活動報告

合同入社式 記念講演(4月1日)

かけがえのない社会の一員として働き成長する

青木 雅生氏
三重大学リカレント教育センター 副センター長

青木 雅生氏

4月1日に合同入社式が開催されました。記念講演では三重大学教授の青木雅生氏をお招きし、「かけがえのない社会の一員として働き成長する」をテーマにお話しいただき、新入社員にエールが送られました。今回は青木氏の報告概要をご紹介します。

「社会人」になる

新入社員の皆さん、入社、おめでとうございます。これから働く皆さんに少しでも何かの参考になるよう、また経営者の皆さんにもこれから新入社員の皆さんとどのように一緒に歩んでいくのかについて、お話できればと思います。

自己紹介

私の専門は経営学です。2022年から三重大学のリカレント教育センターに携わっています。リカレントよりもリスキリングのほうが耳なじみがあると思いますが、いずれにしても、社会人の学び直しやスキルアップを意味します。そのために大学に蓄積している研究成果や知識などの資産をもっと多くの方に活用していただきたい、提供していきたいと思っています。

私が初任給を手にしたのは、実は30歳の時でした。大学卒業後、大学院に進学して学び、2003年北陸先端科学技術大学院大学に就職しました。大学の同級生とは卒業後も忘年会を行っていましたが、みんなはボーナスを握りしめてくる中で、大学院生だった私はなんとかやりくりして参加していたことが思い出されます。研究職の就職はなかなか難しい業界ですので、就職できた時には、親も安心させられましたし、しっかりと研究で成果を出し、世のため、人のために頑張ろうと決意したのです。

中小企業家同友会(以下、同友会)との関わりは、2003年に滋賀同友会で指針を作る会の開催にあたって、お声がけいただいたことから今につながっています。同友会理念と中小企業憲章運動に共感したため、参加することにしました。愛知同友会では2014年から指針作成に携わらせていただいています。

合同入社式の目的

合同入社式の目的は3つあります。1つ目に、会全体で皆さんの入社を祝福、歓迎するということです。2つ目に、中小企業で働くことの意義ややりがい、誇りを自覚してもらうこと。3つ目には、皆さんが中小企業の「同期」として自覚し、つながりを持ってもらうことです。自分の勤める会社だけでは同期は少なくても、同友会に所属する中小企業に就職した同期はこれだけたくさんいます。ぜひ、明日の新入社員共育研修会も含めて、横のつながりの中で励まし合える関係をつくっていただきたいと思います。

この2日間を、新入社員には勇気を持って新生活に飛び込む機会に、経営者には「人が育つこと」について深める場にしていただきたいです。経営者にとって新入社員を迎え入れるということは、とてもうれしいことであると同時に、新入社員の生活を、人生を背負う責任も感じているかと思います。

4月1日付の日本経済新聞朝刊の1面の見出しは「夢を語り始めた経営者」でした。バブル崩壊やリーマン・ショックといった危機の中で、リスクを避け、成長への投資よりもコスト削減によって利益を出すという経営が多くなっていました。しかし、これからは「夢は成長の原動力」だと言い切っており、大企業はそのように舵を切っていきます。同友会の会員企業は、これまでも経営理念について語り、経営指針に基づいた経営をしてきたと思いますが、これまで以上に注力して、夢の実現力も上げていかなければなりません。

入社式では新入社員に記念品が贈呈される

企業とは何か

これから皆さんは「学びに生きる」学生から「社会人」になります。注意してほしいことは、会社人ではないということです。まずは、会社とは何かについて考えます。

会社とは何かという問いに対して、多くの人の回答は「お金を儲けるところ」「働くところ」の2つです。一方で、よい会社とは何かと聞くと、よいもの、よいサービスを提供できる会社が挙がり、反対に悪い会社について尋ねると、ブラック企業、つまり労働環境の劣悪な企業のイメージがあるようです。この中には、お金を儲けるという話はすぐには出てこないのです。こう考えてみると企業とは、ただお金を儲けるだけの組織ではないことが分かってきます。

企業とは、人間生活にとって必要もしくは有用な財・サービスを生産・供給・分配するという社会的な活動業務を行う経済事業組織です。具体的に考えてみますと、現代では、衣食住、生活のすべてをお金と交換で手に入れています。これは生活の1つ1つが誰かの仕事によってできており、お金という対価を払ってそれを受け取っているということです。

例えば、自動車は約3万個の部品からできているといわれますが、その1つ1つをどこかの中小企業が自社の特性を生かして作っています。愛知同友会の会員企業では、車の座席の布の部分の糸の染色をしている経営者と出会い、このような仕事もあるのかと驚いたことがあります。座席の布だけでも糸を製造・染色・切断して、その糸が織られてやっと布になり、その布が座席になるまでのことを考えると、多くの人の仕事で成り立っていることが分かります。

講演に耳を傾ける新入社員

誰かのために働く

これまで「学びに生きる」学生であった時代は、自分のために学び、経験を積み重ねてきたと思いますが、学生時代の生活は、目の前の誰か、遠い国の誰か、社会に関わる多くの人に支えられていました。先ほどの車の例に限らず、生活で享受するすべてのものは、誰かが働いて生み出してくれたものです。

これからは、これまでの経験を生かして、社会的分業の中で誰かのために何かをして、社会を支える一員になるのです。会社でさまざまな仕事を任せられると思いますが、会社で求められる仕事は、社会で求められている仕事だということです。一見、無意味に思えても、自分の仕事は必ず社会とつながっているので、何のために働いているのか、誰のために働いているのかを考えて、社会の中に位置づけてみてください。そのように考えてみると、関係がないと思っていた社会のことと、自分や自分の仕事がつながり、他人事が自分事になっていきます。

経営者も1つ1つの仕事の意味について考え、しっかりと伝える努力を惜しんではいけません。新入社員の皆さんは受け身で待たずに自分から聞く、その意味を理解しようとする努力をしてほしいと思います。

企業で働くということは、誰かのために働く誇りと責任のあることであり、社会的分業の中で、人は社会的存在になっていきます。

働くとはどういうことなのか。アルバイトやインターンシップの経験もあるかと思いますが、まずは身近に働いている人、親や兄弟に、どこで働いているかだけでなく、何を担当して具体的に何をしているのか、給与はどのくらいなのかということを聞いてみてください。

企業の競争と社会的分業

企業競争のダイナミズムは市場創造、コスト引き下げ競争、差別化競争があります。この中で新しい商品を生むための生産技術の高度化や、便利な販売形態が生まれます。こうして多様なニーズが満たされるとともに、技術革新が進み、コストや価格の引き下げが起こります。このメカニズムの中で、企業の私的な営利目的の事業行為は、社会的貢献に転化されます。

皆さんが働いている会社すべてがこのメカニズムの中で自社の特性を生かして社会のニーズを満たす事業活動をしています。その事業活動を発展させていくことが、社会の発展につながっていきます。皆さんは、会社に所属してこのメカニズムの中で誰かのために何かをすることになります。ですから、自分1人はちっぽけに思えるかもしれませんが、もっと便利に、困っている人をもっと助けるためには何ができるのかと考えて、組織として頑張れば、働くことの可能性は大きく広がっていきます。

サステナブル経営

成長の機会を掴む

社会の一端を担うと言われても、今はまだ自信がないと思います。私のゼミでは4年生が卒業論文の発表をするのですが、2年生は何も理解できず、不安を口にします。でも4年生になると、しっかりと研究を終えて卒業論文を完成させることができるのです。成長のためには組織内の仕組みと自分の努力が必要ですが、やるべきことにしっかりと取り組んでいれば、できるようになるものです。

成長に関しては、職場でも同じことが言えます。入社してすぐは何も分からず不安でも、やるべきことをしっかりとやっていれば、必ず成長して、先輩社員のようになれる日が来ますので、安心して頑張ってください。

社会の中で成長していくために大切だと思うことを2つ挙げます。

1つ目は小さな成功体験を積み重ねるということです。先輩社員の話にもありましたが、仕事を覚えた実感や手ごたえを少しずつ積み重ねていくことで成長することができます。急に「なにものか」になることはできません。先輩が大きな仕事を成し遂げている姿に圧倒されることがあるかもしれません。しかし、急にできるようになるわけではありませんが、一生できないわけでもありません。小さな進歩を1つずつ積み重ねること、やったことをそのままにせず振り返ることを繰り返していけば、いつかなりたい姿になれます。

そのためには、やりたいこと、思っていることを先輩社員や上司に話すこと、初対面の人と積極的に会ってみる、話してみること、友達や上司から誘われたイベントには行ってみることをしてみてほしいと思います。与えられることを待たずに自分から動き、さまざまな経験の中で視野を広げることが大切です。

小さな成功体験

もう1つ、越境学習にも取り組んでほしいと思います。組織の境界から出て組織の外で技術や知識を身に着けたり、日々の仕事の中で当たり前になっていることを問い直して新しいアイデアに気づいたりと、組織の中と外を行き来しつつ、自分の仕事、業務に関連する内容について学習、内省することを越境学習といいます。これはコンサートや美術館に行くというようなことでもいいので、そこで得たものが何か仕事につながることはないかと考えて、少しでも持ち帰ってくることです。

経営者の立場からすると、社員が他の魅力的な組織を知ることによって転職してしまうのではないかと不安になる方もいるかと思いますが、会社の魅力を高めることに集中することが自社の発展につながっていきます。

成長の機会は与えてもらうばかりではなく、自ら掴み取りに行くものです。チャンスは、皆さんの目の前を通り過ぎています。通り過ぎていることに気づくか、気づいてもそれを掴むかどうかは、自分次第です。

本日の合同入社式や明日の新入社員共育研修会も越境学習ですので、つながり、アウトプットし、学びのあるものにしていただければと思います。

越境学習

働き方改革と働く人の意識

働き方改革の発端

働き方改革とは、休日数や残業時間、有給休暇取得など、働く環境の改善のことですが、発端は2013年に労働者を酷使する企業を意味する「ブラック企業」が流行語になったことです。残業が多く、家に帰れず会社に寝泊まりする、家に帰れても終電になる、休みがないというような劣悪な労働環境がありました。その問題を解決するために、「働き方改革」として2018年に労働基準法が改正されました。

法改正が行われてから、パワハラ防止法や育児介護休業法の改正などの法的な変化とともに、人的資本経営やESG投資といった言葉が聞かれるようになり、経営の視点も変化してきました。しかしながら、時代の変化とともに労働環境が改善されたことで早期離職率は下がったのかというと、実はあまり変わっていません。なぜなのでしょうか。

改善されたのか?

ゆるブラック

働く環境を改善する中で、仕事の負荷も減り残業も大きく減り、有給休暇も取得できるようになってきました。その反面、仕事を通して成長が実感できず、このままで大丈夫かと不安になり、将来性を感じられなくなるということが起こっています。これが「ゆるブラック」といわれる企業です。

現代の若者の特徴として、成長意欲があることと「コスパ」を気にするということが挙げられます。成長意欲については、「ありのまま」で「なにものか」になりたいと思っているようです。やはり、働くからにはスキルアップしたい、成長したいと思いますから、ゆるブラックのように成長を実感できない企業では退職してしまう可能性があります。

また、「コスパ」とは「コストパフォーマンス」の略で、費用対効果のことです。失敗に不寛容な日本社会が、失敗したら立ち直れない、失敗せずより多くのものを得たいという考え方に影響しているのではないかと考えています。仕事の中での費用とは労働負荷のことで、具体的には労働時間やストレス、責任だけでなく、何かを成し遂げるために関わる人間関係の煩雑さも含まれます。何かを得るためには負荷は必ずかかるわけですが、その関係は単純ではありませんので、負荷や成果について経営者がどれだけ伝えられるかが重要です。

裏側にある不安

これらの特徴の裏側には「不安」があるのだと考えます。SNSで見る友人や芸能人のきらびやかな生活や活躍は、見ている時は楽しいですが、その後には焦りや不安、無力感や嫉妬といった感情も生まれます。ネットの普及により処理しきれないほどたくさんの情報が溢れていますが、その中に解決策や展望は見つけづらい状況です。そんな中では、どうしてよいか分からず、ただ「何かしなければ置いていかれる」という不安が募るばかりなのではないかと推察します。

働き方改革は労働環境に対する「不満」を解消するものだったように思いますが、現代の若者が抱く「不安」は解消できるでしょうか。若者の多くは、楽して儲けたいのではなく、損をしたくないのであり、あるのは不満ではなく、不安なのだと思います。

現在、働く環境に求められているのは、思いやりと温かさ、オープンなコミュニケーション、強い連帯感とチームワークなど、心理的安全性に関わるものです。この結果も若者が抱く不安を裏付けているように思います。不安の解消は簡単ではありませんが、経営者はまず、その不安に寄り添うことが必要だと思います。少し話を聞いてみることからでもいいのです。

私や経営者の多くの方が経験してきた時代は、自分が頑張って働くことで会社も儲かり、その分、社会も、家族の生活も豊かになり、幸せになることを実感できる分かりやすい時代でした。しかし、これから社会人になる皆さんは不況しか経験したことがありません。そんな中で、「自分なんて」と自分の力や社会に対して諦めの気持ちを持つ方が多いと感じます。それでも社会に出て働かなくてはいけません。

私は学生と話す時、どうせ働くなら誰かのために頑張って、「ありがとう」と感謝されることをした方が良いと伝えています。自分に何ができるだろうか、どんな人を喜ばせられる人になれるだろうかと考えると、前向きになれるのではないかと思います。

国民や地域と共に歩む中小企業を目指して

社会的役割から社会的使命へ

愛知同友会の2022ビジョンを見てみますと、「環境適応業」から「環境創造業」を目指すことが掲げられています。社会に対して受け身ではなく、社会的役割を社会的使命として自覚し、もっと何かできることがあるのではないかと自ら掴み取りに行く会社になるということです。そのことを経営者が自覚することはもちろんですが、そこで働く社員もまた、世の中の困っている人のためにできることを共に考えていく主体者なのです。

新入社員に熱いエールを送る青木氏

地域で働くことの意義

15歳未満の子供の人口が都市部に集中しており、今や子供の10人に1人が東京に住んでいます。労働人口もそれだけ東京に集中しています。人口は集中しても、人との結びつきは薄く、都会の中ではより孤立している可能性すらあります。

そのような時代の中で、地域で雇用するということは、若者を地域にとどめ、共に地域を元気にしていくために、大きな意味があります。地域の企業で働くということは、地域をつくることそのものです。

同友会の企業は魅力的な企業づくりに腐心してきました。まだ不十分なところもあるかもしれません。でも、社員が働き成長することと、よりよい企業を目指して努力をし、存続・発展することは、地域を支えることにつながっています。皆さんの成長が会社や地域の発展につながるということです。

魅力ある企業になるために

魅力ある企業を目指して

魅力ある企業とは「稼ぐ力」と「人を育てる力」という2つの力を持つ企業です。「人を育てる力」がある企業には、安心して能力を発揮したいと思える風土があります。経営者はそのような風土を目指して、努力するとともに、社員もせっかく会社に来たのであれば、「今日もやりきった」と思って1日を終えてほしいです。また、「稼ぐ力」があるということは顧客や取引先から選ばれているということです。つまり、2つの力を持つということは、客から選ばれ、働く人から選ばれ、地域からもあてにされる企業だと思います。

このような魅力ある、誇りある企業をみんなでつくっていってください。経営者の独りよがりでもなく、社員も他人事でなく、みんなです。もちろん新入社員もその主体者です。

「会社が人を育てる」という考えもありますが、これからは若い皆さんが会社を通して、どう成長していこうか、どんな人間になっていこうかと考えてみてください。そして、組織を通してもっと面白いことができるのではないか、役立つことができるのではないかと考えてみてください。経営者はそんな社員にさまざまな経験と挑戦の場をつくってあげてください。

経営指針の全社的実践を通して、社会になくてはならない、かけがえのない企業になる。その中で、「あなたでなければ困る」と言われるかけがえのない社会の一員になってください。

【文責:事務局 杉山】