案が国会で決議されることを切望しています。

地方議会で採択する中小企業振興基本条例は、中小企業政策に関する理念で、愛知県内では20近くの市町で作られました。これは、首長、行政職員、地方議会議員、地域内の住民に対して一定の拘束力を持ち、施策の継続性を担保します。つまり市長が変わっても、考え方や施策は受け継がれるということです。

中小企業振興基本条例の効能は、(1)地域全体で中小企業を守り、育てる拠り所となる、(2)経営理念の「地域貢献」、「社会貢献」を具体的に自覚し、地域関係者と共有することで経営指針の実践につながる、(3)中小企業の地域での役割の明確化と大切さを地域の人々にも理解してもらうことにあります。

中小企業憲章草案を基に中同協が作成した「中小企業家の見地から展望する日本経済ビジョン」では、私たちが展望する日本経済の発展方向が7項目にわたり提案されています。

これらの憲章、条例、日本経済ビジョンと経営指針がバラバラになっていてはいけません。自社では、中小企業憲章草案の10項目の指針を自社に置き換えて具体化し、日本経済ビジョンを目指す経営指針を推進しています。その上で、課題や阻害要因となる外部環境について学習し、あるべき姿に向かって改善運動をしていく、これが大切だと考えています。

豊かな国民生活の実現を目指す「日本経済ビジョン」

「ゆたかな社会」とは

渡辺先生より、「2020年の国連の発表では、日本の幸福度は153カ国のうち62位。生産性の低さより、幸福度の低さのほうがより深刻ではないか」と提起がありました。これは、まさしくそうだと思います。

私が尊敬する世界的経済学者の宇沢弘文先生が描く「ゆたかな社会」を、著書『社会的共通資本』からご紹介します。

ゆたかな社会とは、次のように定義されています。

  1. 先天的、後天的資質と能力とを充分に生かし、それぞれの持っている夢とアスピレーション(熱望、抱負)が最大限に実現できるような仕事にたずさわる。
  2. 私的、社会的貢献に相応しい所得を得て、幸福で、安定的な家庭を営む。
  3. できるだけ多様な社会的接触をもち、文化的水準の高い一生を送ることができるような社会。

そして、日本が幸福度を上げていくための基本条件をこう記しています。

  1. 美しいゆたかな自然環境が安定的、持続的に維持されている。
  2. 快適で清潔な生活が営むことのできる住居と生活的、文化的環境が用意されている。
  3. すべての子供たちが、それぞれの持っている多様な資質と能力をできるだけ伸ばし、発展させ、調和のとれた社会的人間として成長しうる学校教育制度が用意されている。
  4. 疾病、傷害に際してその時々における最高水準の医療サービスを受けることができる。
  5. さまざまな希少資源が以上の目的を達成するためにもっとも効率的、かつ衡平に配分されるような経済的社会的制度が整備されている。

私たちの使命

私たち同友会会員には、国民の幸福度を上げ、豊かな社会を創る使命があります。

同友会の経営環境改善運動とは、日本の幸福度を上げる基本条件をつくることです。企業の内部環境においては経営指針作りと実践、外部環境においては同友会の日本経済ビジョンに向かう学習と運動が求められています。

【文責:事務局 岩附】