活動報告

中同協第58回総会 in静岡 第3分科会(7月9日)

人を生かす経営で地域の未来を切り拓く
~三度にわたる経営危機を乗り越えて~

加藤 昌之氏(愛知同友会副会長/(株)加藤設計代表取締役)

加藤 昌之氏

中同協第58回総会 in静岡・第3分科会での加藤昌之氏の報告概要を紹介します。

同友会との出会い、10年ごとの変革

私は1985年、愛知工業大学を卒業後に社員1名で設計事務所を創業しました。現在は名古屋市東区に拠点を置き、総勢33名で業務にあたっています。

我が社の41年にわたる歩みは、1989年の中小企業家同友会(以下、同友会)入会以来、同友会のビジョンと自社の経営を連動させ、10年ごとに大きな企業変革に取り組んできた、同友会との歴史そのものです。

私たちの経営理念は「快適満喫空間の創造」ですが、そのミッションの根底には、建築基準法が定める「国民の生命・健康・財産の保護」があります。この社会的使命を土台に、同友会での学びを通じて「自立型企業」「21世紀型企業」「地域未来創造企業」へと、時代の要請に応える形で進化を続けてきました。現在は「2025ビジョン」を掲げ、社員1人1人が幸福な人生を築ける社風と、いかなる社会情勢にもしなやかに対応できる強靭な財務体質の構築を目指し、全社一丸となって挑戦を続けています。

「21世紀型中小企業づくり」の本質と危機の捉え方

我が社は過去に、売り上げが50%ダウンするという深刻な経営危機を三度経験しました。バブル崩壊後の1992年、ITバブル崩壊後の2002年、そしてリーマンショックが起きた2008年です。しかし、これらの危機は単なる災難ではなく、自社の存在意義を根本から問い直し、新たな市場を創造するための好機でもありました。

その変革の原動力となったのが、同友会の「21世紀型中小企業づくり」です。これは単に利益を追求するのではなく、人間的な育ち合いを基本に、社会に支持され、地域社会と連動する具体的なあり方を追求する経営を指します。この姿勢を貫くことで、2002年のどん底期と比較して、売り上げ・社員数は約5倍、生産性は2.8倍へと成長を遂げることができました。私たちは、明確な理念を持ち、時代に合わせて柔軟に進化し続けるビジョナリー・カンパニーを目指しています。

業界動向や社会情勢から時代の要請を読み解く

赤字会社からの脱却と経営指針の成文化

創業当初、我が社は投資用不動産の設計を主軸に、バブルの波に乗って5年間で売り上げを拡大させました。しかし、それは経営者の実力ではなく、単に時代の勢いに乗っただけのものでした。絶頂期の1990年、私は多額の借金をして自社ビルを建設しましたが、完成とほぼ同時にバブルが崩壊。売り上げは一気に半減し、実質的な債務超過に陥りました。

さらに深刻だったのは、社内の人間関係の崩壊でした。資金を本社建設に投入したことに不満を抱いた創業社員たちから、「休日増加」「残業削減」「給与アップ」など、民主的経営を求める13項目の要望書を突きつけられたのです。当時の私は設計業界の古い慣習に縛られ、「長時間労働で仕事を覚えるのは当たり前だ」という考えを持っていました。そして「この要望を達成するには10年以上かかる」と言った結果、役員3名全員が独立し、ライバル会社となってしまいました。

この経験を1993年の地区例会で報告した際、先輩会員から「経営指針の作り方が間違っている」「社員をパートナーとして見ていない」と厳しく指摘されました。これをきっかけに同友会の経営指針を1から学び直し、同友会の「3つの目的」に基づく指針の成文化に着手しました。理念と財務を学び直すことで、赤字会社から脱却し、経営の土台を築き直すことができたのです。

同友会の「3つの目的」

人間尊重経営への転換と「全社一丸経営」

1995年からの再建期を経て売り上げは回復しましたが、2002年前後に再び危機が訪れました。ITバブルの崩壊と、私の不理解によって生じた人間尊重経営の欠如による社内分裂です。13名いた社員は6名にまで激減しました。当時、投資用マンションの設計ニーズは高まっていましたが、それをこなす人材がいないという厳しい状況でした。

私は、いかに自分が経営指針を上辺だけ整え、社員を経営のパートナーとして見ていなかったかを痛感しました。社内に広がっていた「人を育てない」「視野が狭い」という悪しき徒弟制度的な風土を改善するため、私は同友会の「労使見解」に立ち返りました。社員を最も信頼できるパートナーとする「自主・民主・連帯」の精神を経営の軸に据え、全社一丸経営へと舵を切ったのです。

具体的アクションとして、2003年には自社ビルを個人の別会社へ売却して債務処理を行い、キャッシュフローを正常化させました。また、社員の主体性を育むため、全社員で展示会への出展を開始しました。若手社員が自ら自社の強みを第三者に語ることで、プロとしての自覚と誇りを持つ成長の場となったのです。

こうした取り組みにより、2003年にマイナスだった自己資本比率は、2007年には60%へと改善し、新卒採用を継続できる普通の会社へと成長しました。現在の役員4名(中途2名、新卒2名)は、このどん底期に理念に共感して入社してくれた、私を支えてくれるメンバーです。

新市場ZEBへの挑戦

2008年のリーマンショックにより、売り上げは50%ダウンしました。しかし、過去の危機と異なり、同友会の景況調査などを通じて景気の先読みができていたため、パニックにはなりませんでした。危機の前に自己資本比率を高めていた備えにより、赤字でも新卒採用を継続。不況期こそ優秀な人材を確保するチャンスと捉えて取り組んだ結果、後に会社を支えることとなる優秀な人材を採用することができました。

戦略面では、2005年に掲げた収益性・機能性・デザイン性・次世代性の「4つのこだわり」に基づき、設計請負業から不動産価値を創造する「自立型企業」への変革を進めました。さらに、2009年の欧州視察で世界の潮流が地球環境にあると確信し、ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)の開発へと舵を切りました。

2013年には、国内の先駆けとなる、ある企業の本社ビルをZEBで完成させ、サステナブル建築賞を受賞するなど、大きな社会的評価を得ました。環境建築という新市場を切り拓くことで、景気の波に左右されない強靭な経営体質を持つ強い会社へと進化できました。

また、2015年には地球環境の時代を見据えた経営指針「4つのこだわり2015」を発表。ZEB開発で培った知見を深め、木造・木質化建築やリノベーションを通じた「健康快適空間」を提唱しています。

また、NPO活動を通じた歴史的建造物の保存など、地域の課題解決に向き合うことで、営業をしない営業効果が生まれ、高い信頼に基づく受注へとつながっています。社会性の追求こそが、企業価値を飛躍的に高める戦略になると感じています。

社会性の追求こそが企業価値を高める戦略に

景気に左右されない企業づくり

2015年からの10年は、名実ともに飛躍の時期となりました。2020年のコロナショックの際も、戦略的に構築してきた不動産賃貸事業などの安定収益が防波堤となり、業績を維持できました。これは、同友会で学んだ情勢分析に基づき、経営構造を変えてきた成果です。

私たちは愛知同友会の「22ビジョン」に呼応し、「地域未来創造企業」としての挑戦を本格化させました。本社周辺の空き家や空き地を再生し、ギャラリーやシェアハウスとして活用。かつて人口減少と治安悪化に悩んでいたこの地域は、今では人口が2倍になり、地価も上昇するなど、名古屋市内有数の活性化した地域となっています。

中小企業家の矜持

次世代への承継と「なくてはならない会社」へ

現在、世界情勢は不透明さを増していますが、これまでの危機を乗り越えて築いた強靭な経営体質により、我が社の業績は好調を維持できています。私たちの次なる挑戦は、奥三河里山プロジェクトです。愛知県設楽町の山林を取得し、自ら伐採から手掛けることで、森の循環を都市のビル建築に活用する試みを始めています。

これは、環境や社会をより良く再生していくリジェネラティブ(再生型)な未来を目指す挑戦です。「4つのこだわり2025」では、身体的な快適さを超え、安らぎや文化性といった精神的な豊かさを実現する空間創造を目指しています。新ブランド「from ZEB+」を旗印に、エネルギーシフトを通じて地域循環社会を構築することが、私たちの新たな使命です。

私の最終的な使命は、この会社を社員にとっても地域にとっても、文字通り「なくてはならない企業」として、次世代へバトンタッチすることです。人を生かす経営を軸として、人材という資産を最大化しながら、1人1人が幸福を実感できる社風をつくっていきます。

同友会運動と企業変革を不離一体のものとして捉え、企業づくりを通じてより良い社会を創るという中小企業家としての矜持を持ち、そしてこれからも、地域と共に未来を切り拓いていきます。