新たな価値創造を阻むアンコンシャスバイアス
中村 奈津子氏 NPO法人参画プラネット
第24回女性経営者全国交流会を愛知で設営するにあたり、ジェンダー平等(男女共同参画)についての理解を深め、多様な人が活躍できる企業づくりを実現するための手がかりを掴もうと、NPO法人参画プラネットの中村奈津子氏を招いてプレ学習会を4月から全3回開催しています。今号では第2回「新たな価値創造を阻むアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)」について、報告の概要を紹介します。
「アンコンシャスバイアス」とは?
皆さんは普段の会話の中で、男らしさや女らしさ、「女子力」などという言葉を使ったり、血液型で相性を決めつけたり、「尾張の人は……」などと出身地で人となりを紐づけたり、意見を主張する際に「普通は○○だよ」と自分の価値基準で物事を進めてしまったり、昔と今を比較してしまったりすることはありませんか。
また企業においては、定時で帰宅する社員は仕事への責任感ややる気がない、雑用や事務的な仕事はできれば女性や若手にやってもらいたい(反対に、困難な仕事は男性が担当するほうが良い)と思う。外国人労働者は自分の組織にはなじまないと感じる、育児中の女性や介護を担う人は戦力として期待できない、気の合う人や好ましく思っている人に対しては失敗しても甘い評価をしてしまう、などもあるかもしれません。
実はこのすべてが「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)」です。
組織にとってもマイナスに
アンコンシャスバイアスとは、誰もが潜在的に持っている偏見のことをいいます。
人間は、育つ環境や所属する集団の中で、知らず知らずのうちに脳に情報を刻みこみ、それを既成概念や固定概念としてしまう生き物です。ただし、膨大な情報を処理するには単純化して直感的に判断することが必要ですから、人間が生きていく上で必要な能力という側面もあります。
このような私たち人間が無意識につくってしまう偏見の対象は、男女(ジェンダー)、人種、世代、学歴、職業、地域、立場などさまざまです。そしてこれらの偏見が、自己や他者への「評価や判断」に影響することで、社員の能力発揮を妨げ、その結果、組織にとってマイナス要因となってしまうことには注意が必要です。
個人と組織にどう影響するか
仕事上で起こりうる影響は、荒金雅子氏の『ダイバーシティ&インクルージョン経営―これからの経営戦略と働き方』(2020年・日本規格協会)によると次のように整理できます。
まず個人の場合は、モチベーションの低下、無気力、思考停止、疎外感・孤立感の増加、職場へのあきらめ、遠慮がちになる、イライラやストレスが増える、挑戦できなくなる、などがあります。こうした影響は当然、組織にとってもマイナスとなり、職場の停滞感、コミュニケーション不全や相互不信、離職率の上昇、ハラスメントの増加、個人や組織のパフォーマンスの低下、活力低下、イノベーションが生まれづらくなる、などの弊害につながることになります。
何より、アンコンシャスバイアスはコミュニケーション不全を招く原因です。自らを省み、そして「伝わらない」ことを前提に置きながら相手と対話することが、アンコンシャスバイアスを防ぐ上で重要です。
アンコンシャスバイアスが強まる要件
またアンコンシャスバイアスは、管理職・経営層などの上位職になるほど気づきにくいという傾向もあります。よくあるのは、上位職の同質性が非常に高い場合、それに伴い他者や周囲への想像力が弱まるケースです。
ほかには、たとえば仕事のやり方が時代に合わなくなっていたとしても、その変化に気づかない、あるいは「それくらいのこと」「あって当たり前」「それを乗り越えることで一人前になる」と、逆に開き直ってしまうケースなどもあります。
さらに、部下の評価や育成、仕事を割り当てる役割といった、地位や肩書きが持たせる具体的な力を指す「ポジションパワー」や、上司と部下、性別(ジェンダー)、年齢、資産、学歴、専門性、婚姻の有無などの「社会的ランク」、あるいは中途採用者や異動者、知り合いのいないパーティなどの「文脈的ランク」といった、組織やコミュニティにおける多数派や、力を持っている人ほど気づきづらいのもアンコンシャスバイアスの特徴です。このことは、より力を持っている側が、より自覚的でなければならないことを意味しています。
「言わなくてもわかるだろう」は「思い込み」
アンコンシャスバイアスが発動するきっかけは、大きく「習慣・慣習」「エゴ」「感情」の3つです。そして、これら3つに「気づく」ことが、アンコンシャスバイアスによるマイナスの影響を回避することにつながります。
習慣・慣習によるアンコンシャスバイアスの発動とは、慣れ親しんだ環境や当たり前・常識だと思っていたことが時代に合わなくなったり、多様性が増す中でズレが生じたりしているにも関わらず、それに気づかないままに行う言動です。
たとえば「言わなくてもわかるだろう」という言葉がありますが、実はそれが「思い込み」であることも少なくありません。言葉を省略するのではなく、自己開示を心がけること、何よりも自分の習慣や常識を押し付けようとせず、相手の言葉を最後まで受け止めることが大切です。
自分の「エゴ」に気づいた時がチャンス
人間の脳は不安や怖れ、ストレスが生じると、それを回避しようと働き、無意識に自分にとって都合の良い解釈や言動をとります。これが結果的に、相手を尊重していない自己都合の言動に映ることになります。
ただし、このような場面に気づくことで、アンコンシャスバイアスの修正につなげることができます。
たとえば、相手をコントロールしたがっている、自分の都合の良いやり方を通そうとしている、自分の非を認めようとしない、自分と相性の合わない人を避けているなどは、総じて自分のエゴが出ている場面です。気づいた時がアンコンシャスバイアスを修正できるタイミングですから、ぜひ慎重に自分自身に向き合ってください。
「感情的」になる前に
自分の感情を正しく認識している時、人間は「感情的」にはなりません。逆に、感情的になっている時は、他者や物事を冷静に見ることが難しくなります。
人が感情的になるポイントは、劣等感やコンプレックス、こだわり、とらわれなどさまざまありますが、大切なことは、攻撃的な考えや言動が出そうになった時に、一旦距離を取るなどの適切な対処です。「アンガーマネジメント」を学ぶことや、自分のモヤモヤを誰かに聞いてもらうことなどが、良好な関係を築く上で有効だといえるでしょう。
新たな価値創造のためにできること
アンコンシャスバイアスを減らし、新たな価値を創造できる組織にしていく上で、リーダーの役割はとても大きなものです。まず、リーダー自らが自己開示をすること、アンコンシャスバイアスに気づいた時に修正する態度を見せることです。こうしたリーダーの行動は、職場の心理的安全性を高め、社員がリスクをとることを安全だと感じることにつながるとともに、相互信頼につながります。
また言葉の解釈を確認しあう(違いを共有する)ことも大切です。違い=間違いではありません。あくまでも、自分と他者との常識や価値観、物事を見る視点・考え方が異なるのは当たり前ということを前提にしたコミュニケーションをとる姿勢が期待されます。
さらに、余裕をつくることです。時間、仕事、コミュニケーション、そして心理的な余裕を生み出すために仕事の見直し、属人性や重複業務、メールなどのコミュニケーションツールの特性の自覚、心の柔軟性を取り戻す工夫を意識的に進めていきたいものです。
最後に、アンコンシャスバイアスが入り込まないための工夫は、組織デザインによっても可能です。たとえば、職務のポジションごとの目的、責任、内容と範囲、あるいは求められるスキルや技能、資格といったジョブディスクリプションの明示化も有効でしょう。
無意識の意識化を
働く人材の多様化に伴い、働き方も流動的になっています。アンコンシャスバイアスは、新たな価値創造を阻む大きな要因です。いかに無意識を意識化できるかを考えていくことで、組織風土も個人の働き方も、より良い方向に向けていくことができます。
皆さんは今日、ご自身の何に気づくことができましたか。
【文責:事務局・下脇】