時代を創る企業家たち 11.中川 淳氏

同友会で磨かれる人間性

 

11中川氏中川 淳

愛知同友会名誉会員(刈谷地区)

中川醸造(株)

 

 

偶然の出会い

 同友会と私の出会いは、一九七〇年にアメリカへ物流視察に行った時に、江崎信雄さん(故人)や遠山昌夫さん(会顧問)と一緒になったことがきっかけです。お二人ともハッスルした方で意気投合し、「同友会に入らんか」と誘われたのが始まりでした。
 当時は、開拓者精神旺盛な経営者が多く、異業種の経営者との交流は勉強になると毎晩深夜まで議論をしていました。そのため家族や社員の理解が鍵ですので、ソフトボール大会やレクリエーションで家族や社員を巻き込んだ会合も行いました。
 当初は三河地域に活動拠点がなく、名古屋市まで通っていました。時間もかかるため「独立すればよい」など意見が出ましたが、支部をつくることにしました。同友会の名称が「名古屋中小企業家同友会」から「愛知中小企業家同友会」に変わったのも、こんな地域の声が背景にあったと思います。

 

「不可能はない」

 一九九三年に同友会の中で設立された、愛知県中小企業研究財団での活動が印象に残っています。ここでは、経済環境の趨勢を洞察するため、毎年、大学教授などを呼び、その講演から中長期の経営戦略を考える種を頂いていました。
 また研究財団では、九四年にイタリア・スイス、九七年には東京大田区、二〇〇二年にはオランダ・ベルギーへの研修視察を行っています。最後のオランダ・ベルギー研修が、今日の中小企業憲章への緒に就いたできごとといえます。
 思えば特許の問題ひとつとっても、中小企業は守られていません。訴える相手が遠方だと裁判はその場所で行われるため、対応する時間と費用がかかりすぎるからです。
 これからさらに、中小企業憲章のように、政府を変える活動をしていかなければなりません。そこに同友会の意義があると思います。

 

醤油屋のエジソン

 東日本大震災では、東京電力の二転三転する対応にやきもきされた方は多いと思います。この原因は、東電のトップが現場を知らないからではないかと思います。これを企業経営に置き換えると、足元を良く知らないと的確な経営判断が下せない事を意味します。
 これまで私は、保守的な醸造業にあって、特許や資格を多数取り、機械化や省力化に取り組んできました。手間がかかり泣き所の工程も、業者と協力して機械を独自開発で改良しています。原料の搾りかすは肥料に、排水も自社で最終処理までしています。中川醸造現場
 現場と地域の悩みを一番よく知っているので、対応が可能になるのです。また、さまざまなアイデアや気づきは人と人との交流から生まれることを痛感しています。
 これから、日本人の原点を再確認して新しい力を再生していって欲しいものです。今回の震災は厳しさをバネに変革できる機会なのかもしれません。苦労の中から人は育っていくものだと思います。

 

近代的設備と同時にこだわりの杉桶でじっくり熟成

 

 

人間のあり方が変わる
 町のブランド店になろうと地域集中販売をやりました。町内ごとに四〇%のシェアを取る。そうすると自動的に隣近所の相乗効果で一〇〇%まで増えてきました。売上が増えると社員を増員しなくては遅れをとります。そこで人材開発には力を入れました。
 しかし最近、人間のあり方が変わってきているように思います。ブレーンを作ってみんなと集まらない、自分の時間のみ優先する。将来の展望や夢が持てていない気がします。
 同友会の根底に流れるのは「人間尊重の精神」です。それは生命と真っ向から対峙するものです。どの社員も奥に秘めた無限の可能性があります。経営者の役割は、人間が人間らしく、その能力を発揮できるような会社を目指すことだと思います。

 

人間性を磨く

 よく感じるのですが、コンサルタントの言う事を聞いても、上手くいかない会社が何と多いことか。もっと自分の能力や人間性を磨いて助言を聞くと、それが生きます。これは自分のレベルにあった対応を相手がしてくるからです。その意味でも同友会を通じて人間性を高めることができたと思います。
 これからの同友会は、入会をお誘いしていくというより、「入会させて下さい」と必然的に会員が増えていくようになって欲しいです。同友会では、経営の身近なブレーンが増えたり、ネットワークが広がります。それは全国規模のもので、こんな団体は他にはありません。
 若い方を同友会に紹介して、その親御さんに言われたことがあります。「同友会に入って息子は何だか変わった。仕事を工夫したり、意欲的になってきたので助かっている」と。このような声をもっと集めて、本当に経営の勉強になる会だと、多くの方に知ってもらいたいものです。

(「同友Aichi」2011年5月1日号掲載)

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中川 淳(なかがわ きよし)氏

 1934年生まれ、1971年入会、1975年~1981年理事(西三河地区)を務め、1982年~1986年副代表理事を歴任する。

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