会社を崩壊させた男
~廣之進! 社員は道具じゃない!!
郷司 廣之進氏 巴運輸(株)

9月19日~20日に開催された中同協第52回青年経営者全国交流会in宮崎の1日目に、第17分科会の報告者として郷司廣之進氏(名古屋第5青同)が登壇しました。以下にその概要を紹介します。

「社員は売り上げを作るための道具だ」
巴運輸は1930年頃の創業当時は、馬を使って酪農家から牛乳を集荷して工場に納めていました。1968年に法人化し、現在は運送業の他に倉庫業と、最近ではドローン事業も始めました。運送業としての売り上げは、学校給食の牛乳の配送が約4分の1で、他には自動車部品・建材・電線などを運んでいます。
私は、東京の大学を卒業すると、まずトラックメーカーに整備士として入社し、2年後に父の会社である巴運輸に戻りました。私が入社した2010年は、トヨタショックのため自動車部品の仕事がなくなり、会社は7000万円の債務超過でした。
売り上げを作るために自分が営業をしました。簡単に取れる仕事は運賃も安く、手積み・手下ろしの仕事ばかりで、そのうちに退職者が出始めましたが、リーマン後の大不況でしたので募集をかけると採用できてしまい、採用しては退職の繰り返しでした。当時の私は、「社員は売り上げを作るための道具だ」、くらいにしか思っていませんでした。
ある日、父から「社員をそんなに働かせてどうする」と強い口調で言われ、悩んでいる時に、同業の経営者から同友会に誘われて入会しました。同友会で役を受け、自分が「よい」と思ったことは責任者に相談することなく何でも自分でやっていると、先輩会員から「会社でも同じことをやっていないか」と指摘されました。また、どんな経営者になりたいか話し合った際に、「金持ちになりたい」と言ってしまった時には、「社員は経営者が金持ちになるための道具じゃない」とたしなめられました。そこでようやく、経営理念が必要だということ、社員は道具ではないということ、が自分の腹に落ちてきました。

幸せを運ぶ社員は幸せでないといけない
経営理念を作るために父と話をした時、トップダウン型だった父の口から「社員の幸せ」という言葉が出て、とても驚きました。それで「私たちは幸せな者が幸せを運ぶプロフェッショナル集団を目指します」という理念にしました。私は、配送とはエンドユーザーに幸せを運ぶことだ、と思っています。ならばその幸せを運ぶ社員が幸せでないといけない、そうした意味を込めています。

理念ができたら採用です。理念を語り、理念に共感してくれる人を採用するようにした結果、社内には自分の理念に共感してくれる社員が増えていきました。
そんなある日、1人の社員が心筋梗塞で亡くなりました。普段から高血圧で、前日も「体調が悪い」と言っていたのに、忙しさのあまり翌日も出勤させてしまった結果、仕事中に体調が急変し、すぐに帰らせましたが間に合いませんでした。このことで「廣之進の理念についていったら殺される」という噂が立って、仕事をボイコットする社員、退職する社員、話し合いの途中で私に襲いかかろうとする社員、これこそ会社が崩壊しかけたときでした。
失うはずではなかった命を失わせてしまったことに罪の意識を感じ、自分が言っていることにやっていることが伴っていなかったと思い当たり、この時から社員のための取り組みを意識するようになりました。
まず、血圧計と体温計を購入し、出発前に測定して、社内で決めた数値を超えていれば乗務させないようにしました。健康診断も全員が必ず受けるように徹底し、診断後のフォローにも力を入れました。健康経営優良法人の認定も取り、同業者が見学に来るようにもなりました。

小学生を招いて交通安全教室を実施
経営理念にある「社員の幸せ」を追求していくことを第1に考え、社員に幸せな人生を送ってもらうために、まず「幸せ」の概念を社員1人1人から聞くことを大切にし、生きがいを働きがいに変えてもらって、働きがいをやりがいにしてもらえるような会社組織に変えていきました。
社員の高齢化が進む業界の中で、当社では誰がいつまで働けるかを意識できるよう社員の年齢散布図を作成しました。また若手社員を育成するためにリーダーにしました。人事評価では自己評価を重視し、それをもとに年2回の面談をして、その社員の努力を次にどうつなげるかを考えてもらっています。個人面談では次の目標設定や会社への不満などを聞いています。最初は反対する社員もいましたし、言葉にするのが苦手な社員もいますが、社員の声をしっかりと聞くことを大切にすることで、社員が意見を言える風土ができてきました。「将来設計プラン」では、生涯雇用できる、社員の人生を負える会社を目指したいと思い、トラックの種類を増やして、年齢によって体力や視力が衰えても社員が自分で働き方を選べるようにしています。

人が輝く企業づくりのために今やっていることの1つが、「交通安全教室」です。小学生を招き、内輪差の危険性や、運転手の死角を知ってもらったりしています。毎年やっていくと、社員から「私はトラックドライバーになることが夢でした。子どもたちはあんなに目を輝かせて『トラックに乗りたい』って言うのに、なぜ大人になったらトラックドライバーにならないんでしょう」と言われました。それで、「トラックドライバー」という仕事を自分の子どもに自慢できる社員を育てられる会社にしたいと思い、子どもたちがトラックドライバーを目指せるように、巴運輸の存在意義を社員と共に確認しました。
当社の顧客は荷主で、配送先は顧客の顧客になります。当社の役割はその両者をつなぐことだと思い、配送先にドライバーを評価してもらっています。その中で、配送先から荷主への要望が寄せられ、それを荷主に伝えたところ感謝され、それを繰り返すことが両者をつなぐ上での付加価値につながりました。

何のために経営するか
自動車部品のハブとなる倉庫を新しく建設するために、5億円の借り入れをして2000坪の土地を購入しました。30年の返済計画ですが、これは同時に、私が経営者として30年やっていく、という決意でもあります。
他にも、トラック協会のイベントで参加者を冷凍冷蔵車に乗せて極寒体験をしてもらったり、警察署と連携して交通パレードに参加したりしています。社内では、新入社員や表彰された社員などにスポットを当てた社内報を社員に作ってもらったり、社内レクリエーションを社員に企画してもらったり、社員の奥さんの誕生日には花束を贈ったりしています。これらのことが「社員が輝く企業づくり」につながるかどうかはわかりませんが、1つ1つ作っていくことを大切にしています。
現在の社員が山ほどある中小企業の中から巴運輸を選んでくれたこともすごく嬉しいのですが、その中で、自分の子どもをトラックに乗せたいとか、社員同士の結婚とか、産休・育休後に復職する社員とか、社員が住宅ローンを組むとか、さらに将来もここで長く勤めるということを社員が意識してくれていることを、もっと嬉しく思っています。
あらためて何のために経営するかを考えますと、最初は自分のためでしたが、今は、社員が生きがい・働きがい・やりがいを追求して笑顔になってくれることが私の達成感になっています。
【文責:事務局 井上一馬】