活動報告

障害者自立応援委員会(4月14日)

人間性を語る夕べ(18)
時代に揉まれ見えてきた人生観

原 芳伸氏  (株)三原工業

原 芳伸氏
原 芳伸氏

同友会では経営理念に「科学性」「社会性」「人間性」の3要素を掲げています。同友会の中でも、特に人間性を深く学んでいる場が障害者自立応援委員会です。同委員会では、障害者の枠にとらわれず人間性を深めることにスポットを当て、2021年から「人間性を語る夕べ」を開催しています。

戦火を生き抜いて

今年90歳を迎える報告者の原芳伸氏は、第2次世界大戦下を生き抜いてきました。戦時中は言論の自由はなく、食料や物資などは配給制、絶えず空襲警報に怯える日々でした。1945年6月19日の深夜から翌朝にかけての豊橋空襲で、原氏は戦火に巻き込まれます。B29爆撃機が投下する焼夷弾は一夜にして市街地を焼け野原にし、翌日、行き場のない人たちを艦載機が襲撃しました。

終戦後は住む家や学校もなく、最も辛かったのは極限の食糧難で食べるものがないことでした。栄養失調で亡くなる子どもを目の当たりにするなど悲惨な体験をした原氏は、「争いからは何も生まれない。絶対にやってはならない」と静かに説きました。

貪欲に学び続け

中学校を卒業し社会人になると、父からは「人に好かれる人間になれ。1つの職業を貫き鶏口牛後を目指せ」、母からは「お金は始末して気張れ」と門出のことばをもらったそうです。

しかし、まともに教育を受けられなかった原氏は読み書きができず新聞も読めません。ラジオの高等学校講座を聞き、自力で学んでいきました。

起業した兄を手伝い、13年間働き詰めだった原氏は、父からの「鶏口牛後」を思い出し独立します。当初は仕事量が安定せず、仕事が多い日は工場の裸電球を灯して夜なべをするので、「ホタル鍛冶屋」と呼ばれたそうです。

原氏は1社依存も1業種依存もしないと決意し、分散化を図っていきました。また、経営者の器以上に会社は成長しないと貪欲に学び、中国の古典を読破し哲学を磨き続けてきたという原氏は、企業の目的として「会社の継続繁栄」を挙げ、そのために重視すべきは「信用、技術、思想、社風、教育、社員のやる気」という無形資産の蓄積だと断言しました。

最後に原氏は、自身の経営者人生を振り返り、最も嬉しかったこととして、社員から「会社に出勤する月曜日が楽しい」と言われた出来事を紹介して報告を結びました。