「自主・民主・連帯」の深い意味を考える
~自社発展の鍵は同友会理念の愚直な実践にあった
加藤 明彦氏
エイベックス(株)代表取締役会長
中同協副会長、愛知同友会相談役理事
去る7月13・14日に埼玉で開催されました中同協総会の1日目に第2分科会で加藤明彦氏が、同友会理念の「自主・民主・連帯」の精神について長年の自社実践と照らし合わせながら報告しました。本稿ではその報告概要を紹介します。
同友会理念の「創造的実践」を
本分科会のテーマ「自社発展の鍵は同友会理念の愚直な実践にあった」はまさにその通りで、本日はその中で「自主・民主・連帯の精神」を深める内容ですが、「中小企業における労使関係の見解」(以下『労使見解』)の中身も併せて深めていきたいと思います。
最初にレジュメに「『同友会運動』は、『3つの目的』を掲げ、自主・民主・連帯の精神に立ち、『国民や地域と共に歩む』姿勢を貫き、その創造的実践によって時代と共に発展をとげてきた」と書きました。
まず「3つの目的」です。これは一言で「よい会社、よい経営者、よい経営環境」と言っていますが、この原文にはすべて「自主」が入っています。次の「自主・民主・連帯の精神」と関わっているのです。
そして「国民や地域と共に歩む」です。各企業は当然、利益を追求しますが、ただ利益を上げればよいのではなく、それが結果として地域の活性化、発展につながっていくことが重要です。企業の利益や発展は地域活性化の「手段」と捉えるのが良いかもしれません。
これら同友会理念の「創造的実践」とは何か、私の経験に基づく解釈をお話しします。私が同友会で学びながら会社経営をしてきた中で、最も大きな出来事はリーマン・ショックでした。売り上げが前年同月比7割減となり、百数十名の社員を抱え、一体どうするべきかという事態に直面しました。このような時に、同友会の考え方に沿ってどう乗り切るべきかを考え行動するのが「創造的実践」だと考えます。
「創造的実践」には2つの意味があります。1つは、リーマンだろうがコロナだろうが、この先何が起ころうとも「変わらない話」で、「このままでは会社はもたない。だからこそ社員の生活は絶対に守り、全員で乗り越える」という考え方です。
もう1つは、前と同じことをやっていては乗り切れませんので、時代や環境変化に合わせて打つ手を「変えるべき話」です。
当社は自動車部品の製造業で、ミッションとエンジンの部品で売り上げの9割を占めています。しかし、この仕事は3年後からだんだんと減少し、2030年には半分になると予想しています。それを踏まえてどうしていくか、今までとは異なる手を今から考えていくわけで、これが「創造的」ということです。
「実践」はあくまでも企業実践です。私たちが同友会理念を自社に置き換えて、どう展開していくかです。これを各時代の経営者が過去から現在にわたって企業実践で乗り切ってきた歴史が「同友会運動」として発展してきたのです。
そして「同友会らしさ」とよく言います。これは私が同友会で最も素晴らしいと思っていることですが、「人間を尊重する企業づくり」であり、『労使見解』の表題である「人を生かす経営」そのものです。
では、何のために「人を生かす経営」をするのかというと、「人が生きる社会」をつくっていくためです。同友会理念の創造的実践によって、中小企業の発展により各地域を活性化し、未来をつくっていく。これを全国、各都道府県、そして各地域で行う。これが私たち同友会会員としての使命であり、やるべきことではないかと思います。
同友会の歴史を学ぶことの意味
「自主・民主・連帯」の深い意味を考えていくには、まずは同友会の歴史を学ぶべきだと考えます。詳しくは、『中同協50年史』をお読みください。
1945年の第2次世界大戦終戦直後の復興期、多くの中小企業団体が結成されました。その1つが現在の同友会の前身である、1947年に結成された「全日本中小工業協議会(全中協)」です。
全中協の綱領には「従業員の人格を尊重し生活を守り、協力して企業を発展させる」という一文がありました。同友会と共通する考え方が、この戦後まもなくの段階で生まれていたのです。
さらに全中協は、中小企業の「存立と発展」「社会的地位の向上」を求める運動を展開し、次の組織原則を持っていました。
(1)特定の政党に偏らない、(2)多数の自由な意見を交換する、(3)特定の政党や団体に経済的に依存しない、(4)民主的運営に努める。
これらの原則はまさに現在の同友会へと受け継がれています。
それから10年ほど後の1956年に設立された「日本中小企業政治連盟(中政連)」が「中小企業団体組織法」の制定を提起します。この法案を巡って、全中協の中から「上からの命令や統制で中小企業の自主性を抑えることにつながる」と、反対の声を上げる人が出てきました。この人たちが全中協を出て、1957年設立に至ったのが日本中小企業家同友会(現・東京同友会)です。
この日本中小企業家同友会の設立趣意書には「中小企業の自主的な努力と団結の力で、中小企業の自覚を高め、中小企業を守り、日本経済の自主的で平和的な発展をめざす」と書かれています。この一文には現在の「3つの目的」の「よい会社」と「よい経営環境」の内容が入っています。同友会の先輩経営者の方々はここから出発して議論を重ね、後の「3つの目的」などの確立につながっていったのです。
『労使見解』から「21世紀型中小企業づくり」へ
1975年に「中小企業における労使関係の見解(労使見解)」が発表されました。この『労使見解』を実践していくためには経営指針の成文化が不可欠ではないかという議論が起こり、2年後の1977年の中同協総会で「経営指針」成文化運動が提起されます。
1990年の中同協総会にて「3つの目的」「自主・民主・連帯の精神」「国民や地域と共に歩む中小企業」の3つを総称して同友会理念とすることが確認されました。
そして1993年総会で「21世紀型中小企業づくり」が提唱されましたが、これについての具体的な展開に関する議論が本格化してきたのは、1999年総会で「市場創造・人材育成」が提起されたところからです。
私はこの提起から常に経営指針に「市場創造・人材育成」を入れるようにし、今日でも変わらず、2030年のEV化に向けてもこの2本で対応していきます。こうしたことも同友会の素晴らしさだと思います。
「自主・民主・連帯の精神」が『労使見解』に結実
ここまで、同友会の歴史からの学びを話してきました。
まとめますと、私たち経営者には「企業経営を通して、より良い社会を実現する運動」を推進していく役割・責任があり、その企業経営とは『労使見解』の精神に基づいた「人を生かす経営」を行うことだといえると思います。そして私たち経営者がめざすべき姿は、徹底的に「人間尊重の経営」を行うことに尽きると思います。
これに関して私の気づきをお話しします。まず1歩目として、当初は当社で『労使見解』の考え方が展開できておらず、そもそも「経営者の姿勢」が悪かったと、学ぶ中で気づき反省しました。
2歩目は、その後『労使見解』の学びを深めていったものの、なかなか社内に浸透していかず悩んでいました。そして気づいたのが、本日のテーマである「自主・民主・連帯の精神」の風土が会社になかったことでした。
『労使見解』を自分で学ぶことも重要ですが、それだけでは会社は変わらないのです。いかに「自主・民主・連帯の精神」を会社の風土として根付かせるかが課題だったのです。
これらがどう「自主・民主・連帯の精神」と結びつくかですが、1人1人の違いを認め、個性を生かすことで、個々が潜在的に持っている能力が発揮され、それによって誰もが一度しかない人生を豊かなものと実感でき、「幸福感」を味わえるようになります。これが「人間尊重経営」の基本です。
経営者がまず「自主・民主・連帯の精神」を理解して経営者の姿勢を確立することによって、会社の中に徐々に風土がつくられてきます。風土ができると、社員が徐々に呼応してきて自主性が生まれてきます。そこで初めて経営者と労働者に『労使見解』の対等な労使関係ができてくるのではないかと思います。
「自主・民主・連帯」の深い意味とは
故・赤石義博さん(元中同協会長)は、この「自主・民主・連帯の精神」の深い意味について4層からなる考察をされており、「生きる・くらしを守る・人間らしく生きる」という言葉で表現されています。今回はこの全4層の深い意味について触れる機会とし、今後皆さんと一緒に議論を深めていくきっかけにできればと思います。
【参考資料(PDF)】
同友会の基本理念「自主・民主・連帯」の深い意味と日常的実践の課題
●会内でのあり方(第1層)
最初に第1層、会内での「自主・民主・連帯」のあり方です。
まず「自主」とは「入会も退会も個人の意思決定による」ということです。しかしこれは「自分勝手に決めて良い」という意味ではありません。自分に責任を持つこと、それが「自主」の意味です。
次に「民主」=ボスをつくらない、すべての会員が主体者です。
そして「連帯」=個人個人が尊重される団結については、先に述べた歴史から生まれてきた考え方です。
●社会との関係と企業との関係(第2層)
次に第2層です。この意味は2つあり、まずは社会との関係です。ここでの「自主」とは、自主性を損なうような特定な関係を排除すること。「民主」とは、民主的なルールを尊重する精神の一般化。「連帯」とは、中小企業の地位向上に他団体とも協力することです。
もう1つは企業との関係で「体質の強い企業づくり」です。ここでの「自主」とは、自立型企業をめざすこと。「民主」とは、経営指針に基づく全員参加型経営を実行すること。「連帯」とは、労使が共に学びあい、育ちあい、あてにしあてにされる関係を創り出すことです。
●本来的深い意味(第3層)
●具体的な実践の形(第4層)
続いて第3層「本来的深い意味」では少し難しい言葉で解説をされていますが、一言でいうと、「自主」とは「個人の尊厳性」、「民主」とは「生命の尊厳性」、「連帯」とは「人間の社会性」であると述べられています。
そして第4層は「第3層の意味の具体的な実践の形」です。まさに人類社会がめざし、実際的な課題としてきた歴史的過程の順序で表現した簡潔で効果的な文句が、「生きる・くらしを守る・人間らしく生きる」です。
これに「自主・民主・連帯」を当てはめると、まず「生きる」=「民主(生命の尊厳性)」、そして「くらしを守る」=「連帯(人間の社会性)」ときて、最後に「人間らしく生きる」=「自主(個人の尊厳性)」がくるという順番です。
「民主」~「生きることの保障」
1人1人の個性を生かす
まずは「民主」から入りますが、「生きることの保障」です。第3層で、人間は誰しも「生きる」そのものに価値があり、命の重さに差はないと述べられていますが、私は当初、社員の幸せを「生産条件」で考えていました。
これは「会社が儲かれば労働条件や環境を良くすることができ、社員の幸せとなる」という考え方です。
そうではなく、企業はまず社員とその家族の生活を保障する「生存条件」として考えなければならないことに気づいたのです。『労使見解』では、社員の生活を保障するのは「当たり前」であり、その上で社員が自主性を発揮できる環境を経営者としていかにつくるかが問われています。
これについて私は、「雇用を維持し、そこに生まれ育った地域の一員として子どもを育て、地域の環境を守る中小企業の役割」について20数年のスパンで考えるべきだと、現在の社長や経営幹部に対して言っています。
どういうことかといいますと、共同求人などで新卒採用をした社員が数年後に結婚して、子どもが生まれます。彼らは産休・育休で何年か会社を離れ、戻ってきます。その間も生活保障のために昇給したり、保育園などの環境が必ずしも十分ではないので環境整備を地域に働きかけたりする必要があります。子どもが大きくなって学校へ通うようになると、会社がある学区で私たちが学校との関わりを持って一緒に子どもを育てる役割があるのです。「地域で育てる」とは、そういうことだと思います。
そして社員の子どもたちがやがて高校・大学を卒業して社会に出れば、また地域で私たちやほかの会社が雇用をしていきます。ここまでの間で20数年です。この期間のサイクルで社員の生活を保障する責任があるといえます。
もう1つ「民主」には「人を、人(人格)として認める」があり、1人1人の違いを認めて長けている個性を生かす姿勢が求められています。昔は私も「できる社員」と「できない社員」を比べることをしていて、できる社員には「任せた」と言って放任する一方で、できない社員には目につくので文句を言っていました。
これは突き詰めれば、100人社員がいる中で仕事が一番できる社員が1人いて、残りの99人に「彼をめざせ」と言っていたわけです。これにはほとんどの社員が不満を持っていて、自主性の発揮などできませんでした。
また以前は「できる社員」を管理職にするようにしていましたが、自分の仕事ができても必ずしも管理職として部下を率いるのに向いているとは限らず、現場のあちこちで齟齬が生まれていました。
そこで社員の評価の仕方をそれまでの「相対評価」から「絶対評価」へと変えました。他の社員と比べてどうかではなく、1人1人が過去の自分と比べてどれだけ成長したのかを見るようにしたのです。これにより1人1人の持ち味(潜在能力)が発揮され、会社としても大きく発展することにつながってきたと思います。
「連帯」~「くらしを守る」
あてにしあてにされる関係づくり
次に、「連帯」の「くらしを守る」とは人間の社会性であり、社内では「あてにしあてにされる関係づくり」です。この部分こそが「経営者の姿勢の確立」だと思います。
まず経営者が社員をあてにする姿勢をはっきりさせます。「何のために働くのか」の目的を明確にし、社員が目的に向かってどのように仕事をするのかに耳を傾ける「傾聴力」を持つことです。
すると会社には社員が「言える」風土ができてきます。経営者が「自分が一番だ」と思っている間は、社員はものを言えません。「自分が意見を言ってもどうせ潰されるから、言わないでおこう」となるわけです。
さて、社員が自分の考えを言える風土ができてきたら、社員は頑張り、成長するようになります。ここで重要なのは、社員が成長したら、その姿を見て経営者は社員に任せきりにするのではなく、「自分はもっと頑張らなければ」と自分の資質をさらに向上させることが求められるということです。
経営者が資質を高めれば、社員はさらに成長する。その繰り返しが「会社の発展」であり、裏を返せば「発展しない会社」は経営者が自分の資質を高めていないからだと思います。
このように経営者と社員とが「共に育つ」社風ができれば、会社規模にかかわらず、危機に直面しても潰れず乗り切れる「強い体質の会社」になるのです。実際に私は、これがきちんとできていることによってコロナ禍を乗り切っただけでなく、コロナ前よりも業績を伸ばしている会社を数多く目の当たりにしてきています。
「自主」~「人間らしく生きる」
かけがえのない人生の全面開花
最後の「自主」、「人間らしく生きる」はまさに個人の自主性の発揮であり、その人が持っているすべての資質を最大限に開花させることで、誰もが「かけがえのない人生の全面開花」ができるようになることです。
これを「生きること」「働くこと」「学ぶこと」の結びつきで見ますと、社員1人1人にとって「生きること」が生きがいそのものになること、そのためには「働くこと」が生きる手段ではなく「生きる目的」そのものとなり、働くことで「幸福感」を味わえるようになること。そして「学ぶこと」は、その人の権利であると同時に資質すべてを開花させるための必要条件であると思います。
私たちは企業づくりにおいて、これらが実現するよう常日頃から意識することが重要です。社員は単なる労働力ではなく、同じ時代を一緒に生きていく頼りがいのある存在として位置付けることで、「自主・民主・連帯の精神」の実践が具体的にイメージできていくのではないかと思います。
経営指針づくり=
社員自身の「存在価値」の発揮
そしてこれらの実践に欠かせないのが経営指針づくりです。具体的な方針・計画に基づく社員それぞれの役割に応じた方針展開をすることで、やるべきことが明確になり、社員は各部署で自らの役割に沿って方針を具体的に展開してくれるようになります。
この段階で社員の自主性が生まれ、それによって社員に「やらされ感」がなくなります。これが社員自身にとって会社での「存在価値」になるわけです。
社員1人1人に違いがあって、1人1人が違う役割を果たす、だからこそ「全社一丸体勢」ができるのです。これが「相対評価」による同じ「できる社員」の集まりであれば「誰か欠けても構わない」ということになりますが、1人1人違いがありそれを生かす「絶対評価」となれば、誰1人欠けても困るわけです。
このように「1人1人が大事」という意識が経営者にあれば、本当に人を大切にする会社にできるのではないかと思います。
「生きる・くらしを守る・人間らしく生きる」の企業風土づくりを
こうしたことを今後、各社で実践して「21世紀型企業づくり」を深めていくことが重要です。当社ではこれについて「危機感の醸成とベクトル合わせ」で実践しています。「危機感」といっても暗い話ではなく、非常に前向きな話です。社員それぞれが1人1人違う役割を自覚し自主的に行動していると、自分の部署・役割から見てどこにどのような危機があり、どうやって乗り越えていくかを自分たちで考えてくれます。
当社では、既存の営業グループによる営業だけでなく、製造や生産技術、品質管理などそれぞれの部署が、自分のところを必要としている顧客や仕事を取ってくる、営業以外の部署がそれぞれ異なる視点で営業をするという状態が生まれています。
あらためて「人間尊重経営」の考え方の基本となる、「自主・民主・連帯の精神が『労使見解』に結実」という点でまとめますと、「自主・民主・連帯の精神」の特に第3層・第4層を含めた学びを深め、『労使見解』との結びつきをどのように社内に展開するか、ということに尽きると思います。
これにより「生きる・くらしを守る・人間らしく生きる」を具体的に風土として確立していけば、本当に明るく温かい人間関係、『労使見解』でいう信頼関係を築くことができる。そのように私たち経営者が志(目的・理念)をしっかり持っていけば、本当に「人を動かす」「人が動く」会社になっていくのではないかと思います。
【文責:事務局 政廣】