活動報告

【連載 第2季】通算第13回/我が社と労使関係

労使見解の学びが自らの意識と会社を変えた

古田 伸祐氏  (有)城西

古田 伸祐氏
古田 伸祐氏

父親の経営する会社に私が入社したのはバブルが崩壊した1990年代初めで、当時は社員数が10名足らずの会社でした。社員の入退社が激しく、3年もすると半数は入れ替わる会社でしたが、今と違って採用に苦労しない時代でしたので人手に困ることはありませんでした。店舗が徐々に増えていくとともに社員の数も増えていきましたが、相変わらず定着率は悪いままでした。店舗を任せられる社員がいない現実に直面し、数年後に代表交代を控えた時期に、同友会へ入会しました。

入会してすぐに地区例会で「社員について」の報告をしました。当時の私は「来る者拒まず、去る者追わず」と公言していて、社員を数としか捉えていませんでした。

報告を終えての感想は、目の前にいる社員を大事にする意識はあるものの、社員を守り育てる思いが弱く、仕組みや体制も整備されておらず、またそのことを重大な課題だと認識していなかった自分の甘さを痛感しました。

そして代表に就任し、自分なりに会社づくりを進めていくものの、思うような成果が得られませんでした。地区例会の懇親会で愚痴をこぼしていた時、地区会員の1人から「我流にこだわらず本流を勉強してみたら」という言葉をかけられたのをきっかけに、経営指針勉強会に参加し経営指針書を作成。社内発表を何年か繰り返し、方針に沿って社内整備を進めていったのですが、社員の反応は芳しくなく、巻き込みが思うようにいきませんでした。

ある年のフォーラム分科会で社員の巻き込みが難しいという話をしたところ、労務労働委員会が行っている「人間尊重経営塾」へ行ってみないかと誘われ、参加することになりました。ここで「労使見解」を深く学ぶ時間を過ごし、会社の考え方や進む方向性と、働く人たちの将来の関係について考える機会を得られました。翌年、経営指針実践講座を受講し、経営理念をはじめ、これまでの経営指針書を大幅に見直すことができました。

そうした私自身の意識や行動の変化を感じ取ってくれたのか、社員の行動にも少しずつ変化が出始めました。特に現在、幹部社員として活躍している3人は、次の代表候補にまで成長してくれました。代表になって20年が過ぎ、改めて、彼らとの出会いが私の一番の財産だと実感しています。

弊社は4年後に事業承継を予定しており、後継者となる先述の3人と社内勉強会を行っています。創業家が経営から離れることで、同族企業とは異なる労使関係を形作っていくことになるでしょう。