「道なきみち」を歩んで
金融アセス~怒りを智恵に
「貸し渋り」「貸し剥がし」
1990年代末から発生した「貸し渋り」「貸し剥がし」の問題は中小企業経営に大きな影響を与えました。
愛知同友会は全国に先駆けてこの問題に取り組み、金融アセスメント法制定運動の発端となりました。
1999年には、年間3回にわたって行われた融資の実態を解明するためのアンケートから、(1)金融機関が持つ公共性の徹底、(2)著しく不利な金融機関との取引慣行の改善、(3)利用者参加型金融行政への転換が、金融問題の解決の糸口であることが明らかになります。
愛知同友会より発信!~金融アセスメント法
その後、金融アセスメント法では個々の金融機関の営業実態を「地域への円滑な資金供給」や「利用者の利便」の観点から、公的機関が評価・情報公開し、金融機関の選択を利用者の判断に委ねる仕組みが提案されます。この法案は情報公開法の性格を持つものでした。
この金融アセスメント法の制定により、公正な取引条件の拡充と地域経済の発展に貢献する金融機関を選択することが可能となり、地域や中小企業にとって望ましい金融機関を支援し、育成することができるような金融の仕組みの構築をめざしたのです。
学習活動を軸に
愛知同友会のアンケート結果や政策提言を受けて、全国各地の同友会で「金融アセスメント法を制定しよう」という運動が広まっていきます。2001年1月の中同協幹事会において「金融アセスメント法制定を積極的に推進する」ことが決議され、金融アセスメント法推進会議が発足しました。
福岡同友会が口火を切り始まった金融アセスメント法制定を求める署名活動は、燎原の火のごとく全国47同友会に広がります。
同年1月から始まった愛知同友会の取り組みでは、会独自のチラシやホームページを作成すると同時に、旺盛に学習会を開催し、40組織(地区等)のべ700名が参加し、「なぜ金融アセス運動が必要なのか」を学びました。
全国100万名超の署名を国会に提出
01年10月には、金融アセスメント法の制定を求め、名古屋・栄で38名が参加して街頭署名を行う(故・赤石義博中同協会長も参加)など、多様な活動を展開。
愛知同友会では10万名の署名を目標としましたが、12月には愛知で10万署名を達成。02年1月には13万名以上の署名を集めます。
全国の同友会の署名合計数は03年2月には100万名を超えました。
1000を超える地方議会で制定の意見書採択
一方、千葉同友会から始まった地方議会での金融アセスメント法の早期制定の意見書採択をめざす活動も全国に広がり、全国500以上の自治体において意見書が採択されます。
愛知県下では、愛知県、名古屋市を含む39自治体の議会で、全国では1004の自治体で意見書が採択されました。(07年3月時点)
残念ながら、金融アセスメント法自体の法制化までは至りませんでしたが、この活動は国の金融政策に大きな影響を与えました。
「検査マニュアル」や「リレバン」に反映
2002年には政府の「金融検査マニュアル別冊(中小企業融資編)」が策定され、「金融検査マニュアル」の機械的・画一的な適用の防止と、「貸し渋り」「貸し剥がし」の防止と具体的な対応策が明記されました。
また、2003年には「リレーションシップバンキング(リレバン)の機能強化に関するアクションプログラム」が策定されますが、その文中には「債務者である中小企業の実情に即したきめ細かな実態把握に一層努める」という点が盛り込まれました。
アセスから憲章に
愛知同友会は金融アセス運動から、その政策提案あるいは政策要望に関する経験と能力を高めました。また、最終的に13万名以上の署名を集めた愛知同友会の結集力は、その後の会員増強のバネともなります。
そして、この経験を生かし、広く中小企業問題の解決をめざし、2002年から始まったのが、中小企業憲章の制定の運動なのですが、やはりそこでも先駆的役割を愛知同友会が果たすのです。
専務理事 内輪 博之