なぜ今、「一社一人関わる・愛知モデル」なのか
浅井 順一氏
(株)浅井製作所・代表取締役 障害者自立応援委員長
2023年度秋に愛知で開催される第22回障害者問題全国交流会(略称・障全交)の実行委員会がスタートしました。
学習会型実行委員会の第1回では、障害者自立応援委員長の浅井順一氏が、「なぜ今、『一社一人関わる・愛知モデル』なのか」をテーマに、自らの経験を基に報告、討論しました。
ガラリと変わった認識
自社は自動車部品の製造業で、社員77名のうち障害者枠で雇用した3名と、雇用後に障害者手帳を持っていることがわかった社員1名の計4名が一緒に働いています。
2016年度、西三河支部長を降りる際、先輩会員の杉浦昭男さんから障害者自立応援委員長の後任を頼まれました。当時は、「委員会は障害者を助けるボランティア活動をしている」と誤解しており、新工場を建てたばかりで経営的に余裕がなかった私は、むしろ経営指針に集中して勉強したいと思っていました。しかし、同友会では「役を頼まれたらやりなさい」と言われており、委員長を引き受けることにしました。
委員会への認識がガラリと変わったのは、障害者雇用に取り組む農園貸出事業を見学した時でした。そこでは大手企業の法定雇用率達成のために、障害者がビニールハウスの中に囲われ、会社の社員との交流もなく、市場に出ない野菜を作っていました。それを見た委員会のメンバーたちが「これが働くことか、やりがいはあるのか」とひどく怒り出したのです。
私は最初、「障害者は就職できる、大手企業は雇用率を達成できる、農園貸出事業所は潤う、三方よし」と思っていました。しかし見学するうちに、雇用率達成のための顔の見えない雇用に疑問が湧いてきました。同友会のめざす障害者雇用は違います。雇用して一緒に働く中で育ち合う、責任ある経営姿勢を学び合う場が障害者自立応援委員会なのだとわかってきました。
ぶれない価値感
委員会での障害者雇用の実践報告やグループ討論を、自社に重ね合わせて考えるうちに、私の価値観は変化していきました。支部長(理事)を経験し、ある程度同友会のことをわかったつもりで、経営指針を学び会社の規模を大きくし、儲かる会社にしようと夢見ていました。それが、委員会に参加するうちに、自分に人間尊重経営の視点はあったのか、まだまだ足りなかったのではないかと考えるようになりました。
当時、新工場を建て、多額の借金を抱えていた際、これまでのアットホームな社風ではダメだと助言され、社員に優劣で差をつけ始めました。すると、ますます社内はぎくしゃくしていきました。これでは全社一丸の体制はできないと焦る私に、互いの能力の違いを援け合い、会社の目標に向かう人間関係をつくり上げることが社長の役割、責任だと教えてくれたのが、障害者自立応援委員会でした。
委員会では、障害者雇用に社員が納得しないという悩みも出てきます。スズキ&アソシエイツの鈴木学社長の実践報告にもありました。社員から障害者雇用への不満が出た時、鈴木氏は「人間はそれぞれ能力に違いがある。互いの違いを認め、補い合うこと。それが自分自身を認めることにもなる。我が社の障害者雇用の目的はそこにある」と朝礼で社員に語ったそうです。なぜ障害者と一緒に働くのかを経営者自身がぶれずに語れる、それが大切なのです。
こうした委員会での気づきを自社に生かす、そのサイクルの中で知らず知らずのうちに経営者の人間性や社会性が磨かれていく、それが障害者自立応援委員会の学びです。委員長になって2年、ようやく、みんなが言う「障害者との関わりは、同友会の1丁目1番地だ」ということばが腹に落ちてきました。
よい会社にしたい
障害者自立応援委員長として中同協の委員会に参加するようになると、各地同友会の参加者は障害者に関する専門事業所の会員が多くみえました。グループ討論で、私が障害者を雇用して自社がどう変わったのか、どんな波風が立ち、それをどう克服し、社員はどう変わったのかと経営の話をしても、討論がかみ合いません。福祉事業の方は福祉の視点で語り、経営のフィールドとの違いを感じました。ベースは同友会なので、経営者として、社員や地域にとって、よい会社にするために学ぶ、それが私たちの立つべきフィールドだと思います。
一方で、愛知同友会の会員の多くにも違和感があります。それは、委員会に入る前の私と同じで、「自社での雇用は無理です」「すばらしい活動だと思いますが、自社に持ち込まれるのは困ります」という姿勢です。これも、同友会のめざす人間尊重経営の姿勢とは違います。福祉事業、そして障害者から目を反らす会員企業、どちらのフィールドにも違和感があります。
同友会の目的の3つ目には「よい経営環境をつくろう」とありますが、これは委員会(組織)を通じて社会正義を達成しようということではありません。会員は、自社をよい会社にしたいと思って入会します。会員同士が切磋琢磨し、自社で実践し、よりよい会社にしていく、これが同友会の学びのサイクルです。
地域に根差す4000社が、自社を人間尊重経営で成長させる、そういう会社が増えるほど結果的によい社会になっていく――このプロセスが、本来同友会がめざす「よい経営環境づくり」です。今、よい環境、よい社会をつくることがクローズアップされ過ぎて、その前提となるよい会社づくりに靄がかかっているように思えてなりません。
一社一人関わる運動
最近、障害者のことを語る時に、ダイバーシティ、多様性、SDGs等のことばを耳にします。中同協の障害者問題委員会に集まる各地同友会の委員会も、さまざまな就労困難者の雇用問題に取り組み、名称を障害者問題委員会から「ダイバーシティ」「ソーシャルインクルージョン」等に変えています。その中で愛知同友会は、委員会発足の精神を基に、障害者に的を絞って活動しています。
愛知同友会の資料をひもとくと、「どうすれば心身障害者の働く権利と、生きる権利が保障できるか」「慈善ではなく、生活と労働を保証する」と宣言し、経営者として障害者と向き合い、どう社内で実践するかを学び合う委員会を立ち上げたことが記されています。
愛知同友会は発足当時から障害者との関わりを持ち、前回、障全交を愛知で開催してから25年が経ちました。しかし、運動の広がりは十分とは言えません。
健常者は、努力をすれば権利を100%行使できます。しかし一方で、障害ゆえに望むことを十分に追求できない人がいます。その満たされない部分を支え補う、そこに人間尊重の精神は自ずと醸成されていきます。
人間尊重の経営姿勢を学ぶ会員として、リスクを怖れる経営者が障害者に真正面から向き合い、経営の人間性や社会性を見つめ直す。この原点の精神を継承し、故赤石義博さん(元中同協会長・相談役)が言われた「障害者問題は、同友会運動の背骨」であることを会員に伝えていく責任があります。
愛知同友会の障害者自立応援委員会が掲げている「一社一人関わる運動」とは、会員各社が1人でもよいから障害者と関わろうと呼びかけるスローガンです。雇用のみを指すのではなく、まずは会員みんなが何らかの形で障害者と関わり、そこで気づいたことを自社に生かし、輝く中小企業になっていこうというものです。委員会発足の精神「慈善ではなく障害者の働く権利と生きる権利を保障する」、「障害者と向き合い人間性や社会性を学んでいく」、「それらを原点に会員相互の連帯を深め、企業内に互いの違いを認め補い合う人間性豊かな企業風土をつくっていく」、これを深く浸透する活動を、「一社一人関わる・愛知モデル」と呼びたいと思っています。
よい会社とはどういう会社か、障害者雇用をなぜするのかを障全交で投げかけていきたいと思います。
【文責:事務局 岩附】
愛知中小企業家同友会・障害者自立応援委員会
「一社一人関わる・愛知モデル」
- 人間尊重経営を掲げる上で、障害者に寄り添うことは必然です。
- 障害者の存在は、同友会の学びの中で違和感なく会員の課題として議論します。
- 障害者と関わり、やがては雇用することを理想とします。
- 当委員会で言う障害者雇用とは、経済的価値を生み出し社会に貢献する自立型企業づくりにおけるものと位置付けます。
- 雇用はできなくても、障害者の作ったパンや商品を買う、イベントに参加する、施設に仕事を出す、実習を受入れるなど、関りを見出し行動します。
- 一社一人関わる運動は、人間として又企業としての「生存条件」の追求であり、経営者の「人としての心」が醸成されます。
- 一社一人関わる運動と同友会理念・精神は、常に不離一体です。
- 障害者自立応援委員会は、人間性と社会性を深く学び続ける場です。
※学び続ける視点- 自社の経営において、人間性、社会性は深まっていますか
- 誰もが持つ可能性に確信を持ち、経営者自らが本気で関わっていますか
- 黙々と働くことを障害の特性で括らず、その奥にある自尊心を支えていますか
- 気配り、心配り、安心感のある企業風土をつくり出していますか
- 見えない生産性(生きがい、やりがい、幸福感=組織力)を創出していますか
- 見えない生産性を見える生産性(売上、利益)へと転化していますか
- 上記の状態が永続できる確かな裏付けはありますか
- 「一社一人関わる・愛知モデル」を、愛知の会員、そして全国の会員に能動的に発信します。