活動報告

10年後の社会・働き方を見据えた企業づくり(5)

なぜあの人は育たない?
~『経験学習論』からのアプローチ

五十畑 浩平氏  名城大学准教授

名城大学の五十畑浩平准教授による問題提起を通じて、これからの社会や働き方について考える本連載。今回は、第3回講義「今後の採用と新入社員の育成」の続きに当たる内容です。

【出所】中原淳『経験学習論』93頁

経験からいかに学ぶか

社員教育の場面などで必ず出てくる課題ですが、同じことを教えても、すぐできる人と、できない人がいます。あるいは1を言って10を理解する人と、1しか理解しない人もいます。この、経験から学ぶか学ばないかによる差は何か。今回は中原淳氏(立教大学教授)の『経験学習論』からアプローチし、考察してみます。

『経験学習論』で中原氏は、経験から人間がどのように学ぶのかについて、アメリカの教育理論家であるデービッド・コルブ氏が提唱している「経験学習モデル」を紹介しています。経験学習モデルは、具体的経験・内省的観察・抽象的概念化・能動的実験の4つの要素のサイクルによって個人が経験から学び、成長していくというモデルです。

4つの学習プロセス

まず誰しも「具体的経験」をすることから始まります。特に学習する人が受け身ではなく、環境に働きかけること。とりわけ「挑戦的な経験・職務」が重要なきっかけとなります。

次にその経験を「内省的観察」、つまり自分の中で振り返ることです。経験をした人がいったん実践や仕事の現場を離れ、自分の経験が何だったのか、俯瞰的・多様な視点で振り返り、意味づける行為です。これが、学びに繋がるか否かに大きく関わります。

次の「抽象的概念化」もとても重要で、経験を経験で終わらせるのではなく、一般化、概念化、抽象化して、他の状況でも応用可能な知識、ルール、スキーマ、ルーチンを自らつくりあげることです。皆さんも経験されてきたと思いますが、何度も挑戦・経験して、何となく「こうすればうまくいく」という法則が見えてくる、あるいはそれをつくる行為です。

最後に「能動的実践」は、経験を通して構築された知識、ルール、スキーマ、ルーチンを実践することで、これが新たな具体的経験に繋がり、経験学習のサイクルが回っていきます。

入社3年目からは「学びのドミノ」を

さて、このサイクルが実際に機能するのか、どの要素が能力向上に寄与しているのかを中原氏は研究しています。入社2年目までの人については具体的経験でしか有意な効果が見られなかった一方で、3~9年の人はいずれの要素も能力向上に繋がっていることがわかりました。

ですので、入社間もない人にはとにかく経験を積んでもらうことが重要です。一方で、3年目以降の人には単に経験させるだけでなく、そうした経験を振り返らせたり、抽象化・一般化させたり、そうして得た法則を実践させたりと、いかにこうした「学びのドミノ」を始めさせ、それを継続させるかがカギだといえるでしょう。

ポジティブな評価で経験からの学びを促す

そのためには何が重要か。有名な研究者のエリク・エリクソンらの提唱では、適度に難しく明確な課題を設定した「ストレッチ」のある経験と、経験の結果に対してサポートする「フィードバック」がポイントだとしています。

学ぶ人と学ばない人の差は、この経験学習サイクル、学びのドミノができているか否かにかかっています。経営者の皆さんの役割は、社員の学びのドミノが継続していけるように、「伸びしろ」のある課題を与え、経験に対してポジティブなフィードバックを行うことにあると思います。