時代を創る企業家たち 10.森 信之氏

人は出会いで磨かれる

 

10森氏森 信之

森松(株)(中区北地区)

 

 

大学を中退、21歳で入会

 私が二十一歳の時、父が急逝し、当時大学に在学中でしたが父の会社に戻ってきました。事業を継がざるを得ない状態だったのです。父は同友会の創立メンバーで、「お父さんの代わりにあんたが同友会に入らなかんよ」と父の同友会仲間や事務局の方に言われて素直に入会しました。
 ただ当時の同友会は、私のように若い二十代の経営者はおらず、父の年代の方々に囲まれていたのです。みなさん荒削りの野武士のような方が多かったように思います。
 その方達と、教授の講演を聞いたり、本を輪読して勉強してきたのを覚えています。しばらくずっと一番年下だったので、先輩経営者には、随分かわいがられました。

 

同友会は「漢方薬」

 経営の事は何もわからなかった私が会社を続ける事ができたのは同友会、特に青年同友会のおかげです。海千山千のオヤジ達の話を聞いて、さまざまなことが知らず知らずのうちに身に付きました。取り分けて教えてもらったわけではないのです。内容が良くわからなくても、何かが体の芯にあたってきました。
 同友会はじっくり全身に効く「漢方薬」のようだと思います。話を聞いてすぐに儲かるような即効性があるわけではありません。そこは、一生付き合える人とのつながりができる場でもありました。
 今でも、困った時には何でも話せる仲間が同友会にはいます。こんなオヤジ同士の仲間のつながりが、私の後継者である息子にも継承されてきているのです。
 同友会に入会しても数年で退会してしまう人がいると聞きます。これは、非常にもったいない事だと思います。同友会は奥が深いのですから十年は続けて欲しいものです。 逆に時間をかけてみないと同友会で言っている事の本質がわからないと思います。年輪のように年を経るごとに学びが積み重なってくるものなのです。

 

同友会らしい黒字企業を目指す

 二〇一一年度の県の方針にあるように、「同友会らしい黒字企業」を目指すのは的を射ているように感じます。同友会理念の題目をしっかり覚えるだけでは、会社はよくなりません。その文言を深耕して、本質の意味を読み取り、会社の仕組みに落とし込まなければ言葉遊びになってしまいます。
 森氏2-1労使見解の「経営者の姿勢」「経営指針の確立」「社員とのパートナーシップ」「外部環境の改善」も、脈々と受け継がれてきた先人たちの歴史が結晶したものです。
誰もが異論を挟む余地のないものですが、私達経営者の使命は、その思いを具現化するところにあると思います。会合で報告し、学んだ事を会社に生かし、また同友会で報告するというサイクルを回す事。実際にやってみることが一番大切で、そこから新たな課題がわかってきます。

 

 

 

森松株式会社本社ビル

 

 

 

 

運動の軸を堅持

 会勢を伸ばし続ければ、同友会の方向性に説得力がもたらされ、信頼されるようになります。また、行政や他団体との関係を深め、同じベクトルでできる事は一緒に力をあわせる事も肝要となってきます。このように同友会は、社会に求められる団体にならなければなりません。
 同友会も三千名を超える会勢になり、そのとりまとめは大変だと思います。その中で、事務局員の役割は重要で、歴代役員におもねるわけではなく、運動の軸を堅持していく必要があります。
 また事務局員と話をしていて、自分の発言に覚悟と信念を持って臨んでいることを感じます。彼らとの会話は、自分の会社の中では聞けない貴重な意見が出されるので興味深く耳を傾けています。

 

良い種をまく
 私の会社が順調にいったのは、社員の皆さんと父のおかげでもあります。取引先でも、「おまえのオヤジとはよく飲んだ」など信頼を持たれたり、引き立ててもくれました。父が良い種をまいてくれていたのです。
 同じように私達は社会に良い種をまいていく使命があります。それは同友会理念という種子です。
 同友会で目標に掲げられているように、人間を大切にする経営をしていけば、幸せな家庭が増えます。また良い商品が増えれば、社会も安心で豊かな生活が作られます。
 日本中をこの同友会理念の鱗で覆いつくせば、「人間が人間らしく暮らせる」世の中になると思います。このような大きな志をこれからも、伝えていって欲しいのです。

(「同友Aichi」2011年4月1日号掲載)

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森 信之(もり のぶゆき)氏

 1946年生まれ、1967年に入会し、青年同友会では第14・15期(1983~1984年)の会長を務める

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