活動報告

2026年度「情勢と展望」の概要(前編)

「海図なき時代」に突入した国際経済秩序の現況

2026年は希望と不安が交錯しています。戦後80年の間に確立したルールや枠組みが至るところでほころび、経済も経営もこれまでの前提がどこまで通用するのか分からない「海図なき時代」に突入しました。

今回から第65回定時総会議案「情勢と展望」(分析ノート)のあらましを3回に分けて紹介していきます。私たちの現在地を明らかにしながら、各社と同友会運動の針路を考えていきましょう。

第1回は現在を読み解く前提となる歴史転換点にある国際経済秩序の現況です。

変節する「グローバル化」

「グローバル化」という用語が広く使われるようになったのは、1983年にセオドア・レビット(ハーバード大学)の論文“The Globalization of Markets”が起源と言われます。冷戦下に米国主導で形成された戦後の国際経済制度は、米国と同盟国の間で形成・発展し、冷戦の終結後に急拡大を遂げました(図1)。それは、冷戦構造が崩壊したことで、共通の仮想敵国(中国、ロシアなど)を失った西側諸国の同盟的つながりの希薄化と、その中で進んだかつての仮想敵国やその周辺各国を組み込んでいったことによります。他方で、国際経済制度のまとまりは失われていきました。

図1

近年、これらの国際経済制度の生みの親であったはずの米国自身が、露骨な重商主義政策に傾斜し、制度を支えるどころか、自ら進んでそれらを攻撃する側に回っています。このことが、中国による対抗的な国際経済制度構築を勢いづけているのは皮肉というよりほかありません。冷戦後の世界で不可逆な潮流と思われていたグローバル化ですが、それを支えてきた国際経済制度は大きく弱体化し、冷戦終結後30年余りを経て、一部ではその解体が始まったとも見て取れます。

社会主義の挫折、中国の台頭

20世紀に自由市場経済に対する最大のイデオロギー的挑戦だった社会主義は、ソ連の崩壊とともに事実上消滅し、国際政治では歴史的にもまれな米国一極優位の状態が出現していました。冷戦終結を劇的な形で象徴した「ベルリンの壁崩壊」が起きた1989年には、中国では天安門事件が起こります。非武装の市民に人民解放軍が容赦なく銃口を向けたこの事件は、中国共産党が1党独裁体制を維持する決意をハッキリと示すものでしたが、その中国は経済面では、グローバル化の波に乗って目覚ましい経済成長を遂げていきました。

米国の弱体化と、トランプ政権の誕生

2001年、米国の繁栄と軍事的優越の象徴ともいうべき、ニューヨークの世界貿易センタービルと、ワシントンの国防総省などに対する同時多発テロ事件が発生すると、米国は一気に「テロとの戦争」に取り憑かれていきました。繁栄に沸く都市で突然、数千人もの民間人が犠牲となった衝撃は、得意の絶頂にあった米国を力任せの行動に駆り立てました。

しかし、アフガニスタンとイラクへの大規模な軍事介入は、いずれも長期にわたって人的にも物的にも多大な損害を出しながら、安定した民主的(あるいは親米的)な国家の建設という目標を達成することはできず、結果として失敗に終わったというのが世界の標準的見方でしょう。その後、2008年のリーマン・ブラザーズ破綻を契機とした「100年に一度」と言われた世界金融危機以後の世界経済は、世界のモデルだったはずの米国流の市場経済の問題の露呈とともに経過していきました。2016年のトランプ大統領の誕生は、まさにそのさ中のことでした。

「米国を再び偉大にする」「米国第1」を標榜する大統領の誕生は、戦後の世界経済を規定してきた米国流の政治経済モデルを、米国自身が率先して引き裂き始めたことを強烈に印象付けたものでした。そして同年、英国では、EUからの離脱が国民投票によって決まります。自由民主主義と市場経済という社会モデルの総本山であったはずの米国と英国が、揃って民主的な政治制度を通じてグローバル化に背を向けたのです。

そして、すでに脅威でなくなったはずのロシアは、2022年にウクライナへの軍事侵攻を開始。領土的現状を軍事力で一方的に変更することを許さないとした、戦後国際社会が積み上げてきた規範は、露骨に蹂躙されています。

中国が冷戦最大の勝者

冷戦の終結以後の最大の勝者が、共産党1党支配体制下にある中国であったのは、皮肉な展開かもしれません。民主化を求める非武装の人民が天安門広場で人民解放軍によって弾圧された当時は、共産党による支配体制の存続すらも危ぶまれましたが、目覚ましい経済成長と愛国主義によってそれを乗り越え、中国は21世紀の初頭までに米国の地政学的なライバルとなるまでに強大化しました。今や、この2大国間の地政学的な対抗関係が、世界政治のあり方を決する基本的な構造となっています。

過去最高水準となった貿易政策の不確実性

2025年の世界の通商環境を、経済産業省は、新自由主義の時代から保護主義が台頭する時代へと変化する「国際経済秩序の歴史的な転換期」と位置づけました。

世界貿易機関(WTO)を中心とした国際貿易ルールに基づく自由貿易に逆風が吹く中、「貿易政策不確実性指数」は第2次トランプ政権が発足した2025年1月から徐々に上昇が始まり、4月には過去最高水準に達しました(図2)。

図2

2025年4月に発表された「米国第1の貿易政策(AFTP)」では、「外国の非相互的かつ歪曲的な通商慣行により、米国では年間1.2兆ドルに及ぶ巨額の貿易赤字が生じている」と、米国市民の不満の矛先を貿易パートナーに仕向けています。また第1次トランプ政権と異なり、中国などの特定国のみならず、友好国や懸念国を区別せずに追加関税を賦課し、貿易赤字の解消に加えて、米国への投資や米国内への生産シフトを個別交渉で要求しています。これらは、従来は米国自身が推進してきた「ルールに基づく自由で公平な貿易体制」を否定する動きです。

価値連鎖の分断と戦後国際経済秩序の転換点

戦後のグローバル化を支えた国際経済制度は、多国籍企業が世界規模でサプライチェーンの最適化を図るために、「ヒト・モノ・カネ・情報」の国際移動の円滑化を実現するために組み立てられてきました。そこでは、もっぱら先進国が多国籍企業サイドとしてルールメイカーとして振る舞い、開発途上国は追随者の位置にいました。しかし現在は、先進国の絶対的優位性は揺らいでいます。

確かに資本蓄積が進んでいない開発途上国に対しては、先進国からの資本・技術移転が交渉カードとして有効かもしれませんが、中国のような新興大国に対しては疑問です。地場の多国籍企業が数多く台頭し、米国主導の国際経済体制に対抗する独自のルールに基づく制度構築に動き、巨大経済圏構想「一帯一路」の構築を進める中国が、果たして先進国とのディールに応じるでしょうか。

米中貿易戦争は、どこへ向かうのか

「10点満点で12点だ!」。

トランプ大統領は、釜山(韓国)で行われた習近平主席との首脳会談を終え、ディールの成果を自画自賛しました。焦点の貿易交渉では、中国がレアアースなどの輸出規制を1年間停止するほか、米国半導体企業の「独占」に関する調査を中止することなどで合意。

これに対し米国は、トランプ2.0で中国に発動した追加関税34%分のうち、合成麻薬のフェンタニル流入を理由とした20%分を10%に引き下げることなどに応じました。さらに、安全保障上の理由から事実上の禁輸とする対象品目を定めた「エンティティリスト」を子会社に適用する拡大措置を見送ることでも合意しました。しかし、内容を冷静に評価すれば、トランプ大統領の言う「10点満点で12点」という高評価に値するのかは正直、疑わしいところです

準備万端の中国、誤算の米国

トランプ1.0以降を概括すれば、中国は対米貿易戦争への備えを計画的かつ入念に進めてきたと言えます。中国の対応を「守備」と「攻撃」の両面から整理すれば次のようになります。

「守備」ではまず、貿易面で米国に依存しない経済的な自立を進めたことが挙げられます(図3)。「中国製造2025」の枠組みに基づき、次世代技術を中心に、政府の集中的な支援によって産業基盤を改革・強化し、それらの目標はおおむね達成されたというのが、多くの専門家の評価です。

図3

切り札は「レアアース」

一方、「攻撃」の最たるものは、米国に痛みを与えて政策の変更を促す「経済威圧行為」であり、その切り札が「レアアース」です。中国は、2020年制定の「輸出管理法」に基づく公的な経済威圧行為に乗り出しています。

レアアースは、ロボットなどのハイテク機器、環境技術、ミサイルや戦闘機といった兵器生産にも不可欠です。少量のレアアースを使えば性能が大きく向上することから、「産業のビタミン」とも呼ばれます。レアアースを使った高性能永久磁石製造で、中国のシェアは9割以上と、中国の独占状態です。国際エネルギー機関(IEA)も「先行き5~15年は中国優位の構造は揺らがない」と予測しています。

米中の小競り合いは続く

中国は周到に準備を重ね、米国の脅しに対抗する手段を手にしています。これまでとはゲームのルールが変わったのは間違いありません。しかし、中国が一気に米国の国力を凌駕するとも現時点では言えません。互いに強力な交渉カードを持ちつつ、輸出管理を一層厳格化しながら小競り合いとにらみ合いを続ける展開をたどりそうです。当面の世界経済においては、投資や人的交流は一段と制限されざるを得ないでしょう。