活動報告

人を生かす経営推進部門 第5回「労使見解」を深める学習会(1月17日)

基本的人権とは
~人類が歴史の中で獲得してきた成果(前編)

長谷川 一裕氏  弁護士法人名古屋北法律事務所

長谷川 一裕氏

人を生かす経営推進部門は1月17日に第5回「労使見解」を深める学習会を開催し、40名が参加しました。

現在は「人権尊重」が企業経営に不可欠であり強く求められることが世界的な潮流です。例えば広く浸透が進んでいるSDGs(持続可能な開発目標)も、根底には人権尊重の考え方があります。そしてもちろん、私たちが推進している「人を生かす経営」においても人権尊重が基礎であり、さらには「人が生きること」に関連するところには「人権」は必ずあるものです。

このように経営にとって非常に密接であるはずの人権を、私たちは普段どのように意識し経営しているでしょうか。人権について明確に説明できる経営者はどれだけいるでしょうか。

今回は、弁護士の長谷川一裕氏を講師として、人権尊重の経営がこれほど求められている社会背景や、日本国憲法を題材に、そもそも人権とは何かを1から学び考える学習会を行いました。その概要を2回に分けて紹介します。

なぜ今「人権尊重経営」なのか ―その背景を考える

この10年、「人権尊重経営」を求める社会の構造変化は非常に急激です。大きな背景としてあるのは、SDGsにも内包される、人権尊重を求める国際社会の大きなうねりによるものです。

その1つは、国際連合を中心とする、人権を確立する取り組みが巨大な力を発揮し始めたことです。直接的には2011年の「ビジネスと人権に関する指導原則」が代表的なもので、企業の社会的責任として、直接的にも間接的にも人権尊重を求める方向性が明確にされました。

2つ目には、SDGsに謳われ、同友会でも女性経営者全国交流会などを通じて学ばれてきていますが、国際社会におけるジェンダー平等をめざす潮流の強まりです。

日本ではこの点で特に、男女の固定的な役割分担の非常に根強い風土があり、世界的に大きく立ち遅れていました。それが近年ようやく注目され始めており、ジェンダー問題が真剣にさまざまな形で取り組まれるようになってきました。

3つめは、社会の構造的変化と価値観の変容です。高齢化と人口減少の急進により、多様な人材・労働力が不可欠になりました。また世界的な情報化社会の進展で情報伝達速度は飛躍的に発展し、人権に関する問題や運動もSNSを通じ一瞬で世界中に広がる時代となりました。

このように、人権尊重を求める時代の変化は、企業経営に対して待ったなしの状況であり、旧来の価値観や体質を改め人権尊重経営を求めている、そういう認識を持つべき時代に入っていると考えます。

日本国憲法のエッセンス ―立憲主義と個人の尊重

「人権」とはいろいろな定義がありますが、端的には「人間が人間らしく尊厳をもって生きる権利であり(個人の尊厳・尊重)、すべての人間が(平等性)生まれながらに持っている権利(生得性、前国家性)」が広い意味での人権であり、この理念は日本国憲法にも謳われています。

日本国憲法で「個人主義(個人の尊厳・尊重)」は13条や97条で規定しており、普遍的な人権思想が取り入れられていることがわかります。戦前の全体主義(国家が最も尊重される)から根本的に転換した、この憲法のエッセンス中のエッセンスといえます。

そして個人主義と対をなすエッセンスというのが「立憲主義」です。個人の尊厳こそが至上の価値であり、政府・国家はそれを守り実現するために組織されるのであって、政府・国家がその役割を放棄した場合は、人民はその政府を廃止し改める権利を持つ、というのが立憲主義の考え方なのです。

この「個人主義」「立憲主義」という憲法の基本理念に深く根ざしているのが人権であり、この基本理念をいかに評価するかによって、企業経営のあり方が大きく変わってきます。

「自由権」「社会権」「参政権」―企業活動や勤労者の権利保障は

日本国憲法が保障している人権の種類は、大きく「自由権」「社会権」「参政権」に分類されます。

自由権については「国家からの自由」と言っても良いかもしれません。思想信条・信教・表現の自由(19~21条)、そして財産権(29条)や職業選択の自由(22条)などが明記されています。

企業経営に関することでは、財産権によって営利活動が保障されているほか、「営業の自由」は明記はされていませんが、これは職業選択の自由に包含されるという解釈が確立しており、公共の福祉に反しない限り営業の自由は保障されているという考え方です。

社会権は20世紀に発展してきた比較的新しい人権です。25条では「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と生存権を、26条では教育を受ける権利を保障しています。

しかし、生存権を脅かす貧困問題、そして貧困の連鎖・固定化は深刻です。これを解消するためにも、すべての子どもたちが等しく教育を受けられる社会の実現を、私は強く願っています。

27条では勤労の権利と義務、28条では勤労者の労働基本権(団結権、団体交渉権、団体行動権)を保障しています。同友会でも「労使見解」などで「対等な労使関係」と謳っている通り、企業と労働者は対等な立場で契約を結ぶのが、近代資本主義経済の大原則ではあります。

しかし現実には対等な関係にはなりえず、一部の企業・資本家による独占と、他方で貧困や格差が形成されていくという、資本主義の矛盾が顕在化していきました。そのような環境下ですべての人の人権を保障するために考え出され発展してきたのが、団結権などの労働基本権です。

参政権は、公務員を選定・罷免する権利、選挙権、請願権などです。

人権は無制限ではない ―制約原理「公共の福祉」

人権は無制限に行使が許されているわけではなく、12条で「国民は、これ(基本的人権)を濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」、13条でも人権の尊重について「公共の福祉に反しない限り」とあるように、すべての人権には「公共の福祉に反しない限り」という制約がかけられています。

「公共の福祉」とは社会全体の共通の利益であって、誰かの人権行使によって他の誰かの人権が侵害されることを防ぐため「人権と人権の衝突」を調整するための原理です。

中でも企業活動に深く関わる22条(職業選択の自由)と29条(財産権の保障)には特別に、条文の中に「公共の福祉」が書き込まれています。これは社会権的な考え方であり、現実には対等・平等になりえない企業と勤労者の関係については、先に述べたように勤労者に労働基本権を保障し、その反面で企業活動については幅広い制約が認められているのです。

自由権に重点が置かれていた18・19世紀の近代憲法から発展し、20世紀の現代憲法においては生存権・社会権が重視されるようになりました。この点から日本国憲法は、現代憲法に分類されるということを押さえておきたいと思います。

【文責:事務局 政廣】