「道なきみち」を歩んで
~「憲章」から「条例」へ
先月号では中小企業憲章閣議決定(2010年6月18日)に至る過程を、愛知同友会の果たした役割を中心に述べてきました。本稿では制定以降の取り組み、特に中小企業振興基本条例の取り組みについて取り上げたいと思います。
条例制定自体は運動の目的ではない
先進的経験を学ぶ
中同協第35回総会(2003年7月・福岡)で中小企業憲章制定の課題と合わせて提起されたのが、各地での中小企業振興基本条例(以下、条例)の制定運動です。
これを受け、総会や「あいち経営フォーラム」で大阪八尾市や東京墨田区、北海道帯広市、千葉県といった条例制定の先進的事例を学んできました。
加えて、2006年には「地域内経済循環」における中小企業の役割等の理論的な学習会を岡田知弘氏(京都大学教授:当時)を招いて開催する等、新たに策定した「2010愛知同友会ビジョン」(2005年4月)では条例制定を中心的な運動課題の1つとしました。
その後、2010年6月には千葉県中小企業の振興に関する条例に基づく取り組みの視察、2011年7月には大阪・八尾市中小企業地域経済振興基本条例に関する視察も行われました。
地域との関係づくりや合意形成を重視
地区においては、市の商工課や商工会議所等との勉強会や懇談会が開催されるようになり、条例の制定のみを急ぐ動きもありました。
しかし条例の制定そのものが運動の目的ではなく、制定過程における地域との関係づくり、あるいは合意の形成、制定後の具体的な施策の展望等を念頭においた運動を継続する重要性が、愛知同友会全体として常に確認されてきました。
条例を公約に掲げた愛知県新知事が誕生
2010年6月に閣議決定された「中小企業憲章」について、愛知同友会では「中小企業憲章は制定がスタート」をスローガンとして、条例制定に向けた取り組みにも注力していくことを表明(2011年4月定時総会)しています。
2004年度の「愛知県への政策提言」から条例の制定を要望、2009年12月には愛知同友会独自に「愛知県中小企業地域活性化条例(案)」を作成し、県との懇談会や条例学習会に活用していました。
そして2011年2月、条例制定を公約に掲げた大村秀章新知事が誕生しました。
愛知県中小企業振興基本条例の制定経過とその内容
「産業労働ビジョン」1丁目1番地に条例
大村新知事の誕生により、同年6月に発表された「あいち産業労働ビジョン2011~2015」において、「愛知県中小企業地域活性化条例(仮称)」の制定が1番目、いわば1丁目1番地に掲げられました。
その後、具体的な動きとして、条例制定を目的とした「中小企業活性化懇話会」がスタートします。
懇話会メンバーは、法制4団体の県のトップ役員(商工会議所、商工会、中央会、商店街振興組合)等の中小企業関係者だけでなく、中部経済連合会、三菱東京UFJ銀行(当時)、トヨタ自動車といった大手企業関係者、さらには、愛知県市長会会長や町村会会長などで構成され、愛知同友会からは杉浦三代枝会長(当時)がメンバーとして参加しました。
会合では、「中小企業の従業員が誇りを持って働けるよう、それが県民にも伝わるような条文にしてほしい」「県の条例制定に合わせて、県内市町村でもそうした動きが拡がるとよい」「国の中小企業憲章を踏まえた内容とするとよい」等の意見が交わされました。
愛知県での条例制定の意味
行政側として具体的な策定実務にあたった金田学氏(愛知県産業労働部産業労働政策課主幹:当時)は2012年4月、定時総会の分科会で、愛知県での条例制定の背景を次のように語っています。
- 1999年の中小企業基本法の改正により、中小企業施策における地方公共団体の役割がより主体的なものに変化したこと。
- 閣議決定された中小企業憲章により、国においても中小企業を重視する姿勢が改めて示されたこと。
- 県内事業所数の約99%、従業者数の約7割を占める中小企業は、県内の産業と雇用を支える存在であること。
- そうした重要な認識から、大村秀章知事のマニフェストにも条例の制定が位置付けられていたこと。
- 今後、国内における自動車生産の縮小が予測されるなど、県内の産業構造の変化が不可避であること。
中小企業家の声を集めて
懇話会と並行して行政職員が出向いて意見を聞く「車座集会」も7回(84名)、訪問を通じた意見聴取が210社、ウェブを活用したアンケート調査の実施(458名から回答)が寄せられるなど、制定プロセスで幅広く中小企業家の意見が集められました。
愛知同友会でも車座集会や訪問聴取、ウェブアンケート等、会員経営者が積極的な協力を行ってきました。これら現場の経営者の意見を踏まえるとともに、「中小企業憲章」(閣議決定)の中身を踏まえ、2012年10月16日、「愛知県中小企業振興基本条例」が制定・施行されました。
「愛知モデル」として
制定された条例の第1条(目的)には、「中小企業の振興を図り、もって地域社会の発展及び県民生活の向上に寄与することを目的とする」と明示され、条例が「地域社会の発展」と「県民生活の向上」が目的であることが謳われています。
その上で、「小規模企業者への配慮」(第16条)、「人材の育成及び確保の支援」(第14条)、「施策の推進に係る措置」(第17条:中小企業家の声を聞く、PDCAを回す)など独立した条項としています。
特筆されるのが「中小企業者の経営の向上に配慮」という民間金融機関の役割(第9条)が明記されたことです。
また、第7条「中小企業団体の取組等」、第8条「大企業者等の配慮等」、第10条「大学等の協力」、さらに第15条「商業の集積の活性化」など、全国各地のこれまでの成果も踏まえられた、「愛知モデル」といえる内容となっています。(※下図参照)
●愛知県中小企業振興基本条例の主な内容
愛知同友会の取り組みとその後
学習会を軸にした主体的な活動を展開
愛知同友会での経営環境改善の取り組みの特徴は、役員自らが報告者を担い、多くの会員を巻き込んだ学習運動にあります。
憲章制定においても、のべ2500名を超える会員が学習会に参加しました。条例学習では、政策委員会で「中小企業地域活性化条例学習パワーポイント」が作成され、以降、憲章の学習とセットで活用されました。
これまでの調査・研究を踏まえた「条例パンフレット」の作成(2010年)や新改定版発行(2011年)、2012年には新たに作成した「政策活動の手引き」を利用した「政策研修交流会」が開催されるなど、基礎自治体ごとの地区で条例制定や制定後の振興会議への対応を担える役員育成に取り組みました。
学習活動は経営環境改善活動そのもの
同友会の政策活動は、社会が抱える課題に対して、経営者として学び、自社での取り組みを通して関わっていくことに特徴があり、経営者が理解と納得をすれば大きなエネルギーを発揮します。
その点でも、学習活動は経営環境を改善する活動そのものと言っても過言ではありません。
県下24自治体で制定 ~スタートラインに
条例は中小企業を応援する県の施策の拠り所となるもので、制定はスタートラインです。県内の産業と雇用の維持や発展は、そうした施策を活かして、何よりも中小企業家自らが、自覚と誇りを持ち、いかに地域を創る主体者として力を発揮していくかにかかっています。
愛知県での条例制定から10年。現在までに、愛知県下24の自治体で条例が制定されています。(ここでいう条例は理念型・総合型政策の条例をいいます)
「周年の集い」 ~毎年開催
2012年10月16日の愛知県の条例施行を記念して、愛知同友会では「制定周年の集い」を、自治体職員を交え独自に開催しています。
これにより、県内自治体に一層の条例制定で押し広げていくとともに、制定された条例を活かしていく契機にしています。
中小企業に対する社会からの要請は高まっています。条例を自らの力にして、自社をより良い企業に発展させること。そして社員の幸せを追求し、ひいては地域社会の根幹を担える存在へと飛躍していくこと、このことが中小企業と同友会に求められています。
専務理事 内輪 博之
●制定自治体一覧
制定年 | 自治体 |
---|---|
2012 | 愛知県、安城市 |
2013 | 高浜市、名古屋市、知立市 |
2015 | 大府市、豊明市、常滑市、新城市 |
2016 | 小牧市 |
2017 | 東海市、刈谷市 |
2018 | みよし市、犬山市 |
2019 | 美浜町、尾張旭市、江南市、大口町 |
2020 | 岩倉市、東郷町、瀬戸市、扶桑町 |
2022 | 日進市、長久手市 |
以上、24自治体 |