活動報告

2024年度「情勢と展望」の概要(後編)

現局面の総括と展望

前号まで2回に分けて、資源争奪の時代認識を踏まえながら、世界・日本・愛知県の経済社会のあらましを述べました。今回は連載の最終回として、凍り付いた物価と賃金が動き始めた現局面の総括と、展望を創る企業づくりの方向性をご紹介します。
中編はこちら
前編はこちら

「停滞」の30年

1990年代のバブル崩壊以後から始まり、「失われた30年」と言われる長期停滞に陥った日本。92年には、食品などの店頭価格は前年比マイナスに沈みました。その頃から企業は客離れを恐れて値上げ回避のための経費削減に腐心し、消費者にも「値上げは悪」との意識が定着したといえます。

値上げだけでなく、企業は賃金を上げることもできませんでした。国内企業の従業員の給与・賞与は、ここ30年間ほぼ150兆円前後で張り付いた状態が続いてきました(図1)。

図1

物価も賃金も動かない―。この「据え置き経済」が、日本に染みついたノルム(社会規範)でした。

「普通の経済」への岐路に立つ私たち

その日本も2022年春頃から物価が徐々に上昇を始め、23年6月のコアCPI(生鮮食品を除く消費者物価総合指数)は105.0で、前年同月比で3.3%上昇。またコアコアCPI(生鮮食品とエネルギーを除いた総合指数)は4.2%の上昇です。これは消費税導入の影響を除くと、81年9月以来41年6カ月ぶりの伸び率です。

一方、サービス価格の上昇率は、携帯電話料金の値下げが影響し、21年春からは一時マイナスとなりましたが、22年8月にプラスに転じ、23年6月に住宅を除いたサービス価格が2.8%の上昇率となりました(参考・図2、22年より各指数とも上昇に転化)。賃金と密接なサービス価格は、いったん上がり始めると簡単には下がらない性質を持ちます(粘着性が高い)。

図2

資源高から始まった日本の物価高。これが賃金に波及し、物価と賃金が循環するインフレ経済への転化が目前に迫っているのかもしれません。

日本銀行が23年10月に公表した「生活意識に関するアンケート調査」では8割が「5年後も物価が上がる」と答え、うち3割が「中長期的に物価は上がるもの」と回答。1年後の予想物価上昇率は、平均値、中央値とも調査開始以来最高値をつけました(図3)。企業と消費者のマインドが変化しつつあるなか、30年ぶりに日本の「解凍」が見え始めています。

図3

時代の変革者として、中小企業は何をすべきか

「普通の経済」への転換を確かなものとしていくのは、「継続的な賃上げ」がマクロ的には不可欠ですが、これを実現するために個々の企業レベルでは、(1)「1円でも高く売る」ことへのマインドシフト、(2)「適正利潤」を確保できる価格戦略を持つこと(値上げ力)」、そして、それを実現するための、(3)「人材の確保と育成」とそのための社員1人1人のキャリアに寄り添ったマネジメントが求められます。

とりわけ重要なのは、価格戦略の実行と実現、人材の確保育成です。そして、その生命線が経営指針の実践による組織経営の確立です。自社が社会に提供している価値を再定義し、その価値が認められる市場を社員と共に組織的に発見するサイクルを企業内に確立することが求められます。そして、働き方改革で労働環境はホワイトでも、やりがいを持てない場となった(ゆるブラック化)職場が問題視されるなか、職場を「働くなかで人間として成長できる場」として再構築する努力が欠かせません。

会社の理念やビジョンとともに働き手はどのような未来を手に入れられるのか――。1人1人のありたい姿と向き合い、対話を通じて各人の成長課題に取り組むことが重要です。働くことはかつてのような苦役でも、生活の糧を得るだけの手段でもないはずです。社会とのつながりや自己実現、社会貢献になるといったポジティブな労働観を持てるような企業文化の醸成が欠かせません。

地域を舞台に「小さなリスクテイク」に挑戦しよう

物価と賃金が上昇するインフレ経済が間近に迫るなか、もう1つ大切なのは、適切なリスクを取って挑戦する「企業家精神」の発揮です。

デフレ経済下では守りの経営を強いられてきましたが、インフレ経済下では物価上昇率を上回る売上高を確保しなければ企業は存続できません。新たなビジネスの創出に向けた攻めの行動が求められます。その有効な1つの切り口が地域です。

中小企業白書の分析では、リスクを取ってビジネスを起こす舞台として、地域に可能性を見出す人が相当数に上っていることが明らかになっています(図4)。そこでのビジネスシーズは当然、地域の抱えるさまざまな課題です。地域課題の市場規模は小さいかもしれませんが、その分リスクも小さく、企業家がアイデアの事業化を試す舞台としての可能性は十分にあるということでしょう。新たなビジネスチャンスは、意外に身近に眠っているかもしれません。

図4

終わりに

30年続いた異形のデフレ経済から、物価と賃金が連動して継続的に上昇する「普通の経済」へ切り替わろうとしているのが今です。ただしそれは、これまでとは異なる新たな問題に直面することを意味しています。これからが正念場です。

戦後日本の中小企業は幾多の困難に直面しながらも、国民生活を支える使命感に裏打ちされた中小企業家精神で乗り越えてきました。30年間で染みついた「ノルム」を払い落とし、適切にリスクを取った「新たな価値創造」に積極的に取り組みましょう。今こそ中小企業は企業変革を遂げ、「守り」から「攻め」に転じるべき時です。


第63回定時総会議案「情勢と展望」(分析ノート)の本文は次のリンクよりダウンロード可能です。参考文献等はここからご覧ください。