活動報告

人を生かす経営推進部門 第5回「労使見解」を深める学習会(1月17日)後編

基本的人権とは
~人類が歴史の中で獲得してきた成果(後編)

長谷川 一裕氏  弁護士法人名古屋北法律事務所

左から長谷川一裕氏、吉田幸隆氏(人を生かす部門長)、磯村裕子氏(協働共生委員長)

弁護士の長谷川一裕氏を講師として1月17日に開催された第5回「労使見解」を深める学習会。その概要を、先月号から2回にわたり掲載しています。

「前編」では主に人権の概念や内容について触れました。「後編」では主に人権に関する歴史について触れていきます。

平等権と、家庭生活における個人の尊厳と男女平等

自由権・社会権・参政権と人権の種類について述べてきましたが、もう1つ重要なのが「平等権」です。

日本国憲法の条文では14条で「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」ことを定めています。

そして平等権に関する日本国憲法の大きな特徴は、24条の家庭生活に関する個人の尊厳と男女(両性)の平等の規定です。24条では「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」と定めており、その第2項で婚姻や家族に関する法律は「個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」と定めています。

この条文の下敷きとなった草案を起草したのが、当時GHQ民政局に配属されていたベアテ・シロタ・ゴードン女史です。彼女が幼少期を過ごした戦前の日本で、強い家父長制のもと女性が非常に低い地位に置かれ抑圧されてきたことを見てきた体験が、この「両性の本質的平等」を規定する、世界的にも画期的な条文の背景となったと言われています。

24条「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有する」

人権の歴史
― 人類の多年にわたる自由獲得の努力

さて人権は、宣言をしたり条約を結んだりしただけで保障されるものではありません。日本国憲法97条「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて」とあるように、まさに人類が多年にわたり努力し獲得してきた歴史的な成果なのです。

人権思想の歴史はアメリカやフランスに代表される近代市民革命によって始まりました。革命の時に出された「アメリカ独立宣言」(1776年)や「フランス人権宣言」(1789年)で、自由・平等や立憲主義といった人権の中核が謳われています。

しかし、この頃の人権は「男性」のためのものでしかありませんでした。

「フランス人権宣言」の正式名称は「人間と市民の権利の宣言」ですが、ここでいう「人間」「市民」とは男性のみを指していました。この「人権宣言」で権利保障の対象とされたのは「男性」のみという大きな限界があり、女性の権利は認められていませんでした。「人権宣言」で女性が無視されていることに対し、当時の女権運動家のオランプ・ドゥ・グージュは「人権宣言」の「人間」を「女性」に置き換えた「女権宣言」を発表するなど、女性の権利運動を展開しましたが、彼女は最終的にギロチン処刑されるなど、残念ながらそのような社会でした。

女性の参政権や家庭生活における平等が認められるまでには、ここから実に200年以上の歳月がありました。その間の女性や良識ある人々の闘いが、今日のジェンダー平等につながる流れをつくりだしているわけです。

また、当時の人権は白人社会のためのものでした。植民地や黒人には人権は適用されませんでしたし、それゆえに奴隷貿易や植民地支配が広がっていったのです。

最初はごく一部の恵まれた白人男性だけのものだった人権を、本当にすべての人のものにしていくための闘い、それがここから200年以上におよぶ人類の歴史であると言っても過言ではありません。

もう1つの要点が、資本主義の矛盾の顕在化とそれにともなう社会権の発展であり、この歴史は先(前編)に述べた通りです。

97条「基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」

人権の国際化と進歩
― 2度にわたる世界大戦の惨禍から

次に人権が大きな発展を見せるのは、2度の世界大戦を経て人権の国際化が行われたことです。大戦前は、人権は国内問題であると考えられてきましたが、それでは戦争を防ぐことはできませんでした。

その反省から、国際平和を守るためには、男女と大小各国の同権と基本的人権・人間の尊厳が尊重される国際社会を築くしかない、ということで第2次大戦後に設立された国際機構が国際連合(国連)です。

国連憲章(1945年)では、前文において「われら連合国の人民は、われらの一生のうちに2度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認」するとしています。

そして国連を中心として、世界人権宣言(1948年)にはじまり、国際人権規約(1966年)、女性差別撤廃条約(1979年)、子どもの権利条約(1989年)、障害者権利条約(2006年)など、様々な人権条約が生み出されてきました。

また植民地の独立が次々と実現し、何よりも日本国憲法(1946年)が、前文の中で「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と「平和的生存権」という人権に言及し、人類史上初めて人権という視点から平和を捉えた憲法となりました。

このように人権は、アメリカ独立宣言やフランス人権宣言によって礎が築かれ、それを人類の闘いによって広め、強め、今日を迎えているのです。

感染症対策としてオンラインで開催

中小企業経営と人権
― 今、求められるのは何か

最後に、同友会の「労使見解」の重要性と中小企業経営における人権の問題について、問題提起をいたします。

1つ目は、私たちが企業経営において関わる利害関係者一人ひとりの人権に想いを馳せ、感覚の鋭敏さを培っていくことの重要性です。英語の慣用表現で「他人の靴を履いてみる」というように、相手の立場に立って考え想像し、共感する能力です。同友会3つの目的の文言に「資質を高め」とありますが、私は現代の経営者が最も高めるべき資質は人権に関することだと思います。

利害関係者の人権への配慮について、企業自体が人権を侵害していないかどうかももちろん重要ですが、例えば社内で社員相互の関係はどうか、社員と顧客・取引先などとの関係で問題はないだろうかなど、私が私自身に常日頃言い聞かせていることでもありますが、幅広く目を配ることが大切です。

2つ目はコンプライアンス=法令遵守に関することです。現在、企業経営と人権に関して非常に多面的に様々な法律ができており、目配りや学習、具体的努力に踏み出すことが必要です。

最後に、人権尊重と経営の両立に苦労し悩み続けることです。本日は弁護士の視点から報告をしましたが、私自身も皆さんと同じく経営者として、職員との関係や処遇などについて日々悩んでいます。

きっと皆さんも企業経営の場で、競争に勝ち抜かなければならないし、利益を上げなければならない。しかしそのような中においても、少しでも人権を守り尊重していく経営をめざしていくために悩み、努力されていることと思います。その皆さんの努力こそが「自由獲得のための人類の努力」の一端なのです。

本日のテーマにもある通り、人権とは「人類が歴史の中で獲得してきた成果」です。皆さんが人権尊重の経営を企業や地域で実現していくことによって、「自由獲得のための人類の努力」が推し進められ、より良い社会が築かれていく、苦労のし甲斐がある苦労であることを申し上げて、本日の話を終わります。

【文責 事務局:政廣】